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カイ  作者: ざー
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第一章 鬼来洞(きらいどう)

 聞き慣れない声がする。肩も揺さぶられている。私を起こそうとしているようだ。眉をしかめて、重い目蓋を無理矢理こじ開ける。顔のすぐ横に置かれたランプの灯りが、一番に目に入った。その向こうに、声の主であろう少女がいる。他は暗くてよく判らない。何度かまばたきすると、ようやく視界がはっきりしてきた。彼女の瞳、綺麗な緑色。

「起きれる?」

 差し出された手を取って身体を起こすと、パジャマを着ているのに気がつく。昨夜、自分のベッドに入ったのは間違いない。じゃあここは、一体……。

「ようこそ! サランドラへ。あたしはクリス。えーっと、ここはねぇ……」

「詳しい話は後にして、まず着替えてもらったら? 男の子達、外で待ってるから」

 クリスの後ろから声がかかる。足音に続いて、洋服を抱えたもう一人が現れる。クリスの隣に膝をつき、目の前に一枚ずつ広げる。

「サイズは大丈夫、かな。私の趣味で悪いけど」

 ブラウス、カーディガン、スカートにハイソックス。普段着ている服とさほど違いはない。

「ちょっと待って、ヘザー。先に名前、聞いてもいい?」

 クリスがずいっ、と顔を近づける。そうか、名乗りもせずに借りるのは失礼だ。

「あの、谷村美夜子(みよこ)、です」


 外には、太陽の光が溢れていた。きらきらと輝く海が、穏やかに砂浜へ寄せる。少しでも海が荒れればなくなってしまいそうな狭い砂浜。片側には崖がそびえ、たった今出てきた鬼来洞(きらいどう)が口を開けている。鬼来洞。異世界から人が現れる場所。つまりここは、私がいたのとは別の世界。そんな話を聞かされても、にわかに信じられない。

「イオン」

 ヘザーが名を呼ぶと、立ち話をしていた少年のうち、鮮やかな金髪の片方が振り向く。背中に隠れたもう一方、アルを引っ張り出してこちらに手を振った。


 クリスと並んで、砂浜を歩く。正確には、歩いているのは私だけで、クリスの足は地についていない。後ろに一人分の足跡しかないのが、どうにも不思議だ。少し離れて、アルとイオンの姿がある。彼らは普通に歩いているようだ。ヘザーはと言えば、そんなニ組の間を文字通り飛び回っている。

「ビックリした?」

「え? うん」

 適当に返事をしてしまったが、クリスはだよねぇ、と頷いている。空を飛ぶヘザーを見つめていると思ったらしい。

「ここでは日常茶飯事だから、徐々に慣れていって。それにしてもアイツ、ヒドくない?」

 促されて立ち止まり、一緒に振り返る。アルが慌てて視線を逸らす。彼との距離は、先ほどと変わらない。

「宇宙人かなんかだと思ってんだから、訪問者(ビジター)のこと」

 異世界から来た人を、この世界では訪問者と呼ぶそうだ。クリスもその一人。得体が知れないという意味では、宇宙人扱いも仕方がない気はする。

「アイツの方が絶対、レアなクセに」

 実はクリスの方でも、アルを避けている節がある。彼の髪と瞳は、深い青。純血というとても珍しい人種らしい。他の二人も瞳は同じ青だが、髪の色が違う。訪問者の間では、青い髪に近づくな、と言われているとか。しかし、何故近づいてはいけないのか、詳しいことはクリスにも判らない。危険なところなんて、別になさそうだけれど。

「いたっ」

 アルを顧みつつ歩いていたら、何かにぶつかってしまった。慌てて前を向いたが、のどかな砂浜の風景が広がるばかりで、障害物は全く見当たらない。横で鼻を押さえたクリスが、おそるおそる手を伸ばす。

「何、これ……壁?」

 真似して手を出すと、確かに触れるモノがある。だが、見えない。ガラスのような光の屈折もない。

「結界ね。閉じ込められたみたいよ」

 思わずクリスを見る。彼女も小さく首を振ってヘザーを見やる。するとヘザーは、しきりに周囲をなでたり叩いたりしながらも、結界について丁寧に教えてくれた。要は空間に壁を作る技術だと言うが、詳しい仕組みは難し過ぎてよく判らない。ただ、これは入ったが最後出られないモノであるらしい、ということは理解できた。

「やっぱり本で読むのと、実際入るのは違うね」

 ヘザーは物珍しげにそこかしこを触っている。興奮した様子だが、閉じ込められた危機感は感じられない。クリスと顔を見合わせて、これからどうするのかと聞いてみた。

「大丈夫。アルが破壊してくれるから」

「へ? オレ?」

 突然指名されたアルが素っ頓狂な声を出す。いつの間にか二人も追いついて、全員が結界の中にいた。

「例の能力で吹き飛ばせばいいのよ。できるでしょ?」

 この言葉に、アルの顔がさっと青ざめた。ヘザーから目を背けて俯く。完全に拒絶の態度。ぎりぎり聞き取れる小さな声で、低く答える。

「できねェよ」

「何で? 禁止だから? 非常事態でもダメ?」

 それでもヘザーは食い下がる。しゃがんだ姿勢で宙に浮き、アルを下からのぞき込んでいる。彼が逃げるように向きを変えても、しつこく追いかける。とうとう堪忍袋の緒が切れたアルは、ヘザーに向き直って叫んだ。

「オレに能力なんかない!」

 ぱぁんっ、と澄んだ音が辺りに響いた。反射的に全員、音の方へ振り向く。腕を前に伸ばし手のひらを合わせた格好のまま、イオンが何かを囁いた。途端に、興奮していたアルの様子が変わった。顔から表情が消え、両腕は力を失ってだらんと下がる。その様子にイオンはほっと安堵の息をもらすが、次の瞬間には眉宇を引き締め、静かな声で語りかける。

「アル。今日は僕がコントロールするから、心配はいらない。でも、能力を使う感覚を、しっかり覚えておいて。いいね」

 アルは答えない。これから何が始まるのかと、固唾を呑んで見つめる私の腕が、不意に引っ張られる。ヘザーが立てた人差し指を唇に当てている。私の腕をぐいぐいと引いて、アルの後ろに隠れるように座る。そしてもう一度、静かに、の仕草。今はそれだけ音が重要なのだろう。二人の姿が見られなくなった私は、息を殺して耳を澄ます。イオンの声だけが聞こえる。しかし彼は私達に背を向けて立っていて、話の内容までは判らない。もっとよく聞こえないかと首を伸ばすと、頬に微かな風を感じた。

 風は刻々と強さを増す。砂が巻き上がり、足元に綺麗な円が刻まれる。円の大きさはちょうど、アルが両手を広げたくらい。三人で座るにはあまりにも狭い。私達はますます身を縮めて、風に踊る髪を押さえるのに必死になった。

 突然、風の色が変わった気がした。先ほどまでとは比べ物にならない勢いで、黒い風が暴れ回る。悲鳴を上げたのは自分の口か、否か。凄まじい唸りに耳を支配されそれすらも判らない。気を抜いたら吹き飛ばされる、そんな恐怖を感じてヘザーにしがみつき、ぎゅっと眼を閉じる。

 大きな破裂音が轟くと共に、黒い風はぴたりと止んだ。空中に取り残された砂が、音を立てて落ちる。顔を上げると、何事もなかったかのような青い空。潮の匂いがする風が僅かに吹いている。

「やったぁ」

 別人のように気の抜けた声でイオンがそう言うと、その場に座り込み、さらに大の字に寝そべってしまった。隣のアルは、呆然と立ったままでいる。

「やればできるじゃない。……アル?」

 ヘザーの呼びかけにも、アルは反応しない。イオンが飛び起きて彼の肩を掴む。

「アル!」

「え? ああ、ゴメン。何?」

 アルが目を丸くして答える。

「大丈夫か?」

「うん、まあ、大丈夫……」

 最後の方はまた上の空だ。目を伏せ、眉を寄せた苦しげな表情。腕は組んでいるというより、自分の身体を抱きしめているように見える。イオンは口を開きかけたが、何も言わずアルの肩からそっと手を離した。

「んもう、こんな砂だらけになると思わなかったよ」

 横からクリスの声がした。彼女は口を尖らせながら、スカートをばさばさと振っている。

「早く宿に行こう。シャワー浴びたいもん」

 この言葉を合図に、私達は再び砂浜を歩き出した。

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