01:機械仕掛けは独り言つ
新章、学園編の始まりです。
からん。からん。骨の踊る音が聞こえるね!
花弁一片さえ引きちぎり(そう、まるで血管のように)。
欠けた髑髏はオトモダチ(壊されちゃったボクの玩具)。
アヤカシの桜の木は死体の味を識らない。
※
学校へ行く準備ができた後、麻妃が一番にしたことと言えば、エリダとアルトの二人を起こすことだった。無指定だが、他の生徒と同じ紺色の鞄を肩にかける。瑞貴から貰った熊の小さなぬいぐるみが揺れた。中には、仕込んだナイフとバグナウがある。
昨夜。と言っても、今朝に近い就寝前。夜中だと言うのに、遠いエリダの部屋から、何やら言い争っている声が聞こえた。仲の悪い二人だから、エリダが麻妃の部屋に来なかったことからすると、きっと喧嘩で疲れてその場で眠ってしまったんだろう。
想像しながら家、いや、屋敷の廊下を歩く。
杢目が視界の端を通った。自然なものではなく、人工的に家の色として黒に染められ、力で永遠に咲き続ける百合の花が活けられている。
これは、紫音が緋狼会の指揮者になった時に、和基が是非と送ってきたものだ。
エリダの部屋の扉を開けると、そこには仰向けになり左腕を目の上に置いて寝ているアルトと。彼の肩ぐらいに頭があり、左側から突撃する形で寝ているエリダ。散らかっている部屋はとても狭いが、少ない場所の中で器用に熟睡している。
雑に散らばっているエリダの金髪の一部が、着なおしたのだろう、アルトの上半身に付けられているベルトに絡まっていたため、そっと取っておいた。
麻妃はエリダの鼻と口を摘み、数秒じっと待つ。
待つ。
「む!?」
息が出来なくなって起きた彼女が最初に見たのは、何者かが鼻を摘まんでいる細い指だった。反射的に飛び起きて後退する。
そして、ようやく犯人の顔を見て、ホッと息を漏らした。
「なんやあ、きぃ姉やん。悪魔かと思うたで」
いつしかテレビで見てはまった、似非関西弁は最早慣れつつある。
悪魔と言われ麻妃はグースカ寝ているアルトを見て、昨夜の騒ぎ声を思い出した。どうやら、彼女がいなかった場所で随分と仲が良くなったらしい。勿論、本当に仲がいい訳ではなく、喧嘩するほどなんとやら、である。
エリダは健やかに寝ているアルトを、先程麻妃がエリダにやったように、鼻を摘まむ。
待つ。
待つ。
待つ。待つ。が、待てどもアルトが呼吸困難で起きることはない。
「悪魔の肺活量とかどうなっとん!?」
「そもそも、悪魔が鼻で呼吸すること自体疑問ですね。人型になっているため、ただの飾りかもしれません」
「そういえば、息する時、この悪魔まったく動いてへんわ!」
「悪魔は存在自体が未知ということですね」
そうして二人が話している間にも、エリダはアルトの鼻から指を離さない。
「エリダ、先に学校の準備をしていなさい」
金髪を翻す彼女は、そう言われて部屋にある時計に目をやった。
只今、午前七時。中学生が登校するには、早すぎる時間だ。
「なら、その悪魔起こしといてな」
そう言って、エリダがドアのほうに振り返った時、アルトの体が動いた。
行き成り来た腰への痛みに、エリダがしゃがみ込む。寝ていたはずのアルトが、背を見せた彼女の腰に蹴りを入れたからだ。
「何すんねん、この悪魔!」
被害者は叫ぶが、加害者は何処吹く風。
一方、その光景を傍観していた麻妃は、ふと顎に手をあて思案する。
「演技をしていた…………いや、仮死状態になっていた?」
呼吸で体が動いていなかったのは、心臓さえもが止まっていたからなのではないか。同じ人外と言えど、種族が違うため、また会って間もないため、力の強さや性質などが分からない。こうした日常の中で知っていけるなら、搭楼会の人間なら狂喜するだろう。
考察を口に出すと、当人が麻妃に近付き、彼女の後頭部を片手で胸に引き寄せる。また、もう片手で頭をポンポンと撫でた。素性を知らない人が見れば、恋人同士だと思うだろう。実際は、戦闘狂の悪魔とそれの監視者である鬼なのだが。
「…………何をやっているんですか?」
「何って……スキンシップ?」
疑問符がある件について。
「きぃ姉にベタベタ触るなや悪魔!」
「うっせえよ、チビ!」
「チビちゃうわ! これでも平均やし!」
麻妃は、朝の挨拶をせず、無言で部屋を出た。あの様子なら、本気で殺し合うことはないだろう。学校に行ってからのことは、紫音がどうにかする。
廊下に出ると、また生け花が目に入る。
白色の花器の下に出来た影が、小さく蠢いた。
「――――――ふッ!」
短く息を吐きながら、一つのナイフを投げる。突然蠢き襲い掛かってきた影に、見事命中した。しかし影をすり抜け、ナイフは床に刺さる。まったくダメージを受けていないように思えるその影は、何をするわけでもなく、麻妃のまわりでざわついていた。
人の気配はない。だが、アルト以外の悪魔がいる気配もなし。どうやら、この影は、他の異形に隷従している魔物らしい。
初めの一度しか襲ってこないが、排除する理由はその存在だけで十分だ。
麻妃は心の中で魂に問いかける。いつもの嘲笑が、今は聞こえない。
『動いてください』『アナタは必ず私の役に立つでしょう』
『這ってください』『アナタは必ず私の盾となるでしょう』
『巡ってください』『アナタは必ず私の矛となるでしょう』
『探ってください』『アナタは例外なく情報を貢献するでしょう』
――――そう促せば、彼女は必ず現れる。
麻妃の影が膨張する。ぐるりと回り始め、やがて長細い棒を作り、それが人型となっていく。
まるで、ナベリウスが作った片崎将大の型のように。
人型となった影は、目立った異常はなく、ただの人間を模している。
黒翅を象徴する闇色の髪は床につくほど長く。戦闘態勢に入った麻妃と同じように、ギラギラと光る金色の目は嘲笑に細められていた。
音無き声が命令を欲求する。麻妃は影を目で示し、短く言った。
「消しなさい」
そうすれば、彼女――真鬼は右手を動かした。
白のワンピースをはためかせる。
麻妃を包むように蠢いていた影は、それを合図に一瞬にして破裂。散った残り屑は宙に舞い、空気に紛れ消えていった。
「これは……」
――――異形、だねえ。
「黒翅家には緑中の使用人がいるはずです。今まで気配に気づかれなかったのは?」
――――魔神は異形の高ランク。使用人のランクは気配を感じることのできないよねえ。
答える嘲笑混じりの声に、麻妃は顎に手をやった。
使用人と言えど緑中家の力は強く、むしろ黒翅に直接仕えることになるので、強力な鬼が多い。だが、無限の知恵を持つ真鬼は、今の魔物を操っているのは魔神だと言い、そして使用人では分からない高ランクだと言った。
それはつまり、戦闘要員の緋狼会ではないと、分からないという。
「屋敷の警護に緋狼会の少数を加えましょうか…………搭楼会の堅物が了承すればいいのですが」
誰に言うまででもなく、独り言つ。
それに答えるように、影に戻る前の後ろの魂が笑った。
真鬼が影から自身に戻るのを感じると、麻妃は鞄につけている熊のぬいぐるみの裏、時計がついているその中の小さな針を見た。あれから、もう十分経っている。
それでも十二分に時間に余裕があるが、花器のまわりをもう一度よく見てから、金髪二人組の声を後ろに玄関へ向かった。ナイフを補充することも忘れずに。




