【鏡と猫】
部屋にいそぎ、鏡に語ります。
「ロウバイに会ったわ」
「とても、親切で昔のロウバイが別人としか思えないの」
「でも、信じては駄目よね」
「私は頭が悪いから、騙されやすいのよ」
「そう、信じちゃ駄目。才能がない私なんだから」
鏡に本音を話すと、気持ちが落ち着き冷静になれるのです。
リアリナは「危なかった。もう少しでロウバイを好きになる所だったわ」と、ため息まじりに言いました。
「リアおいで」
子猫リアの黒の首輪を外しました。
「やっぱり赤のにしようね」
リアリナは、子猫リアを撫でながら話しました。
リアリナはベットに横になりました。
「何だか疲れた、少しだけ寝よう…」
リアリナは、お昼寝をすることにしました。
そして、とても奇妙な夢を見ます。
「………ん?真っ暗だわ」
『ど……を………ぶ……』
「え!?誰、誰なの!?」
『ど…ら…………ぶ…だ』
「何?ごめんなさい、よく聞こえない」
『どち…を…………んだ』
「何よ!?意味が分からない!!」
『どちらを、えらぶんだ』
「!!」
ハッとして、目が覚めました。
まだ、心臓がバクバクとしています。
「何、夢だったの?…よかった」
リアリナは、安心しました。
「変な夢…。どちらを、選ぶんだ。意味が分からないわ」
リアリナは子猫リアを撫でながら、ぼーっと考えました。
しかし、考えても全く分かりませんでした。
不安になるだけなので、忘れよう、と思いました。
翌日、子猫リアを抱いて出かけました。
昨日、行ったロウバイのいる店へ。
他の店は遠いという理由も有りますが、ロウバイに負けたくないとリアリナが考えたからです。
ロウバイを避け違う店を選ぶ事は、リアリナとっての負けなのです。
「あ、いらっしゃい!」
今日も、ロウバイは明るく話しかけてきます。
「あれ?リアの首輪は?」
「外したの。やっぱり、赤にするわ」
「赤は止めとけって。金の石がチラチラして猫が嫌がるんだよ。なぁ、リアも黒が良いよな?」
「うるさいわね。ほっといてよ」
リアリナは言い切り、ロウバイを無視して歩きだしました。
ロウバイは、訳が分かりません。
リアリナが、赤の首輪を見ていると、「リアリナ、何か怒ってる?」と、ロウバイが聞いてきました。
リアリナは、ため息をつき話しました。
「別に。ただ、現実に戻っただけよ。ロウバイは嫌な奴ってね」
リアリナは、あえて強調しました。これだけ言えば去るだろうと考えたからです。
しかし、ロウバイは考え込んで言いました。
「駄目だ、思い出せない。俺、なんかしたっけ?」
リアリナは、その言葉に苛立ちました。
「何かしたっけ?、ですって!信じられない。やっぱり最低ね」
「え!?そんなに酷い事を、俺が?」
「そう!ロウバイが私に言った言葉よ」
「リアリナ、謝るから教えて」
「…不細工」
「え?いや、俺は不細工だけど…」
「違うわよ!ロウバイが私に言ったの!」
ロウバイは驚いた表情。
なぜなら、リアリナが泣いていたからです。
ロウバイは慌てて謝り、リアリナの機嫌をとります。
「ごめん。でも、そんな酷い事リアリナに言った覚えがないんだよ。リアリナは不細工じゃ無いよ」
「慰めなんて要らないわ。私は私の事を1番わかってるんだから。もう、いいの!はい、この首輪ちょうだい」
「よし、それ俺からのプレゼント。酷い事言った償いの気持ち」
「要らないわよ、そんなの。はい、お金ね」
「いや、本当に反省してるんだって」
「きっちりお金、払ったからね!じゃ、失礼!」
リアリナは、金をロウバイに渡すと帰っていきました。
家に着くと、さっそく鏡に報告です。
「言ってやったわ!ロウバイったら覚えてないなんて言うの」
「人の気持ちを分からない奴ほど酷い事を平気で言う」
「そんな人間ばっかよ」
「こんな世界で、生きている意味あるの?」
「才能もない私が…」
リアリナが、冷静に考えると「才能の無い私は、生きている意味がない」となるのです。
鏡は、いつも静かに聞いてくれます。
リアリナは、子猫リアに首輪をつけてやりました。
「ほら、やっぱり赤の方が可愛い」
しかし、子猫リアは金の石に驚き机の上へ飛び跳ねてしまいました。
その衝撃で、リアリナの大切な鏡がバランスを崩して机から落ちます。
リアリナが手を伸ばしましたが、鏡が床に落ちる方が早かったのです。
鏡が割れる嫌な音が、部屋に響きました。
少しの静寂。
リアリナは、みるみる顔色が悪くなり悲鳴をあげました。
リアリナの悲鳴に、驚いた母親が走ってきました。
「何!?どうしたの!?」
「か、かが、鏡がーー!」
「鏡!?あ、触っちゃ駄目よ!すぐに片付けるから安心なさい」
この言葉に、リアリナは怒鳴ります。
「私の大切な鏡よ!簡単に言わないで!この猫!この猫のせいよ!!」
「リアリナ、落ち着きなさい。猫がどうしたの?」
「この猫が、私の大切な鏡を割ったの!片付けるなら猫の方よ!」
さすがの母親も怒りました。
「何て恐ろしい事を!?猫より鏡が大切だなんて。リアリナ、何を言ってるか分かってる!?少し、冷静になりなさい!!」
「私は冷静よ!この鏡が、私を守ってくれてたの!猫なんかより、ずっと私を!」
「はぁ。貴女おかしいわ。もう1度だけ聞くわ。リアリナ、猫か鏡、どちらを選ぶの?」
母親の言葉に、リアリナが急に静かになります。
リアリナは、聞き覚えのある言葉だったからです。
夢で聞いた言葉。
リアリナは、急に恐くなり言いました。
「どっちなの!?正解が分からない!どっち!?」
母親は冷静に言いました。
「命より大切なものは無いわ」
リアリナは、混乱しながらも聞いています。
母親は続けました。
「大切にしていた鏡が割れたのは残念よ。でもね、鏡には命はないの。見なさい、赤い血が流れてる?」
リアリナは、首を横に降りました。
しかし、リアリナにとっては生命の吹き込まれた鏡なのです。
8年近く、一緒にいた鏡をリアリナは愛していたのです。
リアリナは思いました。
「あの夢は、鏡が言ってきたんだわ。猫が来て、私の気持ちが逸れたからよ」
母親は、聞きました。
「何故、そんなに鏡にこだわるの?」
「私と鏡は、ずっと一緒だったの」
「リアリナ、詳しく話してちょうだい」
「小さい時から、悲しい事を鏡に向かって話してたわ。そしたら、元気になるの。私は、鏡に救われてたのよ」
「リアリナの悲しい事って何?」
「全く才能が無い事」
母親は驚きます。そこまで、追い詰められてると思わなかったからです。
リアリナは言いました。
「鏡が死んだのよ。それは、私なの」
「ち、違うわ。鏡とリアリナは違う」
「どちらを選ぶか…。私は鏡を選ぶわ」
そう言うと、リアリナは割れた鏡を掴もうとしました。
母親が、止めようとした瞬間。
子猫リアが、リアリナの手に噛み付きました。
子猫リアは、リアリナの手に噛み付いたまま、興奮し何かを威嚇しています。そして、割れた鏡の方を睨みつけています。
母親は、すぐさま鏡を拾い上げリアリナから離しました。
リアリナは子猫リアの威嚇に驚き、動けません。
母親は冷静に言いました。
「リアリナ、認めなさい。子猫を見て、何て思った?」
少しの沈黙の後、リアリナは小さく答えました。
「この子だわ」
リアリナは、子猫リアの頭を撫でました。数ヶ月後、リアリナは美しい猫リアを連れ町を歩いていました。
町の人々は、リアリナの姿を見て驚きます。
とても、ふっくらとして見るからに幸せそうな女性になっていたからです。
顔色が悪く、顔の筋肉がおち老けて見えてたリアリナは居ません。
若々しい魅力を放っています。
「幸せそうなリアリナ」
「呪縛から解放されたリアリナ」
人々は口々に言いました。
リアリナは、ロウバイのいる店の常連でもあります。
なぜなら、ロウバイがリアリナに正式にお付き合いを申し出たからです。
実は、ロウバイは「不細工事件」を覚えていました。
ただ、それは幼いロウバイにとっては恥ずかしくて言ってしまった意味の無い言葉だったのです。
ロウバイは、誠実に謝罪をしたのが、二人の距離を近づけました。
子猫リアも、立派な大人の猫になり優雅な雰囲気を醸し出しています。
もちろん、黒の首輪をつけて。
しかし、何故あそこまでリアリナが鏡に執着したのかは分かっていません。
ただ、一つ言えるのは鏡には不思議な力がやどっているということです。
鏡に向かい、自分の不満、愚痴などを語る事は良くも悪くも絶大な効果を得ます。
じーっと鏡を見て「あなたは誰?」と、決して問い続けてはいけません。
あなたが、分からなくなります。
それほど、鏡には不思議な力が宿っています。
リアリナが言っていました。
「まるで、自分で自分に呪いをかけていたようだわ」
リアリナは明るく深い意味もなく言いました。
しかしそれは正確な答えといえます。
美しい猫リアは、鋭い瞳でリアリナを見つめています。
繊細な心のご主人を、鋭い瞳で。
ローズブーケ