第七話 到着
街道を伝って大きな丘を登っていく龍輝とリリア。道なき道を歩き続けようやく街道に出れたのだった。
龍輝は小さく安堵の溜め息をつくと、リリアと歩き続ける。今の所モンスターが来る様な気配は無い。このまま何事も無く目的地に到着してほしい、と素直に願っていた。
「ま〜だ〜、まち?」
と言いながら、リリアは龍輝にぴったり寄り添って歩いている。途中、他愛も無い会話をしていたが、いい加減飽きたようだ。
MPBを開いて確認する。もう目的地とはそんなに距離もなかった。
「・・・ううん、・・・あの丘、超えたら・・・・・見える筈、」
言い終わるや否や、バッと飛び出し、猛スピードでその丘を上っていくリリア。龍輝の制止する声も聞いていない。
龍輝は溜め息をつくと、だるそうに丘を登り出す。
「うわ〜〜〜、・・・」
先に頂上に着いたリリアが驚きの声を上げる。遅れてやってきた龍輝も目の前の景色を視界に収めると、驚きの表情を露にする。
「・・・う・・・、・・・・・わ・・・・・」
大きな丘の先に映った光景・・・、手前は平地、奥は山脈、そこに作られた大きな都市だった。
まず目に入ったのは馬鹿でかい大樹、名前は「ユグドラシル」。この世界、ミズガルズの中心に生えた木とされている。
その木の周りを囲む様に町があり、さらにそれを城壁で囲んでいる。
「ファロン王国」。<Another would>のプレイヤーがゲームスタート時に居る、平和な王国である。
龍輝はリリアに引っ張られながら丘を下り、都市へと近づいて行く。城壁の周りには水堀が通してあって、その周りは畑になっていた。
近づくにつれ城壁の大きさに目を向ける龍輝だったが、豪快に開いた大きな門から賑やかな声が聞こえると、すぐにそちらに目を移した。
木で作られた橋を渡る。門の両側には軽装の鎧に長い槍を装備した兵士がいたが、特に警戒されたわけではないので、二人は当然の様に門をくぐり抜けた。
大通りの道は真っ直ぐ正面の大樹へと続いている。龍輝はとりあえず、真っ直ぐ進む事にした。
歩く途中、龍輝はリリアに質問攻めにされた。質問に答えながら周りを見ていると、人間以外の種族が混じっている事に気付く。尖った耳に色白の肌を持つエルフ、小柄だががっしりとした体格と長い髭が特徴のドワーフ、中には、ゲームの時はいなかった獣人の様な種族もいた。
そんな事に目を向けながら人で賑わう大通りを抜けると、噴水のある広場へと出た。いつの間にか地面はレンガの石畳なっている。
噴水なんかどうやって作ったんだろう、と思いながら辺りを見回す龍輝。リリアは噴水に近づいて不思議そうにそれを眺めていた。
龍輝はそれ、オープンカフェの様な店を見つけると、リリアを呼び戻して、その店へと歩いていく。途中で重大な事を思い出し、慌てて
ポーチから何かを探すと、それを取り出した。
巾着の様な袋の中には、チャラチャラと硬貨が入っていた。しかし・・・、数が少ない。しかもよく見ると金貨が一枚も無いのだ。
どうしようかと無言で考える龍輝に、リリアが開いたままの袋を覗き込んだ。
「これって、お金だよね?」
「・・・・・知っ・・てんの?」
そう言うと、リリアは腰にぶら下げていた袋の一つを開くと、それを龍輝に見せてきた。中には大量の金貨が入っていた。
「キレイだったから今まであつめてきたの。・・・・・・・・・・・・・・・・・・いる?」
今は頷くしかない。
龍輝はリリアから金貨を一枚受け取ると、ばつの悪そうに店へと入っていった。
「いらっしゃいませ〜」
定員の明るい声が聞こえたが、案内される気配がないので、龍輝はリリアを連れて椅子が二つあるテーブルへと座った。
暫くすると定員がメニューを持ってきた。幸いなことに、この世界の言語は日本語だった。メニューに書いてある字もいくつか漢字が使われている。
と言っても書いてあるのは字ばっかで、当然、写真の用な物は付いてない。
テーブルの上に置き、リリアと一緒にそれを眺める龍輝。でもそれで何かが分かるわけではない。
「・・・ん〜〜・・・・、・・・俺と・・・、同じので・・いい?」
「む〜〜・・、そだね」
定員を呼んで、唯一分かったパンとスープと飲み物を注文した。料金が先払い制だったので金貨を一枚、定員に渡す龍輝。
「え〜、支払いが一万デーナになりますので、八千五百二十デーナのお釣りになります」
ジャラジャラとお釣りを受け取ると、金貨で出す必要はなかったかもしれない、と龍輝は少しだけ後悔した。
料理が来るまでの間、リリアと会話をしながら、龍輝はテーブルの上に硬貨を並べていく。ゲームではほとんど見る事のないお金、よく見ると硬貨全てに数字が描いてあった。龍輝は一つずつそれを確認していく。
一デーナ硬貨。大きさ、形、どれも日本の一円玉と大して変わらない。材質は鉄なのだろうか、少し重たい気がした。
五デーナ硬貨。なんと正方形だ。大きさは二センチ位、穴は空いていない。これも鉄みたいな色をしている。
十デーナ硬貨。大きさと形は日本の十円玉と変わらない。だが、色は銅の色ではない、青銅だ。錆びた十円玉みたいだ。
五十デーナ硬貨。円形で真ん中に穴が空いている。五デーナ硬貨より若干小さい。色は青銅だ。
百デーナ硬貨。ここでようやく銅になった。ただ、形が五角形。何とも言えないデザインだ。
五百デーナ硬貨。円形。特にそれと言った特徴はない。色は銅だ。
千デーナ硬貨。横に長い長方形、大きさは、縦四センチ、横六センチ位、色は銀だ。案外使いやすい形なのかもしれない。
五千デーナ硬貨。銀色。形は平行四辺形。千デーナ硬貨一センチずつ大きくして、斜めにした感じ。
一万デーナ硬貨。金色の楕円形。硬貨の中で一番でかい。表には鳥、裏には大樹が描かれていた。
そんなこんなで次に所持金の全財産を確認した。龍輝の小銭とリリアの金貨を合わせてみる。少々時間がかかったが合計を出した。
全部で百七十五万二千七百六十五デーナ、かなりの大金だ。さっさと袋に仕舞い込み、ふぅ、と溜め息をつく二人。
そこへちょうど料理が運ばれてきた。スープは野菜と肉がごろごろ入ったコンソメスープみたいだ、パンは白くてまだ湯気が出ている、飲み物はアイスティーのみたいな香りがした。
リリアにスプーンとフォークの使い方を教えると、目の前のスープを口へと運ぶ龍輝。
「・・・・うめぇ・・・」
感想が声になって出ていた。スプーンをフォークに持ち替え、鶏肉みたいな肉と、キャベツみたいな野菜を食べてみる。
やっぱり感想は同じだ、旨い。肉はほぐれていて、そこから肉汁が出ている。野菜はスープを吸い込んでほどよく軟らかい。
右手でスープを運びながら、左手でパンを齧ってみる。外はパリッパリ、中はフワフワだ。焼きたてのパンなんか最後に食べたのはいつだろう、とパンを齧りつつ、スープを減らしていく龍輝であった。
リリアの方はというと、初めて見る食べ物に目を輝かせながら、それを口へと運んでいる。途中、チラチラと龍輝を見ながら、彼の真似をする様に食べていた。
両手でパンにかぶりつくリリア。対して龍輝は料理にがっつきながらむせ返っている。
むせ返っているのではない。泣いているのだ。
龍輝はここに来るまで何も食べていない、その時間ほぼ丸一日、口にしていたのは水だけだ。既に空腹は限界を超えていた。そんな中、モンスターの猛攻を押さえつけ、歩きに歩いた末、ようやくありつけた暖かい食事。泣きたくなるのも無理はないだろう。
料理を綺麗に平らげた二人、しばらくのんびりと休憩をしていた。
おもむろにMPBを開く龍輝、もう涙は乾いている。リリアはすぐそれに興味を示した。
「な〜にそれ?」
「・・・えぇっ・・と〜・・・。・・・・、・・・・・、・・・・・はい」
龍輝はMPBをリリアに渡した。たぶん説明するのが難しかったのだろう。
(こいつのMPBも作んないとな・・・)
夢中でMPBをいじるリリア。これからどうするか・・・、と、まだ明るい空を見ながら盛大に欠伸をする龍輝。
賑やかな喧騒の中、ちょうど鐘が鳴った、お昼の光景であった。