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00:悪魔は支配者に傅く



 ブディライシン城――その世界にある唯一の黒い城の正式名称だ。その名は狂い力(ブディライシン)を意味しており、その世界で最も強大な力を有する者が暮らす城である。


 そんな仰々しい名がある城だが、一般的に正式名称が知られていない。

 それは何故か。


 ブディライシン城は、一般的に別称で呼ばれていたから。

 城の別称は――――魔王城。そこは、世界の統治者である、魔王がいる場所であった。





 黒光りした城は、アルトにとって見慣れた自身の家だった。

 城に纏わりついている、魔力を喰らう紅色の花――喰魔花(しょくまばな)。彼岸花のように真っ赤で、しかし根本に大きな目がついているそれは、とても醜悪だった。その花の蔦は、髑髏と骨を巻き込んで棲みついている。

 中へ入ろうと一歩を進めるアルトに、その喰魔花は二倍に膨れ上がり、木の幹ほどまでの太さになったところで、アルトの頭上に膨張した蔦を振り下ろす。アルトの立場に気づかず、侵入者を襲わんと喰魔花が攻撃を始めたのだ。


 が。――アルトは右腕で襲い掛かった蔦を鷲掴みした。

 後ろで雑に結んだ金の長髪が揺れる。紅玉(こうぎょく)を思わせる三白眼は、ギラギラと、爛々と、(あか)く輝いていた。


 蔦を鷲掴みしたアルトの右腕は巨大化していた。幹ほど膨張した蔦よりは小さいが、獣のような指の長さに、その先は手の巨大化と共に生えた鋭い(エモノ)。いつもならキラリと光るその武器も、今では喰魔花から出た白い蜜――血変わりの液体――で汚れている。


 ずっと放浪して久しぶりに来たためか、随分な蔦の歓迎を面倒くさがりながらも、アルトがようやく黒城の中へ入った。飛び散った白い液体が服にかかっていることに気付き、自身が着ている黒いコートを(はた)く。一、二回そうして、取れなかった分は放ったまま、アルトは城の中を進んだ。


 迎える者はいない。ここには、城の主人とアルトしかいなかった。

 主人は従僕を創れるが、孤独を愛していたために、この城の中へ入るのもアルトと一部の者だけだ。


 寄り道することなく進んで、アルトが止まったのは一番奥にあった、扉に喰魔花を絡みつけた部屋の前。そこに、アルトを呼び出した者がいる。

 ノックすることなく、アルトは乱暴に扉を開けた。鍵はかかっていなかったようで、中にいる主人もそれを分かっていたらしく、入ってきたアルトを見て、笑顔を作って見せた。


 そこにいたのは、一糸纏わぬ姿でソファに座っている、黒髪黒目の青年だった。

 だが、彼を青年と呼べるのは若々しい外見の所為で、実際はアルトの親になるほど歳を取っている。

 アルトよりも長く腰まで無造作に伸ばしている濡れ羽の髪、しかし雑に結っているアルトとは違い、その髪は艶やかで丁寧に()かれていた。今こそ笑顔で、自然に少し細くなっている目は鋭く。しかし元が三白眼なため、どうしても睨んでいるようにしか思えない。

 青年の名前はバルド――アルトの血の繋がらない父親だ。


 アルトはバルドの笑顔を見て、眉を顰める。

 口を開かずとも、その顔で不快に思っているのだと分かる。


 口角を上げた。

 それだけの行為をした彼は、アルトに心の底から笑っていると思わせたかったらしい。

 はめ込まれた真珠のように底の見えない目は、闇を思わせる。


「よお、バルド。お前に笑顔なんて作れたんだな? 初めて見たぞ。歪で不快だが無表情よりはいいんじゃねえのか」

 アルトは囃す。だが、バルドはその答えに満足したらしく、今度は意図的に目を細めた。これでどうだと言わんばかりの自信が見える。

「てっきり、笑うことさえ知らなかったと思ったんだがよ。どうしたんだ、行き成り。アンタじゃ愛想よくしようなんてもんでやったことじゃねえだろ?」

 ケケケッ、と今度はアルトが笑った。

 バルドはアルトの話し声を聞きながら、部屋の隅を指で示して、それ、と言った。

 アルトが指の方向を見ると、そこには山積みになった本が大量に。

「――――この本らが、どうしたって?」

「上から三番目のやつで、無表情の主人公のがあったんだ。笑顔の方が幸せになれるんだって、書いてあったよ」

「アンタが幸せを望むのか?」

 アルトは瞠目する。心底不思議だったらしい。

「うん。幸せって言ったら、なんだろうねえ。血が降ってきたりするかなあ? それとも絶叫が聞こえるかなあ? ねえ、アルト。ちょっと僕の為に人を殺してきて?」

「いいけど、また今度な。――――今は、アンタが俺をここに呼んだ理由(ワケ)が知りたいんだ」


 アルトがそう言うと、バルドは作った笑顔のまま、そうだね、と肯定する。

 アルトはバルドの隣に座った。所々に血が滲んだ深緑のソファは、もういつ買ったものかバルドは忘れてしまった。


 部屋の中は、とても薄暗かった。何かが腐ったような汚臭が鼻端(びたん)を掴んで離さない。

 バルドが引き裂いた白色のカーテンは変色し、ビリビリに破られて中途半端に役目を果たしている。その後ろに見える大きな窓にも、汚れが溜まってガラスの向こう側が見えない。山積みの本は煤けた物が多い。バルドは笑顔を崩さないまま、人間を模したミニマムなぬいぐるみを抱きしめた。彼の端整な顔は大人の色気があり、その姿はアルトから見ても似合わない。


「あのねえ、大変なんだ」

 バルドがノンビリとそう言った。まるで大変そうには見えない。アルトは綺麗な顔を歪めて、わざと大きなため息を吐いた。

「アンタは本当、呑気(のんき)だな。大変そうには見えないけど、俺を呼び出すくらいだから、もしかしなくとも俺が関係してるだろ」

「うん、そうだねえ。アルトが凄く大変」

「大変なのは俺かよ!」

 思わぬ言葉に、アルトの勝気な笑みが引き攣る。バルドはそんな自分の息子を見ながら、笑顔のまま、爆弾を落とした。


「実はね、そーくんと喧嘩(・・)しちゃって。魔神の七十二柱が被害(・・)を出しているんだよね。どうもできないことはないけど、ちょーっと、困っちゃうよねえ」

「――――――は?」

「だから、アルトに処理しに行ってほしいんだ、人間界に」

「――――――は?」

「あ、大丈夫。人間界の知識があんまりないアルトのために、ちゃんと協力者を見つけておいたからね。安心して」

「――――――は? …………え?」


 アルトは驚愕と困惑を同時に表す。開いた口も塞がらないとは、まさにこのこと。ポカーンと間抜けな顔を、そうさせた当人は、変な顔だね、と言った。


「待て待て待て待て。人間界って! 人間界って! いろいろ聞きたいことはあるけどな、馬鹿バルド! 取り敢えずそーくんって誰だ?」

 冷静でいようとするも、抑えられない焦燥(しょうそう)が声に出る。アルトは早口で、バルドに疑問を()くし立てた。

「そーくんはそーくんだよ。アルトも会ったことあるよ、ソロモン」

「ソロ、モン…………?」

 その名前を聞いて、アルトは暫し思考する。だが、頭の中を巡らせても、名前は知っているのだが顔が思い出せない。

「あれ、覚えてない? アルト、前に言ってたじゃん。印象が薄すぎて逆に印象に残る人だな、って……」

 その時、一人ののっぺりした平凡な顔が思い浮かぶ。

「ああ! この前会った、存在感薄すぎるあの人か!」

「アルトがそう覚えているなら、そうなんだろうねえ……」


 ソロモンはバルドの友人で、魔神の七十二柱を従えているわりには、威厳がない上に短気な男である。そもそも、バルドと本当に友人かも怪しい。バルドが一方的に言っているだけであって、ソロモンはいつも敵愾心を持っているし、今バルドが言った喧嘩も、あちらにしては戦争だったりするかもしれない。


 アルトは二人の関係をよく知らないが、一度会って時の態度でそう解釈した。

 ――そう。つまりはソロモンがバルドと喧嘩して怒り狂い、人間界に魔神を解き放して困っている、と。


「ふざけんな!」

 物事を理解したアルト叫び、バルドに吠えた。

 まだ、バルドは貼り付けて無理矢理作った笑顔のままである。その歪な笑みに、アルトは更に不愉快な思いにさせられる。

「結局はアンタと影薄いあの野郎の尻拭いじゃねえかよ!」

「ううーん、そうとも言うけど…………」

「そうしか言わねえだろうがッ!」

 まだ百七十歳――人間で十二歳――のであるアルトは、小さな体から大きな声を出してキャンキャンと吠える。

「でも、アルトが人間界について学ぶのに、いいと思うけど。確か一番勉強の成果が悪いって、ディアスが言っていたよ」

「うッ――」

 自分の教育係の名前を出した正論に、アルトは反論できず口籠(くちごも)る。

「それに人間界はみやみに人を殺したりしちゃ駄目らしいし、戦闘狂のアルトには我慢を植え付けるのに最適だと思う。この前も、魔物の一軍、殺しちゃったでしょ?」

「うッ――」

「次期魔王としても、魔力は十分だけど戦い方に未熟なところもあるし。何より、今人間界で問題が起きて、その問題が問われるのはきっと、アルトが魔王になった時だと思う」

「むむむッ――」

 確かに、言われてみればそうだ。バルドの正論に、アルトは小さく唸る。だが、アルトにはどうしても人間界に行きたくない理由があった。

「でも、俺はッ! 人間が大ッ嫌いなんだ! 脆弱な人間どもに囲まれて過ごすなんて絶対に嫌だぞ!」


 そう。戦闘狂のアルトは弱い者が嫌いだ。龍族と魔族、人族がいるこの世界で、人間は一番弱い。魔王が支配しているこの世界で、人間は家畜同然だ。そんな人間と共に過ごすのは、プライドが高いアルトにとって最悪なことだった。


 だが、こればかりは魔王と後継者の立場。この世界の支配者であるバルドは、先程とは真逆に真剣な顔で行った。張り付けただけの笑顔も、砕けた口調も存在しない。


「――――アルト。これは魔王としての命令にする」


 アルトは、その言葉に思わず頷いた。

 人間は嫌いだが、威厳を纏った、支配者の言葉は絶対。魔王であるバルドの決定は、全ての決定で、決して崩せないもの。


「大丈夫。この世界のことを知っているあちらの世界の者に、協力を仰いでおくから」


 もう、アルトは言葉を発しなかった。不服ではあるが、王に使われる愉悦が分からないほど、彼も愚かではない。


 魔族は力に従い、力を敬う。

 自身より強い魔族に従うのは喜びで、自身の力が弱いのは嘆くべきこと。

 魔族の中でも変異で生まれてくる魔王の種に使われるのは、最大の喜びである。


 今までさんざんにバルドを責めていたアルトも、魔王の種ではあるが、その前にこの世界の民で魔族の一つ。傅いたアルトの姿は、子というよりも臣だった。


「じゃあ、今から送るね。時々は連絡が取れるようにしておくから、頑張ってねえ」


 突然、傅いているアルドの足元に、六芒星が元の大きな陣が現れた。魔法陣に似たそれが、しかし魔力であって人間のように魔術を使うわけでない、バルドの力によって出したものである。

 その陣がアルトを囲むと、黒い(ほむら)が少年を襲う。


 そうして、バルドは期待に嗤った。


 後に自身の立場を継承する少年に対して。

「死なないといいね」――と。



2013/04/18 文章改訂

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