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00:悪魔は甘言で笑う

 アルトは頭の中で検索した。数少ない人間界の知識の中で、耳馴染みのない単語だから。情報がきちんと管理されている悪魔の脳。だが、待てども無表情の彼女から出た単語は、脳内に存在しなかった。

「〝さいぼーぐ〟って何だよ?」

 素直に問うと、麻妃は首を傾げる。

「獄界にロボットの文化はないのですか?」

「〝ろぼっと〟がどれだけなんかの役になるかは知らんが、魔力があれば大体なんとかなるぞ、なんでもな」

「そうですか……」

 麻紀は少し残念そうな声音で言い、しかし矢張りと言いたげなその言葉は、最早獄界の理想を壊されているようだった。勿論、獄界にロマンの欠片もないため、理想を抱くのも(いささ)か可笑しい思考であるが。


 その思考を切り替えるため、麻妃はガムを噛んで自己暗示した。

 脳内で、ソレが蠢く――――


「サイボーグというものを一言で表すなら、機械仕掛けの人間ってことになります」

「機械でできているのに、人間なのか? 人種じゃなくて機械種?」

 首を傾げる彼に、麻紀は鏡のように、同じく首を傾げた。

「ロボットを知らないのに、機械を知っているのですか?」

「ろぼっとは機械のことなのか?」

 ああ、と納得する。

 つまり、言語の文かの差で伝わらなかったわけであって、そういう文化はあるらしい。

「元から機械なのではなく、人間の体の一部が機械に変えられているのです。――私の場合は、心臓と右腕。そして両足となります」

 大胆な告白に、しかしアルトは人間の常識を理解していないため、ふーん、と呟いて麻妃の全身を見まわした。他意はないと知っていても、思わず麻妃は睨んでしまう。礼儀はないのか、礼儀は。

「じゃー、アンタは改造されたってことか?」

「実験的な意味では、noと言うでしょう。今の私は戦闘用として機械を埋め込まれましたが、本来の役割は心臓の補佐ですね」

「体が弱いのか?」

「いえ、事故で少し傷を負いました」

 蘇ってくる過去を、気付かれずに噛んだ唇の痛みで、気を紛らわす。脳裏によぎるのは怒声と罵詈雑言。全てを雑音にして、麻妃はそれを表情にも出さない。狙い通り、その様子の変化にアルトは気付いていなかった。

「そうか、なら…………腕は機械なのか……」

 ブツブツと呟きだしたアルトに、麻妃は無表情のまま問う。

「…………どうかしましたか?」


 ――――――――――ザシュッ

 麻妃の右腕が飛んだ(・・・)。彼女の目に見えるのは、血塗られ膨張した(てのひら)


 紅い三白眼が爛々と輝いていた。血を見て興奮したらしい、その笑顔。端整な見目が返り血に染まった時、畏怖を生む。病的なまでの興奮は、悪魔故かそれとも個人的か。ユラリと揺れた体。傾いた歪な笑みが、部屋の光に照らされ影を作り、その奥から見えた紅が狂気に煌めく。


 麻妃の()が金色へと変化した。黒い髪は梟の姿の髣髴(ほうふつ)とさせる。

 腕から覗いている機械の欠片が、血と共に落ちていく。腕は機械で出来ていても、肉の塊があるのには変わらない。痛痛しいまでにバッサリと切られた切断面を、麻妃は直視することなどできなかった。


「ふん? 機械を埋め込んでいるってわけで、義手ってわけではないんだな」

 戦闘狂の彼が嘯く。

「アルト……………………それは、アウトです」


 麻妃は無表情のまま左腕を動かした。目的は服の下にあるペンナイフ。戦闘服ではないため、ホルダーがないまま持ち出せるのはそんな小さな物だった。

 取り出した刃の先を、腕を突き出したままのアルトの首に目がけて突き出す。腕を壊されてもまったく動じない麻妃に驚きながらも、彼はしゃがんで攻撃を避ける。腕を引っ込めようとしたが、無表情の彼女が掴んでいて、これ以上は逃げられない。

 腕を引っ張って抱きしめるような姿勢になった。麻妃は、避けはしても反撃をしないアルトの首にナイフを固定し、鋭利な仕事の顔で言った。


「アルト。貴方と今ここでお話できているのは、先程助けてくれた礼があり、また目的が分からなかったからです。――――これで、もう庇う義理はなくなりました。次は、排除対象となりますので。ちゃんと理解してください」

 黙って話を聞いていた相手は、片眉をあげてニヤリと笑う。

「――――アンタ、俺を殺せんの?」

「殺せるように、仲間をドアの向こうに待機させています。アルト、これは国がらみの機密ですよ。下手すれば他の国も動く情報です。分かりますね? 迂闊な行動をしないでください」

「そうじゃねえよ」


 膨張した手を元に戻し、アルトがナイフに触れた。刃に触れ、人間に近く作られた肌が切れる。だが、指の傷はすぐに治り、その変わり麻妃の警戒心が強まる。

 はたして、この悪魔の再生能力はどこまでのものか。


「アンタはさあ、俺を殺せねえんだよ」

「どうして?」

「だって、殺せるんならもうとっくに殺してるだろ。まだ殺してないのは、もう既に(・・・・)情が移っている(・・・・・・・)から。……いや、俺じゃなくて、悪魔(・・)を殺せないのか?」

「どう考えれば、その憶測に辿り着くのでしょう。殺せますよ、悪魔。今までそうして生きていましたから」

「アンタはそういう仕事をしてるんだよな、やっぱり。いくら人外の血をひいても、その反射神経は出せねえもんなあ。慣れてないと、無理だろ」

 ナイフから手を離し、麻妃を引き寄せた。抱き合っているその姿は、事情を知らなければ恋人同士にしか見えない。だが、やろうとしている行為は残酷だ。

 囁くは甘言。契約を迫るわけではない今では、相手の弱点を突く。それが悪魔の性。戦闘狂なら尚更、この状況を楽しむ。

「――――アンタ、悪魔にトラウマ持ってんだろ?」

 努めて無表情の麻妃。決して、仕事の顔を崩さない。

 だが、その言葉にナイフを振りかざそうとして、失敗する。一瞬の動揺で、その場を逃れる。彼は突然の行動に、ケケケッと笑うばかりだ。

「悪魔はさ、相手の感情が読めるんだよ。少しだけだけど。力が強かったら、記憶も読める」

「それで悪魔は誘惑し、人を乗っ取る。自身で経験することになるとは、驚きですね」

「警戒していても、これじゃあ回避は難しいだろ? アンタさえも動揺した」

 殺伐とした部屋の中。ガムを楽しんでいた時の純粋な彼は、もういない。


 奇妙な音がした。カタンッ、とドアの音。だが、開いたドアに人は見当たらない。

 ――――――――――――――カタ、ン……。


 ――――パンッパパンッ

 二人の頭の衝撃が走った。頭を叩かれたらしいその軽い音に、麻妃はいつの間にか室内にした人物を見て凝視する。半ば睨んでいる感じもする。


 その人物は、場を変えるために手を叩いた。


「そこまでにしようか。話をするだけで、君らは脱線しすぎだ。戦闘するしか頭にないのも、困りものだよ? 僕もそんなテンションを疲れるね」


 鶯色(うぐいすいろ)の浴衣を着崩し、草履を履いたまま佇んでいた。

 濡れ羽色の髪は美しく、だが人間にはよくある黒色で、しかし――その人物は麻妃と同じ人外の鬼。黒髪で分類させる、黒翅と言う鬼の家の者である。

 中性的な美貌を呆れに歪ませ、わざとらしく言った。その表情の後ろには、従者を連れていた。


「……紫音(しおん)さん」

 麻妃が呟く。自身の名前を耳に通すと、呼ばれた彼はニコリと笑った。


 黒翅紫音。彼は、麻妃と同等の地位にいる、黒翅家の者であり、緋狼会の一員である。

 後ろの従者は黒翅家に仕えている、緑中(えなた)家の和基(かずき)がいた。輝く白銀の長髪を、しかしアルトのように無造作ではなく、綺麗に結っている。

 蒼い瞳は自分の妹を目の前にしているかのように、慈しみを込めて麻妃を見ていた。


「さっきから、ずっといたんだよね、実は。でもきぃちゃんは感情の乱しすぎで気付かないし、放っておけば殺し合い(ちょっとしたケンカ)始めちゃうし。――きぃちゃん、相手の首を捕っても手の動きを制限しなきゃ、ただ弱点である心臓を突き出したってだけになっちゃうよ。そんな初歩的なことを、緋狼会トップの君がミスするなんて、感情を出し過ぎだ」

 紫音はアルトに目を向ける。

「――君も君さ。悪魔の性だからって、きぃちゃんにまで殺し合い(ケンカ)を売っても、意味ないだろうに。それに、世界を敵にまわせば、いくら君でも死んじゃうよ? 異形を退治する緋狼会。そのトップを挑発するとは、そういうことだよ」


 和基が動いて、麻妃とアルトの肩に手を置いて、クッションの上に座らせる。開いたドアの向こうでは、いざこざになる前に紫音へと連絡していた、麻妃の同僚が心配そうに見ていた。金髪のツインテールを弄んでいる彼女は、麻妃の幼馴染であり親友である。そろっ、と無意味に忍び足で部屋の中に入り、隅っこにちょこんと座ると和基と同じ蒼い目で自分の親友を見つめる。見つめる。見つめる。麻妃は和基に、アルトは紫音に怒られている。見つめる。そんな簡単に悪魔と喧嘩するな、と。見つめる。喧嘩を売るなら相手を選べ、と。見つめる。


 ツインテールの彼女の目に、だんだんと涙が溜まってきた。

 もう雫が落ちる、とそうなったところで、麻妃が部屋にいる金色に気付く。

「エリダ……」

 が。もう遅い。

「うわああああああああんッ! きぃ姉のばかあああああッ! うち、うち、こんな、酷いしうちやあああああああああッ! なんで気付かへんのんッ!」


 泣き叫ぶ彼女は、緑中家の和基の従妹であるエリダ。金色という目立つ髪色と、碧眼の美貌を持った美少女であるが、何故かいつも存在に気付いてもらえない、何かと残念な麻妃の世話係である。

 紫音は、またか、と言ってエリダの頭を撫でた。和基と麻妃も、同様にあやす。先程から知らない人物が次から次へと現れて、アルトだけが面白くなさそうに黙り込む。麻妃に構ってもらおうとして背後から抱き着かんとチャレンジとしたが、そこは戦闘員の反射能力でさっと避けられた。残念。


「――――なー、さっきのサイボーグの話に戻そうぜ」

「話をずらしたのは、君なんだけどね。じゃあ、そうしよう」

 紫音が麻妃とアルトの間に座る。和基はその真正面に座り、膝にエリダを乗せた。

「どこまで話したんだっけ?」

「機械が仕掛けられている場所まで説明していたら、アルトから確認として腕を取られました」

 相変わらずの無表情で淡々と言う麻妃だが、その腕は血をダボダボと流したまま。痛みを感じていないように見えるが、痛覚は人間と同じだ。鬼の力を使えば、止血することも痛覚を遮断することもできるが、それを麻妃はわざと使わない。アルトに見せつけるためだ。勿論、悪魔であるアルトはまったく気にしていないが。むしろ、切断面から見える鉄をチラチラ見ている。

「そうかい」

 死に逝く人が多い緋狼会の重鎮である紫音も。同じ鬼である和基も。泣き虫だが重傷を見てきたエリダも。誰も、悲鳴をあげたりしない。

「じゃあ、突然なんだけどさ、君」

「君ってやめろよ。アルトでいいって」

「では、アルト」


 紫音はいつもの(・・・・)笑顔を向けた(・・・・・・)。薄っぺらく中身のない、まるでピエロに能面。右耳が少し動く癖がある。

 それは、仲間にしか分からない戦闘態勢の合図。

 きっと、この後のアルトの反応で、対処を決めるため。

 麻妃はペンナイフを握りしめ。和基は(ふところ)にある、搭楼会の作った特殊な拳銃を。エリダは泣きながら鬼の力の発動準備をする。


 夜も(たけなわ)。現在、午前二時半。

 そして、場の支配者は厳かに問う。


「――――君は、【黒の裁き】を知っているかい?」



ちょっと最初のほうに会話を増やしました。変な感じになってから、「ろぼがどうした」あたりを。誤字はまた後で直します


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