第十八話 風呂
他の家よりもふた周り大きい四階建ての建物、宿屋「ドルミール」の中に龍輝達はいた。
受付で部屋はとったが、お腹も空いていたので、二人は早めの夕食を取る事にした。
「・・・ハァ」
食堂の椅子に腰を下ろして溜め息を吐く龍輝。どうやら何かを考えている様だ。
「リュ〜キー?」
心配そうな顔を向けるリリアだったが、運ばれて来たコーンスープを見ると、途端に嬉しそうな表情でスープを口へと運び始めた。
龍輝も食欲はあるらしく、無造作にスプーンを取ると静かにスープを啜る。美味い、口いっぱいにコーンの香りが広がっていく。
だが、彼の表情は変わらない。
「・・・・どうすっかな〜・・・」
「ん?」
スプーンを口に入れたまま龍輝の方を見るリリア。
「・・あ・・・・いや・・・、・・・」
龍輝はセルフィの話を思い出していた。「ワ」には入国できない事、これで目的地がなくなった。そしてその更に東にあるという帝国。このまま東に進めば何やら非常に面倒に巻き込まれそうな予感を龍輝は感じていた。
考えても結論は全く出てこない。龍輝はリリアに聞いてみる事にした。
「なぁ・・・リリア・・・、」
「?」
リリアは不思議そうな顔をして龍輝を見る。
「・・・・お前は・・・、・・・・どこに行きたい・・・・?」
「ん〜〜〜・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・。・・・どこでも!!!」
元気いっぱいの返事に、龍輝は呆然とするも、直ぐに鼻で笑ってみせた。
馬鹿にしている訳ではない、楽しいのだ。彼の癖である。
それに、とてもリリアらしい答えだった。
こんなに深く考えたって答えはまるで出てこない。ならいっそ考えるのは止めてみよう。リリアの好きにさせた旅も悪くはないのかもしれない。無邪気にスープを啜るリリアを見ながら龍輝は決心した。
「・・・そうだな・・・・、・・・どこまでも・・・、・・放浪してみるか・・・」
そう言って龍輝は穏やかな笑みをリリアに向けた。それにつられてリリアも嬉しそうに笑う。
龍輝の表情が元に戻った所で、料理が運ばれてきた。それは瑞々しい野菜のサラダと、形の整ったオムライスだった。始めて見るオムライスに「ふわ〜」と感動の様な声を漏らすリリア。そんな彼女を見ながら龍輝は自分のオムライスへとスプーンの持った手を付け始めた。
「ふぅ・・・」
そう言って龍輝はベッドに腰を下ろした。そのまま、キョロキョロと周りを見回してみる。広めの部屋には、タンスと化粧台が並んで置かれており、それ以外はベットが二つというシンプルな部屋だった。
「リューキー、ここ・・・なに?」
この部屋は入り口と直結していて、奥にもう一つドアがある。リリアはそこに顔を突っ込みながら龍輝を呼んでいた。
「え、・・・・・、・・・・・・・。・・・・・・・・うわっ・・・」
コートを脱いでリリアの見ている中を見て、龍輝は驚いた。
白いタイルの床、入り口の前にだけ敷かれているスノコ、立方体の様な部屋の中を半分、占領している大きな浴槽・・・。
龍輝の見たそこはそこは紛れも無い浴室だったのだ。
「ここは・・・・、・・・風呂だな・・・」
「ふろ?」
「水浴びは・・・、分かるよな・・?」
「うん!」
「それと・・・、・・・ほぼ同じだ・・・・・・」
龍輝とリリアは浴槽に近付いて確認してみる。うん、どこからどう見ても風呂である。色は真っ白で綺麗に掃除してある。
しばらく浴槽をジッと見て、龍輝は唐突にリリアに話しかけた。
「リリア・・・」
「ん、なあに?」
「・・・・・ウォーター・ボールとか、唱えられるか?・・・・」
「できるよー。えい、」
リリアはドッジボールくらいの大きさの水の玉を浴槽に投げ込んだ。
「よし・・・、このバスタブを水で一杯にするぞ・・・・。俺も手伝、
何もリリア一人だけにやらせるには少し気分が悪い。龍輝のジョブは「暗黒魔導師」だがサブジョブから水属性の魔法も少々覚えていた。彼も水は作り出せる。だから一緒にやろうとしていた。が、
「あ、ならこれでダイジョーブ♪」
と言ってリリアが出したのは、大玉転がし様の玉くらいの大きさの水の玉だった。
龍輝はリリアを止めようとしたが、彼女は思いっきり、それを浴槽の中に投げ入れた。当然、バシャーン!、と激しい音を立てた水は浴槽の中を滑り上がり、二人に降り掛かる。
「あーあーあー、・・・・」
「あはははは・・・ゴメン、」
謝るリリアを適当に許して龍輝は浴槽の中を見る。一様、中には三分の二ぐらいの水が入っていた。
「・・・・こんぐらいで・・・、いっか・・・・・」
「これにはいるの?」
「待て、・・・まだ・・・」
龍輝は水の中に手を入れ、集中する。すると手の中から緩い熱波が放出され、浴槽の水を温め始めた。
もっと熱くてもいいか、と龍輝は熱波の温度を上げる。これが少々難しい。何も考えずにやると浴槽を溶かす程の熱波が出てしまうのだ。
「・・・・・、・・・・こんなもんか・・・、・・・・完成、」
「あったかーい」
リリアは浴槽に手を突っ込み嬉しそうに笑っている。龍輝は一番風呂をリリアに勧めた。
「じゃあ先、入れ・・・」
「りゅーきは?」
不思議そうに龍輝を見るリリア。困ったような顔をしながら、彼はリリアから目を逸らしていた。
「俺は・・・、お前の後に入る・・・・」
「いっしょに、
「駄目だ」
顔をリリアの方に向け、はっきりと龍輝は断る。リリアはきっと邪念の邪の字も一切無く、大好きな龍輝ともっと触れ合っていたいだけなのだろう。
そんなリリアだから龍輝は断った。彼は前の世界の生活で邪念を学んでいるが、良心の方が圧倒的に大きかったのだ。
そしてその良心の中からは罪悪感が生まれた。こんな無邪気で可憐な彼女の裸体を彼は見れない、見る事ができないのだ。
決して嫌ではない。だが自分自身が許せない。それが彼、空ノ龍輝の心である。
リリアはぷーと顔を膨らませて龍輝を睨む。無理もないかもしれない、彼女は何故断られているのか、わからないのだから。
「その代わり・・・、」
龍輝は男女関係の云々を言える程の知識と語学は持っていない。それに、これはリリアにとって、龍輝の一方的な言い訳でもあった。
「?」
だから龍輝は少しだけでもリリアに触れ合われる事を許した。これから彼女は沢山の知識を頭に入れていくだろう。
その時。全てを知った時。まだ自分の事が好きだったら考えよう。と、龍輝は不機嫌そうなリリアに謝りながら、考えていた。
「今日も一緒に・・・、・・・寝て・・・、・・・いいぞ・・・」
これが彼の・・・、今の・・・、限界なのである。




