第十一話 休息、そしてこれから
日はもう暮れ、ファロム王国は夜になろうとしていた。既に朝の様な喧騒はなく、ちらほらと店じまいをする者が見える。突然、町に鳴り響いた鐘の音を、龍輝は勝手に午後7時と解釈した。
今、二人がいる場所は、お昼を食べたあの場所、噴水のある広場だ。そこを龍輝は歩き周りながら何かを探していた。
「リューキー?、なに探してるの?」
不思議そうに龍輝を見るリリア。さっきまで穏やかな竪琴を鳴らしていた吟遊詩人もどっかに行ってしまって、いよいよ退屈になったようだ。
「ちょ・・・、ちょっと、待ってて・・・・、確かこの辺・・・・・。・・・・・・・・あった」
龍輝が指を指した先・・・、そこは雑貨屋だろうか、箒や鍋などが入り口に置かれている。そのまま上を見ると、大きな看板
に「道具屋トーマス」と書かれていた。
リリアはそれをジーっと見ると、目を輝かせて龍輝を引っ張る。どうやら感覚的に面白そうな場所と思ったようだ。
そんな彼女に引っ張られその道具屋へと入っていく。光はランプが天井に一個しか付いていなかったが、それでも眩しいくらいの明るさだった。きっと中は魔法石だろう。
「いらっしゃ〜い」
そんな風に周りにある物を確認しようとしたら、突然横から声をかけられた。どうやらこの店のカウンターは、入ってすぐ横にあったようだ。
「・・・ドっ・・、ドワーフ?」
「いや、ホビットじゃ」
即答で返してきたその者は、小柄な体に大きな鼻。緑色の頭巾に同じく緑色の服を身に着けた、初老の男性だった。
元気な声で挨拶してきたホビットに、龍輝は勢いに押されながらも話を始めた。リリアはというと、店の物に興味津々で、小物が並べてある棚をあさっていた。
「あっ・・・、えっと・・・すみません・・・・」
「いいや気にしなさんな、よくある事じゃ。それより何をお求めかな?」
さらに勢いに押されて焦る龍輝。とりあえず買い物に来た訳ではないので、言葉を並べる。
「いや・・・、ギルドの掲示板・・・見ました・・・」
「あっ、そっちじゃったか、」
ホビットは、ボリボリと頭を掻くと、パンと手を叩いて軽い自己紹介と依頼の内容を説明し始めた。
彼の名前はトーマスといって、ご覧の通り、道具屋をやっているようだ。
最近、新しく品物を作ったので隣町にある支店に届けたいのだが、外は魔物が出るので護衛が必要らしい。そこで冒険者達に、その品物が入った荷物を守ってほしいそうだ。
と、まぁそんな事を話していたが、聞きたい部分が出てこないので、龍輝はトーマスの説明を遮った。
「あのっ・・・、いつ出発するんですか?」
「ん?、明日じゃよ」
「・・・あっ、・・明日!?」
その声にリリアが振り返った。何やら難しい話をしていると思ってほっぽっていたのだが、今の声で興味を持ったようだ。しかし、目を棚に戻した所で更にそれを上書きする様な物を見つけてしまった。
一方、龍輝は予想以上に早い出発に驚いていたが、すぐに思考を落ち着かせた。出発できる時間が早くなった、と都合の良い様に考えた。だがトーマスは更に驚く様な事を言った。
「おぬし達三人には馬車の中で待機してくれれば良い。モンスターが来たらすぐに知らせる」
「えっ?、今三人って、」
「そうじゃった。君たちの前に一人、先客がいるんじゃよ」
予想外だった。龍輝達以外に依頼を受けている者がいるそうだ。
先客がいるのに、俺達が割り込んで来て大丈夫なのかと、焦る龍輝だったが、
「なに、先客には、護衛を足すかもしれんと言っておる。大丈夫じゃ」
と、笑顔で返された。
そう・・・ですか、と龍輝は言い、ホッと溜め息を吐く。恐そうな人だったらどうしようかと思ったが、考えても仕方ないので龍輝は思考を止めた。
その後は詳しい道のりなど、集合場所などを話した。ちなみに集合場所は大樹の前、トーマスは龍輝達が大樹の宿屋で泊まる事を予想していたのだろう。
全ての説明を終え、お互いに会釈をする。どうせだから何か買っていこう、と龍輝はリリアを呼び戻そうとした。
「リリアー・・・・・、リリア〜?」
返事が返ってこない。バタバタと走って近づく音も無い。顔を向けてリリアを探すと店の隅っこに背中を向けて突っ立つリリアがいた。
本でもあったのだろうかと龍輝はリリアに近づいた。道具屋に本なんか置いてあるだろうか、龍輝の思考が若干ずれている気がしたが、別に今になって起こった事ではないので気にしないでおこう。
「リリア?」
と龍輝が覗き込んだ彼女の手には、小さなリボンが握られている。目線を顔にずらしてみると、キラキラとした目で物欲しそうにそれを見る彼女の顔があった。
何となく様子は掴めたので、龍輝は思い切って声をかけた。
「・・・買っていいよ。」
「うぇ!?。」
驚いてリボンを手元で踊らせるリリア。とりあえず落ち着かせ、ゴメンと謝ってから、もう一度言った。
リリアは、キョトンとしてそれを聞くと、
「・・・買っていいの?」
と不思議そうに言ってきたが、そんなリリアに龍輝は
「外の世界・・・、楽しみに来たんじゃなかったのか?」
と小さく笑いながら、ひねくれた返答をした。
さらに、キョトンとしたリリアだったが、やがてにっこりとした笑顔で龍輝を見ると、嬉しそうにカウンターへと走って行った。
「こ〜れく〜ださい!」
カウンターに置いたリボン、リリアの瞳と同じ色をした、エメラルドグリーンのリボンは、ランプの光を受けて、艶々と光り輝いている。ホビットはそれを手に取ると、小さなブラシで埃を落とし始めた。
その間に龍輝はお金を用意する。リボンの棚には値段が書かれていた、二百デーナだ。少し高い気がしたが、現実のリボンの値段も知らない龍輝は、あえて考えない事にした。
「まいどありぃ」
龍輝はリボンを受け取ろう、っと思ったらリリアが横から手を伸ばし、意地悪そうな笑顔でリボンを奪い取ると、嬉しそうにそれを髪の毛に結び始めた。
半分呆れ顔で龍輝は硬貨をトーマスに渡す。彼は優しく微笑みながらリリアと龍輝を交互に見ていた。
「・・・・じゃあ、・・・また、明日に・・・・・」
「そうじゃな。よろしく頼むぞ!」
最後に軽くお辞儀をして龍輝はリリアと一緒に店を出た。またね〜、とリリアが言った時、笑顔で手を振るトーマスがちらっと見えた。
さて、歩こうと足を進めようとした所でリリアが話しかけて来た。
「リューキ、これどう?」
歩きながら龍輝が見ると、リリアの頭にはリボンが結んであった。縛った訳ではないので、髪型は変わっていない。いつもの軽くウェーブがかかった綺麗な髪だ。
その髪、頭の後ろ側についているリボンは金色の髪の毛に結びつき、鮮やかなコントラストを起こしていた。オーバーな表現かもしれないが、龍輝の視点から見た感想だ、本当にそう思ったのだろう。
「・・・・似合ってる・・・」
「本当に!」
それ以上追究する事なく、リリアはキャッキャと喜びながら龍輝に寄り添って歩く。ただ、変わった事は、掴んでいる場所は龍輝の服ではなく、腕になっていた。
すごく歩きづらい龍輝だったがリリアの笑顔を見ていると、そんな事ぐらい我慢できてしまう。甘くて弱い自分が少し可笑しくて、龍輝は小さく笑った。
既に空は真っ暗。光は途中にある街灯や星空の明かりしかなかったが、恐いという気持ちは起きない。そんな話をしながら、ゆっくり大樹へと歩いていく二人だった。
大樹の中はまだ明るかった。客数は少ないが、それでも、ガヤガヤとした喧騒が聞こえてくる。
とりあえず龍輝はゴブリンの討伐を受付に知らせ、その報酬で晩飯を取る事にした。大樹に入って左側、バーの様な店を見つけて、カウンターの椅子に座った。
目の前にあったメニューを手に取り、開いてみる。リリアも体を寄せてメニューを覗き込んでいた。
ジーっとメニューを見る二人だったが、分からない物が大半だった為、龍輝は目の前にいた定員を呼び、適当な注文をした。
料理は割と早く出てきた。鉄板の上にのったハンバーグだった。とりあえず龍輝はリリアにナイフの使い方を教える。かなり不器用な教え方だったが、なんとか出来たようだ。
フゥと一息ついて龍輝はハンバーグをきれいに切り分けると、その一つを口の中に入れた。
美味い・・・、ハンバーグのソースは思っていたより濃くなかった、むしろあっさりしている。前の世界でも食べた事のある様な味だったが、思い出す事はなかった。なんの具材を使っているんだろう、と不思議に思いながらハンバーグをつっつく龍輝。その隣りではリリアがハフハフと口を動かしてハンバーグを頬張っていた。とても幸せそうな顔だった。
でもちょっと汚い、そう思った龍輝は使っていない手ふきでリリアの頬に付いたソースを優しく拭った。目を丸くして龍輝の方を見たリリアだったが、彼女が振り向いた時には、何食わぬ顔でハンバーグを食べる龍輝の姿だった。
フォークを咥えたまま龍輝を見るリリア、それに気付いた龍輝、フォークを咥えたままにするのをやめろ、と言おうとしたが、リリアの反対側の頬がもっと汚れている事に気付いた。
溜め息を吐くと龍輝はまた手ふきを取り、リリアの左頬を吹いた。同時に、もう少しきれいに食え、と頼んだ。わかった〜、とリリアは言ったが本当に分かっているのだろうか?。
何だか子供の世話をしているみたいだ、とリリアの頬を拭きながら思う龍輝だった。
お腹も満たした、用も足した。大きく欠伸をするリリアを見ながら龍輝は、バーとは向かい側の施設、巨大宿「YUGUDORA」へと歩いていた。ちなみにこの世界のトイレは普通の便器だ。魔法で何とかなる物なのだろうか?。なら便座を暖かくしてくれ、と龍輝は少しの不満を覚えていた。
そのまま、ズカズカと前に進み、彼は宿の受付に話しかけた。
「すみません・・・、二人用の部屋・・・・ありますか?」
さっきまでの威勢は、くるっと変わって、いつもの話し方に戻る龍輝。リリアは、クスっと小さく笑った。
「はい、お泊まりですね。それならこちらの紙に名前をお書きください」
差し出された紙に名前を書く、龍輝は受付の話をよく聞きながら羽ペンを動かした。
「料金は六千デーナです」
お金を渡し部屋の鍵を受け取った。最後に、おやすみなさいませ、と挨拶をされ、宿取りは終わった。龍輝は何か変に緊張していた。きっと宿を取る事なんて初めてだったのだろう。
鍵を受け取った龍輝は、すぐ近くの階段へ上って行く。途中、鍵のタグを確認し、壁に貼ってある地図を見た。
「Nの23・・・、Nの23・・・・・、・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・じゅ、・・・12階・・・」
溜め息を吐く龍輝。もちろんこの世界にエレベーターなどある訳はないので・・・、そこまでは階段である。
「リューキ、早く行こ行こ!」
リリアに急かされてもう一度、溜め息を吐く龍輝。ここでうなだれていても仕方ないので、龍輝は地図の隣りにある階段へと足を踏み入れて行った。
「ダリィ・・・」
そう呟くと、龍輝は手すりに掴まりながら階段を登り出す。リリアは龍輝の背中を押して彼を急かした。
彼の左手で回っている鍵は、壁に付いてあるランプの光で乱反射を起こしていた。
「12階・・・・、ここだ」
虚ろげな目で龍輝は呟いた。
「うぇ〜〜〜〜、つかれた〜〜」
リリアは龍輝の背中にしがみ付いていた。ちなみに9階に付いた時にはもう掴まれていた。
重い足取りで細い通路を進む二人。ランプの光は暗めに光っている。
そんな通路をひたすら進む中、ようやく龍輝達は自分の部屋を見つけた。ドアにはしっかり番号が書かれている。Nー23、間違いなかった。
ドアノブに鍵を差し込み中に入る龍輝、そのまま進み、適当に剣を立てかけ、着ていたコートを放り投げると部屋の中にあった二つあるベッドの一つに座り込んだ。リリアも龍輝の座っていたベッドに思いっきりダイブした。
「ちょ・・・」
「ん、なぁに?」
ごろんと転がり上目遣いで龍輝を見てくるリリア。はっきり言ってしまえば可愛い。だが龍輝は自分に厳しい現実を言い聞かせるとリリアに告げようとした。
「あっちで寝てく、」
「イヤ!」
リリアはガバッと起き上がると龍輝にしがみ付いて来た。慌てふためく龍輝を更にいじめるかの様に、リリアは自分の胸を擦り付けた。
「ちょ!、ちょ・・・ちょ・・・、ちょっと待て!」
何とかリリアを振りほどき、冷や汗まみれで龍輝は話を始める。膨れっ面になったリリアだったが、話は聞いてくれた。
ゆっくりと話を始める龍輝。明日、ファロンを出る事、持っていた刀と炎舞が作られて来た東の国に行ってみたい事、ほとんど龍輝の願望みたいなものばっかだったが、
「リューキといっしょなら、どこへでもついてくよ!」
とリリアは嬉しそうに返事をしてくれた。
「・・・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・」
龍輝は申し訳なさそうな笑顔をリリアに向ける。そんなリリアは優しく笑うと龍輝の隙を突く様に近づいてしがみ付く。
「それじゃあ・・・・・・一緒に寝よ・・・」
「・・・・・・・・・・」
どうしたものだか、龍輝は頭の中で一人会議を起こすがリリアが引くとは思えない。散々考えた挙げ句、龍輝は諦める事にした。よくよく考えてみれば、断る理由が見つからなかったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
「やったー♪」
龍輝はワイシャツも脱ぎ捨てると、ベッドに入って毛布を被った。本当はズボンも脱ぎたかったのだが、リリアがいるので自重する事にした。
そのリリア、そんな龍輝を見て何を思ったのか、自分もドレスの服を脱ぐと、龍輝のワイシャツの上に投げ捨てた。龍輝はリリアに背中を向けていたので、その光景を見る事はなかったが、飛来してきたドレスははっきりと視界に収めていた。
えっ!!?っと龍輝が考える間もなく、リリアは彼の毛布を捲り中へと入り込むと、ぴったりと龍輝に体を密着してきた。彼女の腕は龍輝の首辺りに絡んでいた。
「うふふふ・・・、リューキあったかい♪」
耳のすぐ後ろで囁かれたその言葉に、龍輝の体温はみるみる上昇していった。
今になって書くのだが、リリアはドレスの服を肩まではだけているので胸の上半分はほぼ丸見え状態だ。そしてそんなドレスの上から見えているリリアの胸は、見入ってしまう程大きな物だった。ドレスの上には、たわわに膨らんだ乳が綺麗な谷間をつくりあげている。そんな表現のしかたが一番良いだろう。
そんなリリアがドレスを脱いで龍輝にしがみ付いていた。もちろん彼女はブラジャーなど着けていない。つまり・・・、今、龍輝の背中には彼女の生乳がぴったりとくっ付いているのだ。
もちろんこんな状況に龍輝が興奮しない訳がない。プルプルと小さく震える体の中では、おかしくなるくらいの心臓の音が鳴り響いている。彼の理性は崩壊寸前だった。
しかし、そんな龍輝に意外な追い討ちがかかった。
「・・・これが・・・・ぬくもり・・・・?」
ぽつりと呟いたリリア。その言葉を聞いて焦っていた龍輝の激動は一気に停止した。
思えばそうだった、龍輝と会うまでリリアはずっと一人だったのだ。話し相手に蛇がいたらしいが、人間の相手は初めてだ。もしかしたら、ずっと寂しかったのかもしれないし、緊張していたのかもしれない。
と言うより自分は本当にリリアを楽しませていたのだろうか?、と深く考え始めた龍輝だったが、喜ぶリリアの笑顔を思い出す内に余計な考えだと結論づけた。
(楽しませて・・・・・・やらなきゃな・・・・)
龍輝はゆっくりと寝返りをして、リリアを見る。そこには目を瞑り、すやすやと寝息をたてるリリアの顔が目の前にあった。
クスっと小さく龍輝は笑うと目を閉じる。真っ暗な世界の中で、
(風呂はいるの・・・忘れたな・・・・)
と、どうでも良さげな事を考えながら、視界を眠らせていった。
部屋のランプは、いつの間にか光を消していた。




