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00:悪魔は恍惚に語る



「ムカつくな青島(さおじま)。自業自得じゃねえ? ケケッ」

 それが、説明終わりのアルトの第一声だった。歪みのない悪魔ぶりに、紫音は笑顔で応える。

「だよねー! 滅びればいいのに!」

 頷くエリダ以外の二人は、決して悪くない。


 アルトは麻妃に新しいガムを貰い、漫画を読み始めたエリダに見せびらかしてから口に放り込む。包み紙のゴミを捨てようとしないでテーブルの上に置くため、そこは麻妃の世話係である性分、エリダが片付けることになる。なんとなく、負けた、という感覚に陥り、エリダは不服そうに部屋の中をゴロゴロとまわり始めた。


「まあ、それで、【黒の裁き】がどうのこうの言ったわけね」

「そう」

「でも、今言われて知らされるのと、言われる前に知っているのと、何がどう違うんだ?」


 痛いところをつかれ、麻妃は先程まで説明で開けていた口をきつく閉めきった。

 だが、紫音は一切の動揺を見せず、笑ったまま人差し指を立てた。肉厚な唇に細い影が落ちる。


「その名前は、鬼以外では他言無用なんだ。裏切りそうな青島はもう、服従の契約で逆らうことはできないから、鬼以外で知っているのはたった一つ。――僕たちが探している、とある悪魔のみ」

「悪魔。ああ、探してるから聞いたのか。成程ね。……てかいいわけ、俺に伝えても」

「もう、君自体が鬼四家の地雷のようなものだったりするからね。それに、できれば君には協力してほしいからね」

 寸刻の間、アルトは黙る。

 やがて、紅いその瞳は麻妃を映した。

「――アンタはそれを望んでいるのか?」

「私、ですか」

「ああ」

 意外な問答に無意識に口籠る。


 見つけることを、望んでいるか?

 どれほど前か、自問自答した事柄だった。問われることをすら思いつくことをせず、また、肯定を即答しなかった。

 探して、探して。どうしてか、あの時の行動の意味を知りたくて。でも、答え次第で渡しはその悪魔を殺さなくちゃいけなくて。


 それを――――望んでいるかって。

 だって、分からない。


「望んでいますよ、ずっと」

 見つけた後のことは、考えていないけど。


 脳裏によぎるのは血塗れの追憶。

 仲間を失って。頭に響く声に苛立ち嫌悪して。同族を利用して。お腹がへっていた。

 狂って血肉の塊に縋りつくしかなくて、それを止めたのは確かにあの人。悪魔には似合わない優しい笑顔を浮かべて、襲ってくる闇から助けてくれた。

 そして、やっぱり、それは仮の姿で。――――心地いい甘言を囁いてきた、あの人。


「…………ふーん、なら、協力してやるよ」

「きぃちゃんを結構に気に入っているね? いや、この場合、懐いたという方が正しいかな?」

 アルトの早い変わり身に、紫音は揶揄した。

 途端、彼は頬を染めて恍惚の表情となる。

「いやいや、当たり前だろ? アンタは俺と麻妃があった時の、麻妃の顔を知らないから言えるんだぜ?」

「顔? 何かよかったの? 確かに、美少女だけど」

 アルトの瞳がギラリと光る。紫音は、それと同時に睨まれ、暗にそうではないと言われたことに気付き、首を傾げた。

 恋する乙女のように恍惚のまま、アルトは酔い痴れたようになる。

「得物がないくせに闘気だけはゾッとするほどあって、そのくせ近付くとどうしようって動揺する表情は泣かせたくなるんだよなあ。勿論、悲鳴の意味で。だけどそれだけじゃなくて、戦闘態勢に入った時とか探りといれようとする鋭利な表情とか、ゾクゾクするし。伊達じゃない力には惚れこむほどだ」

「うわあ、ゾッコンだねえ」

「紫音、アンタも強いんじゃないか? 一度戦ってみねえ?」

「遠慮しておくよ。無駄に怪我を負いたくないし。それに、和基が煩くなる」

 目で和基を示すと、アルトは小さく舌打ちした。


 その時、エリダはもう構ってもらえないことに拗ね、麻妃のベッドに寝転んで本を読んでいる。そんな彼女を見て、麻妃は親指と人差し指で眉間をぐりぐりと押した。さっきまでの緊張感はどこにいったのやら。

 呆れ、しかし無表情を崩さないでいれば、紫音が立ち上がった。


「そろそろ、僕は御暇(おいとま)させてもらおうかな」

「――――え」

「それでは麻妃さん、また会いましょう」

 笑顔の二人を見て、麻妃は慌てて声をかける。

「待ってください。アルトはどうなるんですか? 緋狼会本部に行くのでは?」

「うん? 無理無理。だって、まだ説明もしてない内に連れて行けるわけないだろう? だから、今日はエリダときぃちゃんに任せるよ」

黒翅(この)家で、ですか? 紫音さんは、どこへ?」

「今日は始末書を搭楼会に送らないとだからね、帰れそうにないんだ」


 それじゃあ宜しくね。まるでアイドルのように手を振って、男二人が去って行った。

 二つの大きな背が見えなくなると、麻妃はバッとアルトへと振り返った。それに気付いた彼は何だよ、と少し低い声で返す。先程の戦闘申込みの拒否に不満らしい。


「アルト…………」

「だから、何?」

「今日はエリダの部屋でいいですか?」

「は?」

「なんで!? 嘘やろきぃ姉!」


 麻妃の放った言葉に、エリダがベッドの上で跳んだ。

 只今、時計の針は午前三時をまわっている。そんな夜に二人が叫べば、外に相当響くだろう。黒翅家は山奥にあるが、森を伝って聞こえる場合もある。紫音のように人差し指を立て、唇の前に置くことで黙らせた。


「エリダは今日だけ私の部屋で寝てください。他の部屋はほとんど使われていないので、今から掃除するのだけは勘弁です」

「やけんどさあ、なんでうちの部屋に泊まらせるん!?」

「私の部屋には緋狼会の資料があるので、いろいろ触られては困ります」


 そう言えば、うっ、と言葉を詰まらせる。アルトは驚いたものの、特に反論はないようだった。

 麻妃はエリダに、アルトを案内するように言い、それに彼女は不承不承に頷く。腕を引っ張られて出て行く彼が、一度振り返った。


「なあ、学校の転入って、明日?」

「恐らく、そうでしょう」


 その部屋に、一人の少女以外がいなくなった。

 彼女はアルトに問われた言葉を思い出し、憂いに目を細め。疲労を感じて布団の中に入り、電気を消して闇に身を沈めた。


『もうすぐ』だと『早く早く』と急かす声を。

 気付かないフリをしながら。



これで00章は終わりです。

次は学園編

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