第十五話 ロック
轟音の風と共に、それは近づいてきた。放たれた風は暴風となって彼らの乗っていた馬車を引っ繰り返した。
「ぬぉ!!?」
「なっ!?」
「キャァァ!!!」
「っが!・・・」
悲鳴が重なる中、馬車から転がり落ちた龍輝は立ち上がりながら仲間達の声を叫んだ。
「リリア!!、・・セルフィ!・・・トーマスさん!!!」
そうしている彼の目の前に、羽を羽ばたかせながらゆっくりとそれは舞い降りてくる。横転した馬車の前に、一羽の鳥が立ち塞がった。
立ち塞がる・・・そう、鳥の大きさは龍輝よりも、大きかったのだ。
顔を見上げて鳥を見る龍輝。そいつは真っ黒な目で、ジッと彼を見つめていた。思わず後退りしたい衝動にかかったが、それを押さえつけ、ゆっくりと炎舞を構えた。
その数秒の睨み合いの最中、突如鳥が羽ばたき、空へと舞い上がった。同時に鳥が立っていた場所に、炎の玉と風の刃が通過した。
「クッ!」
「ああ!!」
馬車の傍にはリリアとセルフィがトーマスを守る様にしゃがみ、魔法を放っていた。しかし彼女達の魔法は鳥に気付かれ、躱されてしまった。
鳥は飛び立った勢いで体をリリア達に向けると、大きく羽を広げた。
(攻撃する気か!?)
そう思った龍騎は左手に魔力を集めて漆黒の槍を形成、鳥に向かって思いっきりぶん投げた。が、鳥はそれも躱し、地面に着地すると、甲高い声で鳴いた。
「ピュュイイイイイイイィィィィィィィィィィィンン!!!!!」
「ングッ!!・・」
「うぅ、ッ!!」
「い!!、ッ!!!」
凄まじい轟音の鳴き声が草原の丘に響き渡った。草は揺れ動き、地面はビリビリと震えた。リリア達は頭を抱える様に耳を手で押さえ付け、龍輝は炎舞を手から放し、その手で耳を塞ぎながら、豪快に翼を広げたその鳥を、睨みつけていた。
「ロック」。鳥類系に分類される「ロック種」のモンスターである。
<Another world>のモンスターは「〜系」の「〜種」で分類される。
何故そんな風に分けるのか?。
例を上げるとすると、一番わかりやすいのはアンデットだろう。「アンデット系」と一言でまとめても、ゾンビやスケルトンなど、姿形は多種多様である。そこに、新しいアンデットモンスターをどんどん追加されていくと「〜系」の数が多くなり、モンスターの区別がごちゃごちゃになってしまう。そこで、「〜系」を更に細かく分けるため、<Another world>には「〜種」と言う項目があるのだ。
これにより「アンデット系 〜種」、と二段階に分ける事で「〜系」の数を分割し、新規のモンスターを作る事に余裕を持たせたのだ。
「〜種」の「〜」にはその種の一番弱いモンスターの名前が入る。冒険者が一番に初めて見るモンスターを想定しているのだろう。
ちなみに、このお陰でMPBがとても見やすくなっている。もしかすると<Another world>のゲーム会社はコレが本来の目的だったのかもしれない。
龍輝は一番弱い筈のロックに苦戦していた。本来なら百発百中の命中率の魔法も避けられ、凄まじい咆哮に、めまいを起こされた。
圧倒的に違う過去と今。羽があるという地の利。技ですらない咆哮すら今は敵の武器へと化している。龍輝は久しぶりに現実を突き付けられたような気分になった。
が、どうやら絶望しているようではないらしい。彼の目は、ヤツをどうやって倒そうか、考えている目だった。
咆哮がやむなり龍輝は炎舞を振り上げると、ロックの下へ一気に疾走した。ロックは翼を広げ飛び立とうとしたが、龍輝は大きく跳躍して、飛び立つロックに炎舞を振り下ろした。
斬撃はロックの足に命中、さらに左足の爪を斬り落とした。
「ピギャャァァァアアァァアアアアアアアアァァァ!!!!!」
穏やかな空に茶色っぽい羽と真っ赤な鮮血が飛んだ。それらを撒き散らしながらロックは耳を張り裂かんばかりの声を上げて、空へと舞い上がる。
「・・ぐっ!」
凄まじい悲鳴に、龍輝は耳こそ塞がなかったが、顔を背け、目を瞑ってしまった。さらに、ロックが飛び立った時、出来た風にバランスを崩され、転んでしまった。
それを見逃していなかったかの様にロックは翼を広げて攻撃の構えをとる。怒った様な目つきで龍輝を、ギッと睨みつけた。
遠くでリリア達の悲鳴が聞こえた気がした。だが龍騎が目を開いた時、視界に映ったのは、力強く翼を羽ばたかせるロックの姿だった。
ロックが一際大きく翼を羽ばたかせた瞬間、その翼から白っぽいリングの様な物が放たれ、凄まじい回転と共に周りの草や砂を巻き込みながら、龍輝に向かって来た。
龍輝は直ぐに立ち上がり炎舞を前に出す、が既にリングは龍輝の目の前まで来てしまっていた。
何も触れていない筈の炎舞に火花が散った。その瞬間、龍輝は十数メートル吹き飛ばされ、地面を転がった。
「リューキーーーー!!!!」
ボロボロになりながらも自分を呼ぶ声が聞こえた方向に、砂煙が舞う中、龍輝は叫んだ。
「リリア!!!、魔法だ!!!!」
ハッと気付いた様に顔を驚かせると、二人はそれぞれ思い思いの魔法をロックに向けて放つ。
が、少し遅かった。ロックはジャンプして魔法を躱すと、そのまま一回転して龍輝に向かって突進を仕掛けた。
数メートルの巨体をもつロックにとって、十数メートルの距離など一瞬でしかない。躱される事など無いだろうし、この攻撃を食らえば人間など一溜まりもない。ロックは勝利を確信しただろう。
しかし今回は運が悪かったかもしれない。今その嘴で貫こうとしている者は、その一瞬以上の速さで避けられる魔法を持っている。そして突進する地点に立つ龍騎の目は、冷静な眼差しで、近付いて来るロックを見ていたのだから。
ロックの嘴が龍輝に触れる瞬間、彼の姿は音も無く消えた。
驚いたロックは足を地面につけ、急停止を行い、消えた標的を探そうと顔を上げた、
刹那、ロックの目に龍騎の姿が映った。両手で持った炎舞を振り下ろしながら・・・。ロックの視界は、左半分が真っ暗になった。
「ピギィィヤャャァァァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
鼓膜が張り裂ける様な絶叫と共にロックの顔の左半分から血飛沫が舞い上がった。痛みを紛らわせるかの様に羽を振り回し、暴れている。
「耳が・・・・・、・・・壊れそう・・・・・、」
呆然としていたリリア達の所に龍騎はワープしていた。うわ!、と驚いた様な顔を見せるセルフィ達だったが、リリアだけは顔を綻ばせて龍騎に抱き付いた。
わかったわかった、と零れ落ちそうになっていたリリアの涙袋を片手で拭うと、もう片方の手をロックに向ける。その手からは既に闇の塊が出来始めていた。
リリアとセルフィもそれを見るなり手を前に出し、狙いをロックへと定める。二人共、躱されっぱなしだったので、今度こそ当てる、という気迫が目から見て取れた。
声を合わせる三人。次の瞬間、炎の玉、風の刃、闇の槍。三つの魔法は悶え苦しむロックに命中、爆発を巻き起こした。それでも三人の攻撃は終わらない。蹌踉めくロックに更に魔法を浴びせていった。
ロックは濁流の様に受ける魔法に、パニックになっていた頭が段々と冷めて来た。そうなるなりロックは痛みに耐えながらも最後の力を振り絞り、地面を蹴り上げる。そして血塗れの翼を広げると、奔る激痛を無視して一気に高度を急上昇、よたよたと羽を羽ばたかせながら山の方へと消えていった。
三人はその一部始終を無視していた訳ではなかった。が、ここまで素早く高度を上げられるとは思っていなかった様だ。三人とも呆気に取られた様な顔で、それを見てしまったのだから。
辺りに再び静寂が戻る。風すら吹かない、空気の音だけが広がった。
「・・・・・・、・・・・・・。・・・・・・・・・・・逃げた・・、・・・」
そう一言呟いた龍騎は炎舞から手を放し、コテンと地面に尻餅をついて、空を見上げていた。




