晴れの日
「海って大好き」
カナが叫ぶように言った。見てると落ち着くよね、と心にもないことを言って答えた。
海岸沿いの防波堤の上。並んで座る僕たち。水平線をながめるには絶好のポイント。
「私ホントに青が好き。世界中が青になればいいのに。あ、森林の緑もないと困るね。じゃあ青と緑になればいいのに」
そしたら世の中平和になるね、と屈託のない笑顔でカナは言う。
「そうだね。人間も穏やかになるかもね」
また心にもないことを言って答えた。
けど世界中が青と緑だらけになったら、哀しみと憂いが充満する世界になってしまうじゃないか。そんな世界を必要とする人間がいるのだろうか。そんなことになるくらいなら、僕は世界に色はいらないと思う。無色でいい。無色がいい。心が投影されない世界が欲しい。
カナにとって街は灰色に見えるのだそうだ。道路、ビル、マンション、人、全部がなにかの色と黒と白を混ぜた色をしているから、どれも灰色っぽい色になってる。とよく頬を膨らませている。鮮やかなのは、馬力のない小さい車とタバコくらいじゃない、と。
きっと「街は灰色」というキーワードをどこからか拾ってきたんだろう。
「ねえ。お母さんまだ帰ってこないの?」
素朴な疑問、といった風に訊いてきた。
「……ああ、そうだね。遅いよね」
「一ヶ月もいないんでしょ。変だよー。いいお母さんだったのに」
「うん」
カナは口をとがらせて、なにやらまだぶつぶつ言っている。僕は風で白波が目立つ海を黙って見ていた。
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大好きな海を見て、心のままに叫んだ。気持ちいい。
防波堤の上。わたしの大好きな場所。ホントは立って眺めたいけど、落ちたら危ないって言われるからいつも座って見てる。
潮風が顔にあったって、たまらない。青っぽい匂い。いい匂い。
ユウヤがなにか言っていたけど、風にかき消されてよく聞こえなかった。きっと聞き逃しても困らないことだろう。
それにしてもこの青色は素敵。スカイブルーっていうんだっけ。海に対してスカイブルーっておかしくないかな。でもほかにこの色を表す言葉を知らない。青でいいや。
私が思い描く青は、すきっと明るい空の青。泳ぎたくなるような海の青。まさしくこの海の青。
世界中がこんな色で染まったら、楽しいだろうな。わくわくする。きっとみんなもうきうきして、やる気もでてくるんじゃないかな。
緑も好き。生き生きした葉っぱの緑。晴れた空のしたで、堂々と立っている山はかっこいい。山の周りを一周したくなる。いつも半分も行かずに帰ってきちゃうけど。
だから街は嫌い。どこ見ても同じ。全然生き生きしてない。硬いだけのアスファルトの道。光を反射するビル。黒い煙。無表情で歩く人。誰かと同じ恰好しかしない人。つまんない。色なんて取ってつけたようなものばかり。自分が買うものの色は選ぶくせに、誰も空を見ない。髪の色にはこだわるのに、道端の花を踏んで歩く。
ヘンなの。
変といえば、ユウヤのお母さんずっと帰ってきてないみたい。どうしてだろう。ユウヤは遠くに行ったみたいと言ってた。
このことを訊くといつもユウヤは変な顔になる。泣き笑いみたいな変な顔。
どうしてそんな顔をするのか、わからない。
波の音が大きくなった。自分の声さえ消されてしまうくらい大きな音の中で、私は大声で叫ぼうとして止めた。
ユウヤはわたしと居て、楽しいのかな。
初投稿作品です。アジアンカンフージェネレーションの「海岸通り」(アルバム「ソルファ」収録)を聴きながら書きました。他人に作品を見せるということ自体が初めてなので、叱咤激励の程よろしくお願いします。