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01:悪魔は宣言する



 屋敷がある山奥から、全速力で駆け抜け二十分。人外の脚力を使えば、その短時間で屋敷のある場所から学校につくことができた。

 門までの小さな坂。下駄箱。廊下で知り合いに挨拶をされ挨拶し、教室のドアを開けて麻妃が一番に聞いた挨拶は、耳馴染みのある男の声のものだった。


「お早うございます、女王様。踏んでくれ」


 そう、それは最早挨拶となっている。いつも通りのその声とその台詞を聞いた麻妃は、目の前でひれ伏しているクラスメイトを無視して自分の席に座った。

 そこは、窓側の一番後ろの席という、絶好の昼寝の場所だ。


「くッ、手ごわい。…………だが俺は諦めない、主にご褒美的な意味で!」


 他のクラスメイトから薄らと生暖かい目で見られているその男は、同じクラスとなってから一方的に麻妃を構う、隣の席の横田(よこた)駿(すぐる)

 短めに切っている黒髪。その前髪から覗く、つり気味の目。精悍な顔立ちは、硬派な印象を与える。

 左目の下の黒子がチャームポイントだと言うこの男は、クラスで一番の長身だ。


 叫び、今にも被虐趣味全開で麻妃に跪きそうになっている彼は、横から突進してきた二つの影に体重を崩す。その様子を見て影がケラケラと笑い、自分の席で本を読み始めた彼女に抱き着いた。突進とは違い、力の加減がしてある。


「おはよー、きぃちゃん」

「本読むんじゃなくて遊ぼうよー」


 くるくるな癖毛がフワフワと揺れる。丸い茶色の目を瞬かせた二つの影は、瓜二つだ。男女の双子は、ピンの色で見分けられている。

 赤いピンを前髪の左側につけているのが、姉の捺美(なつみ)。セーラー服の上から茶色の上着を着ている。

 青いピンを前髪の右側につけているのが、弟の夏緒(なつお)

 二人――早坂(はやさか)姉弟に声をかけられた麻妃は、さも今に三人のことを気付いたかのように驚いたふりをして、挨拶した。鬼が人間の気配を分からないわけがないため、本当は知っていたが。一名は声もかけられて知っていたが。


「おはようございます、三人とも。――今日、和葉(かずは)は一緒じゃないのですね」

「迎えに行ったんだけど、もう家出たって和葉のママンが言ってた」

「でも、いないね、和葉。今度はどこに行ったんだろう?」

「いつもの罵詈雑言が聞けないと落ち着かないな……」

 気のせいだ。

 一見、硬派そうな顔立ちでそんなことを言われると、何も言えなくなる。初対面で麻妃は固まったことがあった。

「山かなー?」

「海かなー?」

 双子は余っている制服の袖から少しだけ手を出し、ポンポンと叩き合った。麻妃にはよく分かっていないが、二人の癖だ。そんなことをしながら、いつも固まって行動している五人の中で、ここにいない最後の一人の行方を話していた。放浪癖のある彼は、気付けば県外にいたりもする。

「お土産が楽しみだねー」

「そうだねー」

 どうやら早坂姉弟は、丁寧に持って帰ってくれる土産の方に興味があるらしい。


 無視されたことに悶えている駿を見ないようにしていると、教室の後ろの方のドアが大きな音をたて開いた。そこには、クラス委員の酒井がいた。

「なあ、今日転入生来るらしいぜ!」

 ざわめきだす室内。その原因は、主に女子だ。

 麻妃は頭の中で、アルトだと理解していた。

「女子? 男子?」

「男子。なんか保護者っぽい人と会議室に行くところみたけど、まじでイケメンだった! なんかハーフっぽい!」

 ハーフ? 本から視線をはずし、反射的に酒井を見た。また、目を伏せ、思考に移る。目の前をチラチラと蠢く疑問が、興味をも誘って来たから。

 麻妃の知っているアルトは金髪に赤目だ。悪魔だと知らない者が見れば、ハーフではなく外人だと思うのが普通ではないだろう? 嫌な予感がする。

「中学の二年から転入だって、珍しいよね?」

「でも、別にないことはないんじゃない?」

 夏緒と捺美が言い合った。確かにないことはないが、珍しいことには変わりない。

 本を読みたい気分でいた彼女は、小さく溜息を吐いた。ここまで話題が大きくなると、人とは騒ぐ生き物である。

 麻妃の席の場所を考えれば、転入生であるアルトが隣になる可能性が高い。煩くなることが好きではない彼女にとって、不快以外の何物でもなかった。

「どんな奴だろうな? 俺は鬼畜を希望するが」

 そんなこと聞きたくもない。

 麻妃はいつも通り返事をしなかった。


「あー、鬼畜と言えば、ニュース見たー?」

「アレ本当に酷いよねー。何がしたいのかも分かんないしー」

 ニュース。黒翅の屋敷にテレビはあるが、今日はアルトとエリダの騒ぎもあり、またナベリウスの騒動もあって睡眠時間が少なく、見る気にもなれなかった。

「何かあったのですか?」

 珍しく話しかけた彼女に、姉弟は目を輝かせる。

「なんかねー、死体が掘り返されているんだってー」

「墓を荒らす変人がいるんだってー。邪魔した人は負傷だってー」

 物騒な話に、駿が首を振った。

「残念だな、精神的にも肉体的にも刺激には関係ないようだ」

 そろそろ黙ってほしい。

「あ、しかもね、なんか全国の〝やまなかゆうし〟さんの墓が多いんだって」

「狙ってやっているんじゃないかって、アナウンサーさんが言ってたよぉ」

 確かに、鬼畜と言えばそうかもしれないが。

 それはただの変人じゃないだろうか。


「――ん?」

 そこで、ふと、疑問を感じた。


 今この教室で話題になっているのは、転入生であるアルトのことと、ニュースで流れていたらしい墓荒らしのことだけ、だ。

 体が裂かれ、死んだと思われる片崎将大は今、どんな扱いになっているのだろうか。

 今までの悪魔と契約した者は、死んでいた。そこは悪魔でも魔神と呼ばれる異形と契約したことで、何か違うのだろうか。

 少なくとも、死体は搭楼会が管理していることだろう。瑞貴の部屋に置いておくわけにもいかないのだから。


 それならば。

 存在自体が消されてしまったのか。行方不明扱いになっているのか。

 緋狼会にいても、戦闘要員が情報を自然に得ることは少ない。家に帰ったら緑中の使用人を使って、紫音か和基からそこらへんのことを聞き出そう。麻妃は頭の中で忘れないように真鬼に言いつけておく。こうすれば、アラーム代わりになってくれるのだ。


「ねえね、きぃちゃん」

「きぃちゃーん?」

 中性的かつ女と男の区別がつく双子の声がかけられれば、麻妃が振り返った時二人はドアの方向を指さしている。そこには、今朝ボサボサだったツインテールを綺麗に結っている、セーラー服を着たエリダがいた。

「きぃ姉……」

 エリダと麻妃が知り合いなのは、周知(しゅうち)の事実である。

「少し待ちなさい」

 ドアのところに立っている彼女に聞こえるよう、そう言い。麻妃は机の上に置いていた本を鞄の中に戻し、席を立った。只今、七時五十分。読書タイムなるものがあるが、もうチャイムがなるまでに読むことはないだろう。

「どうかしましたか?」

「ちょ、ちょ、」

 ちょっと、を縮めた言葉を繰り返し、ドアの向こうに連れて行かれる。

 内緒話をするかのように、声を潜めてエリダが言った。

「あんな、きぃ姉。嫌な予感がするんや」

「嫌な予感」

 それなら麻妃も、先程からしていた。

「さっきな、あの悪魔が会議室で校長と会っとんの見たんよ。んでな、そこでな、」

「はい」

「悪魔の保護者役としてなんやろーけど、」

「はい」

「黒翅の綾人(あやと)さんがおったんよ」

 黒翅綾人。

 それは、数少ない黒鬼の一つ。また、緋狼会の一員だ。

「…………」

「………………」

 麻妃は何も言わなかった。何も、言えなかった。


「どうした? 調教話か?」

 男らしい低い声が頭上から降ってくる。誰かは言わずもがな分かる魔法。

「有り得ませんね。――いつから聞いていました?」

「最初から。緑中が悪魔と称したのは、例の転入生のことか?」

 そう言いながら駿がエリダを目で見る。

 緑中エリダ。それが、彼女の学校での名前だ。

「ええ、そうですが……何か?」

 何か変なところでもあったかと考える麻妃に、駿は少し口角をあげた。

「つまり、転入生はドSの可能性があるということだな。二人とも知り合いなんだろう? どんなやつか教えてくれないか」

 鬼二つは、取り敢えず軽く殴ることを決めた。アイコンタクトで。


 もっとお願いしますと土下座し出した駿を教室の外に放置したまま、麻妃は一切の言葉を話さず足音を立てないように自分の席に座った。早坂姉弟に秘密だと、人差し指を立てて伝える。これで、駿は先生が来るかチャイムが鳴るまであのままだ。

「はあ……」

 麻妃が小さく溜息を吐くと、周りでその光景を見ていたクラスメイトが反応する。そうさせた本人は、それに気付かない。

 無表情だが無口ではないのに、また美少女な彼女がクラスに馴染めていないのは、嫌われているからではなく、その美貌と大人びた性格ゆえに近づき難いというだけだった。嫌悪どころかむしろ、高嶺の花のように扱われている。

「きぃちゃん、疲れるまですぐるんの相手しなくてもいいんじゃなーい?」

「無視しても喜ぶから、ちょっとぐらい相手しなくてもいいんじゃなーい?」

 麻妃としては嫌な予感に溜息を吐いたのだが、勘違いした捺美と夏緒が駿に気付かれないよう、小さな声でそう言った。

 だが、麻妃が気になったのはそこではない。

「すぐるん……」

「駿のことー」

「こっちのが可愛いでしょー?」

 そういう問題、らしい。


 時計の針が八時を超え、二十分を示した時だった。

 チャイムが鳴り、廊下にいた生徒が教室の中に入ってくる。捺美と夏緒もそれぞれの席に座り、駿も何をしているんだとクラスメイトに声をかけられ、ようやく放置されていることに気付き、至福の笑顔で席についた。

 教師の中で最年長のおじいちゃん先生、担任の西野先生が教室に入ってくる。ドアの向こうに人影があるため、そこにアルトがいるのだろう。

「先生、今日早いですねー」

「もう知っているだろうけど、転入生がいる。自己紹介に時間がかかるからな」

 そう言うと、入って来い、とアルトに呼びかける。

 影が動き、ドアが開いた。


 そこには、鮮やかな金髪が濡れ羽色の漆黒に変わり、相変わらずの紅い瞳を輝かせた悪魔がいた。肩甲骨まであった髪は、男子にしては少し長め、というくらいになっている。

 だが、麻妃が驚いたのはそこではなかった。


 旋毛あたりから前に添って浮いている、それ。ピョコンとまっすぐに伸びたり、グルグルとまわったりしている。でも、誰も気付いてないようだ。

 アルトは、金髪から黒髪にした上に、どこから知識を貰ったか、アホ毛を装備していた。

「…………」

 何も言えない。わざわざやめろと言うほどの物でもなく、また不快ではない。

 だが、なんだろうこの脱力感。あれは本当に悪魔なのだろうか。


 表情に出さず内心で言葉をなくしている麻妃を余所に、西田先生はカツカツと黒板にアルトの名前を書きだす。

 そこでまた、一つの鬼は叫びだしたい衝動に駆られる。


 檀上に立っている悪魔は、人間に見られていることが不愉快なのか、ムスッとした表情のまま少し睨むように目を細め、言った。


「俺は黒翅アルト! 先に言っとくけどな、麻妃以外の人間は俺に気安く話しかけるんじゃねーぞ! ただ強いやつがいたら会わせろよ。宜しくはしない!」


 騒がしいのに巻き込まれるのが決定した麻妃は、嫌な予感が当たったことを恨み、机にゴンッと頭をぶつけた。そのまま机に頭を伏している彼女は、脳裏に緋狼会の愉快犯のトップを思い浮かべ、その想像を殴り飛ばしたのだった。

 誰も想像の中の行動に、荷担することはない。


 また、しいんとした空気の中誰も言葉を発しなかったが、ただ一人駿だけが目を輝かせていた。



新キャラクターは

・(見た目だけ)硬派(?)なドM

・萌え袖な双子姉弟

和葉さんが出てくるのは後です……

西田先生とか〝やまなかゆうし〟とかは覚えなくても大丈夫です


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