第六話 出会い
暗がりに包まれた部屋の中で、彼はしゃがみ込んでいた。
『……き、龍輝』
その手を掴んだ。
その瞬間、龍輝は深い無意識の中から覚醒した。
「・・・・・・・・・・」
それが何なのか理解するのに、龍輝は数秒かかった。
真っ暗な部屋を一瞬にして明るくする光。そこには大蛇と言えばいいのだろうか、巨大な蛇が広間の真ん中で丸まっていた。
しばしの沈黙の後、恐る恐る蛇へと近づいて行く龍輝。近づくにつれその蛇の特徴が見えてくる。
大きさは、横幅二十メートル、縦三メートル、全長は百メートル程だろうか。表面の模様は毒々しい赤紫に血の様な赤の斑模様で湿り気のありそうな肌だった。
丸まっているので顔が見えないが、端っこから尻尾が見えていた。蛇である事は間違いない。そう思った龍輝は奇襲をかけようと、更に近づいて行く。
しかし龍輝の予想は外れた。
蛇との距離が十メートルをきった時だった。
突然、ズズズズ、と音を上げながら、蛇が動き出した。とっさにバックステップで距離をとった後、龍輝は直ぐに炎舞を構えようとしたが、そこに見えた物に驚愕し、動きを止めてしまった。
ブワッと広がったのは金色の髪の毛。だが、龍輝が見ていたのは、その下にある人間の上半身だった。
「んん〜〜っ」
丸まっていた蛇の体がどんどん広がって行く。龍輝は更に距離をとり、そこでようやく炎舞を構えた。
やがて蛇の体は動きを止め、辺りに再び静寂を戻す。そしてようやく背中だと分かったその体は、ゆっくりと龍輝の方に振り返った。
ウェーブのかかった金髪のロングヘア、肩まではだけたローブを着ていて、そこから人間に近い色白の肌が見える。ただ、前髪が長すぎて顔が見えていない。
ゲームでは見た事なかったが、龍輝はそれを知っていた。
大蛇に見えたその正体は、大蛇の体を持った化け物、「ラミア」だったのだ。
「………………」
唐突に喋り出したラミア。その可愛らしい声と見た目とのギャップに、龍輝は思わず吹き出してしまった。
「あっ、わらったな!」
この距離から聞こえていた事に驚きつつも、素直に謝る龍輝。
「・・!、・・・ごっ・・・、ごめん・・・・」
「・・・・?。へ〜、素直にあやまるんだ。あんたみたいなにんげん初めて見るよ」
どうやら関心されたらしい。すっかり戦闘意欲は治まってしまった。
もしかしたら話せる相手かもしれない、龍輝は思い切って、ラミアに質問してみた。
「・・・・ねぇ・・・、・・・出口って・・・・・、どこにあるの?」
「でぐち?・・・でぐちなら、あたしのうしろにあるけど?」
巨体で全く見えていないが、多分嘘ではないだろう。出口がすぐ近くにある事に、龍輝は少し安心する。
そして、駄目もとでお願いしてみる事にした。
「・・・・・・・・・通して」
「ダメ」
即答だった。
諦めたくないので理由を訪ねてみたが、返事はない。ただ、ジュルリという舌舐めずりの音が返ってきた。
身震いする龍輝。構えていた炎舞は下に降ろしてしまった。
「・・・・あんたは・・・・斬りたくない・・・・・」
「えっ・・・、どうして?。にんげんならあたしなんかころしてすすみそうだけど?」
疑問系で返され悩む龍輝だったが、やがて諦めた様な表情でこう言った。
「・・・・・あんたが・・・、この世界で・・・・・、初めて話す・・・相手だから・・・・・」
「・・・え??、どうゆうこと???」
要は寂しかったのである。
龍輝はここに来るまで会話など全く出来なかった。まだ自分以外の人間と会っていない。一番会話が出来そうなゴブリンの時は、終始戦闘で終わってしまった。それ以外など論外で、ただ襲われて酷い目にあっているだけなのだ。
龍輝は、しまった・・・、と頭をバリバリ掻きながら答えた。
「・・・・・・いいよ・・・、あんたになら・・・・・全部話しても・・・、・・・・」
炎舞を肩に担ぎ直し、ラミアの方へ近づきながら、ゆっくりと話していく。単語で区切った様な、ぎこちない喋り方だったが、仕方ないかもしれない。相手は、龍輝の世界の事など全く知らないのだ。単語の一個一個、相手に伝わるかどうか考えながら話していかなければならなかった。
こうやって見ていると、彼は結構お喋りなのかもしれない。もしこのダンジョンのボスが、ただの大蛇だったら彼は雨あられの魔法を浴びせて、事を終わらしていたかもしれない。しかし今回、出会ってしまったのは、人としての面影があり、尚かつ人として会話の出来る、ラミアであった。
唐突にあっけらかんと喋り出したラミア。その様子に、言語が同じで安心したのか、寂しさが和らいで安心したのか、前述、寂しい気持ちも重なり、龍輝はラミアに話しかけてみたくなったのだ。
口下手でお喋り、というのは、かなり変な性格だが別に彼も好きで口下手な訳ではないのだろう。ひょっとしたら、ただの照れ屋なのかもしれない。
歩き回ったり、止まったりしながら話し続ける。途中、突然ラミアが質問し慌てて龍輝が知恵を絞って考えながら答える、という光景があったが、なんとか話を終わらせたらしい。
「・・・・・と言う事・・・だ・・・・。・・・・・・わかって、くれた・・・・か・・・・?」
「へ〜〜〜、べつのせかいに・・・、ってかなりたいへんじゃない!。・・だいじょうぶなの?」
驚くラミア。
だが、本当に驚いていたのは龍輝の方であった。
「・・・って言うか・・・・、こんな話・・・・・、信じてくれんの?」
不安な表情で訪ねる龍輝。
だが、
「べつに〜、・・・こんなところにいたって、・・・たのしいことなんかなにもないんだから・・・・」
仕方なさそうに呟くラミア。
そう言うと更に言葉を続けてきた。
「それで・・・・・、あんた・・、これからどうするの?」
「・・・・・・・・・・・」
今の所、帰る手段は見つかっていない、と言うよりも帰る手段は無いのかもしれない。
そんな事を考え出す龍輝。
「な〜んにも、やることがないの?」
先に答えを言われてしまった。龍輝は、無言で頷く。
するとラミアは俯いて何かを考え始めた。
両者の間に気まずい空気が流れ出す。何か話そうと考える龍輝だったが、こういう時になるほど、いい考えは思いつかないものだ。
先に口を開いたのは、ラミアだった。
「ねえ・・、もし、なにもやることがな、いならさ・・・・。・・・・・あの・・、あっ・・・、あたしを・・・・・・、」
急に声が小さくなり、聞き耳をたてる龍輝。
しかし、今度はその耳を疑う様な言葉が出た。
「・・・あっ、あたしを外のせかいにつれてってくれるとうれしいな!!!」
それは、あまりにも唐突すぎたお願いだった。
「はッ、ハイ!!?」
声が裏返る龍輝。そりゃそうだ。
「やっぱ・・・、ダメ・・・・・・?」
ラミアは寂しげな声を漏らした。
戸惑いながら龍輝は、冷静に、理由を尋ねる。
「・・・・・・今まで・・来た人間に・・・・、ついて行こうとは・・・しなかった・・・、のか?」
「ムリ・・・。あたしを見るなりおそいかかってきちゃったし・・・、」
「、自分一人で・・・、出ようと・・・・・しなかったのか・・・?」
「外のせかいはきけんだって、へびがいってた・・・。だから・・・、」
「・・・、・・・・・・、・・・・」
考える龍輝。ラミアが嘘をついているとは思わなかった。
多分、自分はもとの世界に帰れる事はないだろう。これからはパソコンの時と同じ様に、ただウロウロと世界でも見に行きたいと思っている。でも・・・、どうせなら・・・。
「でっ、でも、あたしはいってみたい!、そとのせかいを見てみたいの!」
龍輝はそこで考えを止めると、参った様に笑い、一言、
「・・・・わかった・・」
と答えた。
「え・・・、ほんとに!?」
驚きの声を上げ再度、確認して来るラミア。
「・・・ああ」
今度ははっきりと、視線を真っ直ぐ向け、龍輝は答えた。
するとラミアは、嬉しそうに小躍りしながら両手を横に広げる。次の瞬間、ラミアの体は暖かい光に包まれ、龍輝の目を眩ました。
「、っ!」
「ゴメンゴメン、先に目つぶっててって言えばよかったね」
視界が元に戻った龍輝の目の前にいたのは、金髪の女性、ラミアだった。
しかし、さっきと姿がまるで違う。
巨大な体は龍輝より少し小さい位に縮み、下半身はしっかりと人間の足が生えていて、人間そのものとなっている。
服装も、ローブから薄い赤紫のドレスのような服に代わっていた。
そして、長かった前髪が短くなり、そこからラミアの顔が露になった。
「じゃあ・・・、これからよろしく・・・」
「あっ、あぁ・・・」
エメラルドグリーンの瞳で見つめられ、龍輝は呆気にとられる。ラミアは、龍輝が今までに見た事のない程の可憐な、美少女だった。
「・・・・じゃあ・・、・・・・行くか・・・・」
心を落ち着かせると、龍輝はゆっくりと告げる。
「はい!。」
元気いっぱいの笑顔で返事をするラミア。すると龍輝の服を掴んで、ダンジョンの出口へと引っ張った。
やれやれ、という表情でゆっくりとその扉を開ける。瞬間、扉から漏れた光に包まれ、二人はそのまま扉の中に吸い込まれてしまった。
青白い渦の中、龍輝は慌てふためくが、ラミアがいる事に気がつくと落ち着きを取り戻した。
ラミアは龍輝の方を見ていた。どこかのお姫様の様な整った顔立ち、でも言動には、堅苦しい気品はまるで感じられない。そんな印象だった。
興味を持った様に、じろじろと自分を見る彼女を見ていたら、なんだかおかしくて、クスっと笑ってしまう龍輝。
パソコンの時なら、こんな事は絶対に無い。この世界では、モンスターも独立した思考を持っているのか、と渦に流される中、龍輝はそんな事を考えていた。
光が消えるとそこは外だった。既に夜は明け、太陽が昇り始めている。
初めて見る外の景色に見とれるラミア、対して龍輝はのんびり背伸びをしている。
唐突にラミアが聞いてきた。
「あっ・・・・、ねぇ、そういえば名前は?」
「・・・あ」
そういえば言っていない。色んな事がありすぎてすっかり忘れていたのだ。
「・・・龍輝・・・・、空ノ、龍輝・・・だ・・」
「そらのりゅうき?」
不思議そうに繰り返すラミア。どうやらこの世界でも日本の名前は特徴的なようだ。
「・・・好きに、呼んで・・・・、いいよ・・・」
「ん〜、じゃあ・・・リューキってよぶね!。あたしはリリアって言うの!。」
そう言ってリリアはまた笑顔になる。
この笑顔には馴れるのだろうか、とくだらない事を考える龍輝。
「・・・わかった・・・。じゃあ・・リリア・・・、行こう・・・・」
「えっ、行こうって・・・、どこに?」
再び不思議そうな顔をするリリア。
「ん・・・・・、『町』」
「町って、なに?」
そこからかい。
龍輝は頭をバリバリ掻くとリリアに告げた。
「来れば・・・・、わかるよ・・・」
そう言うと炎舞を担ぎ直し、歩き出す。リリアは好奇心の瞳で龍輝を見ながら、彼の隣に並んだ。
広い大地の下、日の出に向かって歩き出す二つの人影。風は二人の背中を後押しする様に突き抜け、空へと舞い上がっていった。