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00:機械仕掛けは響く魂を黙殺する


 無言で目を瞬かせたアルトに、戦闘態勢に入っていた四人は同時に肩を落とした。やっと、自分達が探していた強力な悪魔が現れたと思ったら、とんだハズレだ。


 唯一ホッとしたように息を吐いた麻妃は、無意識にそうしていたことに気付き、気を引き締めた。悪魔相手に、安心感を持ってはいけない。

 それが、例えあの人じゃなくても。


 ――――おかしいね、こんなに強力なのに。

 声が響き体内を蠢く。最早慣れたその声に、麻妃は下唇を噛んだ。


 これじゃあ(・・・・・)まだ私は(・・・・)解放されない(・・・・・・)


あの人(・・・)じゃなくてよかった、まだ準備ができていないからね。これ以上に強力な悪魔がいると知れただけ、いいと思わないと」


 紫音が彼女の落胆とは真逆に、嬉々混じりの声で言った。

 麻妃はどうしても同意できなくて、だが他の二人に倣って頷く。


 アルトは次期魔王だと言った。しかし、麻妃が探しているのはアルトより上位で強力な悪魔。いや、もしかしたらアルトよりは下位で、しかし力は上なのかもしれない。実力至上主義の獄界でそんなことがあり得るのか、彼女は知りもしないが。


「――――それが聞けたなら、もう、いいね。今度はこちらの説明を、引き継ごうか」

「きぃ姉、なんか甘いもんもっとらへん?」


 説明を再開しようとした矢先、エリダの蒼い瞳が麻妃へ向く。見上げる形となると、藍らしい顔がよく見える。

 彼女は引き出しの中に入っているガムを無言で渡す。いつの間にか、麻妃と既に渡したエリダ以外の三人も、ガムに期待の目を向けている。最年長である和基ですら、キラキラと。麻妃は同じく、無言で全員に一つずつガム(えさ)をあげた。


「いやいや、人間の甘味って飽きないよねえ。特にこのがむ(・・)ってさ、ねちょねちょするくせに味長続きするし、まだ持ち運べるし。買いに行きたいんだけど、どうしてか和基がとめるんだよねえ………………どうしてかな?」

「きっと、初め一人で外に出た時が原因でしょう。家を出て真っ先に転倒し、車が勿論自転車にまで轢かれそうなる。その上財布を忘れ、無銭飲食未遂を繰り返し転々と。その一日が終わる頃には、和基さんは精神的に疲れていました。フォローをするにも苦労します」

「えー、僕ってそこまでドジってないよー?」

「残念ながら、本当ですよ。そろそろご理解頂けないかと」


 麻妃に罪状を叩きつけられ、悪びれもなく紫音がそう言えば、和基が判決を下すようにキッパリと断言した。エリダはアルトにちょっかいを出して、ガムを奪われ泣いている。ケケケッと笑った顔は、まるで悪魔のようだ。ああ、まるで本当に悪魔のようだ。


 ゴホン、とばつが悪いことを言われ、当人がわざとらしく咳をした。

 アルトとは違う意味で子供っぽく、多少のプライドがある紫音にとって、都合が悪い話題だ。避けるために、本題を出す。


「それで。アルトに聞きたいんだけどね?」

「ん?」

 アルトがエリダの髪を引っ張って、悪戯に笑いながら返事した。

「君は人間界に――この世界に送り込まれた魔神を倒すためにここに来た、って?」

「おう」

「では、アルト。君は僕らに強力を求めるかい?」


 和基と麻妃が隠さずに溜息を吐いた。【会】の者が本来敵対するべき悪魔にそんな話を持ちかけるなど、非常識にもほどがある。だが、幼馴染でもある二人は、紫音が面白さを求めて語りかけることを、なんとなく予想していた。


 問われたアルトは、エリダの髪を思わず離してしまう。その間に、涙目の少女は麻妃の後ろに避難した。

「協力? 俺が、誰に?」

 基本、何もかも独断で動く彼は、集団行動と言う言葉を識らない。

「誰に、って言っているわけでもないけど。君が誰かに協力してほしいのなら、人をつけよう」

「何の意味があるんだよ、面倒くせえ」

 麻妃からガムをもう一つ貰ったエリダが、その場で踊り始める。

「意味ならあるさ、アルト。忘れてないか?」

「何を?」

「君は悪魔で、ここはその悪魔を敵対している鬼の領地。君の修行である魔神退治は人間に危害をくわえさせるかもしれない。――その阻止をするのは、僕たちだよ?」

「邪魔するってか」

「面白いから、僕はしたくないんだけどねえ。でもそれは緋狼会のトップとして、しなければならないことだ」

「緋狼会?」

「僕らが所属している、悪魔退治用戦闘員の集まりだよ」


 そう、麻妃より少し下、または同等の力を持ち経験もある紫音は、緋狼会のトップであり鬼の家系の一つ、黒翅の代表でもある。

 それ故に、彼は個人的にアルトの対処について判断ができない。


「もし君が協力、――いや、ハッキリと言おうか。君が監視役として緋狼会の人間を傍に置けば、悪魔の存在が受け入れられないこの人間界でも、動きやすくなるよ?」

「どうして俺が人間の都合のいいように動かなきゃならない? 俺は夜に行動できればいい」

「でもそうすると、君は僕らから討伐対象となる。監視役をつけるのはこちらが譲歩してのことだよ、アルト。――――それに、夜に動くだけじゃ解決しないよ」

「どうしてそう言える?」

「今回の魔神――アルトの敵は、きぃちゃんのいる星城(せいじょう)中学校の生徒だったらしいね。悪魔に棲みつかれた被害者の名前は、片崎(かたざき)将大(しょうだい)。彼は元々が豪家でね。彼が十歳の時に親が詐欺に嵌められて、全財産を取られたらしい」

「それがどうした」

「戦った魔神であるナベリウスは、失われた威厳や名誉を回復する力を持つともいう。彼はその過去の所為で誘惑され、悪魔に体を乗っ取られていった。――アルト、中学に通う年代の子はね、一番悩みが多い時期に在るんだよ。それに、きぃちゃんと共に好奇心で悪魔を呼び出した加瀬瑞貴と同じ子もいるかもしれない。言いたいことは分かるかな?」

「つまり、学校に通えば悪魔を見つけやすくなるかもしれない。だが、通うには、存在証明と保護者が必要。それをアンタらが保障するかわりに、監視をつけろって言っている。――あっているか?」

「あっているけど……学校がどんなことかは知っているみたいだね? ロボットは知らなかったのに」

「ディアスに常識だけは教えてもらったんだ」

 その言葉に、麻妃は疑問符を浮かべる。

「ディアス、というのは?」

「俺の教育係兼従者だ」

「その人に常識を教えてもらったんですね?――――そもそも、どうして悪魔が人間界の常識などを知っているのですか?」


 最もな質問だ。

 麻妃がいる緋狼会は、大昔から悪魔の排除を生業としてきた。今まで悪魔が人間界と獄界を行き来しているなら、排除対象とされ、排除できなければ目撃情報などが残っているはず。なのに、麻妃が知っている過去に悪魔を逃したと言う情報はない。

 だが、人間界に来なければ人間の常識など、習得することもあり得ないのだ。


「人間界に行き来を始めたのは、バルドが初めてだって言ってた。問題がないから、ブラブラして会った老人にいろいろ常識を教わったんだとよ」

「バルド?」

「今度は誰や?」

 魔王の名を知らない和基とエリダが、それぞれに声をあげる。紫音も知らないようだが、問いかけをしなくてもアルトは答えた。

「俺の父親。現魔王だ」


 まるで友人を紹介しているような軽さに、和基は固まった。エリダは事の重大さを知らないが故に簡単に納得する。紫音は貼り付けた笑顔のまま、ギギギとぎこちなく麻妃に視線をやった。視線の先の彼女は無表情のまま頷いた。腕からはまだ血が出ている。


「きぃちゃん、そろそろ再生したほうがいいんじゃないかな?」

「…………そうですね、そうします」


 アルトへ見せつけていたためか、不服そうにしながらも従う。腕のあった場所へこぼれ出ている血が形を作り出し、それがだんだんと色を変え――――最終的に、無傷の右腕がそこ在った。その間わずか二秒。人外の再生力に、人外しかいない空間の中、驚き声をあげるものはいない。人外にとって、これが普通だ。


「――――それで、どうする、アルト?」

「うーん、別に監視はいいんだけどよ。でも、それって人間の下に就くってことだろ? それは勘弁」

「君が監視役にちゃんと従うって言うなら、その存在を政府には言わないことにする。あくまでも人外の管理は、僕ら【会】の人外だからね」

「そっかあ……そうなるか…………」


 アルトは考える姿勢となり、黙り込む。その姿を見て、紫音はホッとした。

 交渉をしたのは、アルトがどれだけ強力か知っていたからだ。直接見たわけではないが、自分と同等またはそれ以上なのだと、麻妃からの連絡で紫音は伝えられた。麻妃が仕事を押し付けた先輩は、彼女に慕われている紫音と和基だったのだ。

 そうなると、排除するにはそれだけの【会】の者が出るため、これから72もの魔神を狩っていくのに、今大きな被害を刺すわけにはいかない。交渉を持ちかけて上手くいけば、それを回避できる。緋狼会の、トップらしい判断だ。


 アルトが麻妃をチラリと見て言った。

「その監視役が麻妃なら、俺は条件を受けることにする」

「あ、いいよ。ちゃんと守ってね」

 あっさり決定。麻妃はもう、何も言わなかった。ただ、これから学校内でも仕事をしなければならない運命になった少女を、和基がそっとその背を撫でた。

「きぃちゃんなら彼の監視役にぴったりだよ。力としても、権力としても。元々黒翅家の者から選ぶつもりだったしね」


 こうして、麻妃はアルトの監視役になった。

 脳内で響く声を無視しても、これから忙しくなるのは明らかだ。そっと、溜息にもならない息を吐いた。教室にいるアルトの姿を思い浮かべて、自身の友である瑞貴がまた煩くなりそうだと、いろいろ想像する。


「なら、アルト。今度は僕らの番だ。君だけ事情を教えて、こちらが教えないというのは失礼じゃないかと思ってね。僕らが鬼で、きぃちゃんは更にサイボーグだってことは知ったけど、他に知りたいことは?」

「ん? サイボーグなのか麻妃だけなのか?」

「そうだよ。僕らは鬼ではあるけど、きぃちゃんのように体内に機械はないよ」

「なら――――その鬼についてと、なんで麻妃だけがサイボーグなのかの理由」


 分かった。紫音はそう言って、再度麻妃を見る。先程の視線での合図は、バルドが現魔王であることの真偽を確かめるためだった。今は、自分が自ら話すかどうかのアイコンタクト。

 麻妃は頷く。脳内に響く声を無視して。

 そうして、アルトに向けて言った。


「少し長くなりますが……私から説明させていただきます」


 その顔は、ずっと無表情だ。



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