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「何がどうなってんだよ!?」突然、白石が叫びにも似た声を上げ、中に入る。
僕は白石を追うために教室に走ろうとしたが、思いとどまる。――断末魔が聞こえない。のぞき込むように教室を見る。
ここに入って、気付いたことが三つある。
一つ、密室であるはずの部屋の窓が一つだけ開いている。態とらしく、態と僕達が気付くように。
一つ、教室にいたのは、白石ただ一人、他には人影すらない。犯人がいない。ということは、取り敢えずは一安心か。
そしてもう一つ、僕達の最も肝心な証拠、殺人があったことを示す死体が無い。死体が無い、そして、これは犯人が限りなく外部犯であることが示唆している。
しかし、もう一つの可能性が無いこともない。前にいる白石、彼なら死体を隠すことだって可能なのだ。あの夜、僕達の中で外に出れるのは白石だけなのだから。別に今隠したわけでは無い。今日の午前中、僕達が寝たところを見計らって、教室から運び出しかもしれない。白石から黒板に目線を移す。無くなったのは残骸とそれを吊していた麻のロープ。見た限りはそれだけだ。黒板にはしっかりと乾いた血が残っている。壁と床も同様。証拠品を持って行ったとは思えない。何故、あんな面倒なことをやって、見せ付けて、回収したのか。その意図の方が解らない。
「おい! あれを見てくれ!」
白石の手招きに従い、窓の方に移動する。窓から見える景色には僕達がいる校舎に似た白い壁の校舎がある。大きさは一階分低く、距離にしたら、約三メートル弱。しかし、特に変わったところは無い。
「前じゃない! 下だ!」と、白石に促され、下を見る。
「あれは……!」
僕達の視線の先、校舎と校舎の境界の地面が剥き出しになったそこに、僕達の探し求めていた“もの”があった。彼女の四肢がそこにある。一つの机を囲むように散りばめられている。そして、地面の上で黒点がゆらユラと陽炎のように揺れている。人だ! その者は、百八十度回転すると、それらと反対側に動き始める。
「待ちやがれー!」
白石は僕を押し退け、教室を出る。僕もよろめいたバランスを安定させて、白石と同じ行動を取る。階段を駆け下りた白石は玄関を出て、少し立ち止まって、校門の確認してから右折。僕も少し遅れて左折する。どちらかが、絶対、必然、確実に、犯人と対面する。しかし、その思惑は、ものの見事に外れる結果になった。
僕達と白石は校舎の両端で向かい合うように再会する。もちろん、僕達の前後に人はいない。僕はある推測を立てると、白石に手で合図を送る。それに気付いた白石は僕にも分かるように大きく、首を縦に振る。僕達は距離を保ちながら、横に平行移動する。二つ目の校舎の後ろに来た僕達は絶句。犯人がいない。
「俺達ちゃんと見たよな?」話しやすいように近付いてきた白石が問いかけてくる。
「の筈なんですけど?」
「クソ! どこ行ったんだよ!?」
白石は苛立ち、力任せに地面を蹴る。
「もしかしたら、校舎の中に入るかもしれません。どこかの教室の鍵を持っているかもしれません」
外壁には有刺鉄線が張り巡らされてるから、それを越えるのは不可能に近い。なら、校舎の中に入ったと考えるのが普通だ。それに犯人は複数の鍵を持っている線がある。あの部屋も鍵さえあれば、トリックなんて物も無い。鍵さえあれば……。まぁ、彼女のように機能自体を無くすという手もあるのだが。
「確かに教室の鍵は学校が管理してるが部活動は別だから、もしかしたら、どっかに隠れてるかもしれない」
「クラブの部室は?」
「大体は俺達がいた方の校舎の一階だ」
「なら、急ぎましょう」
部屋から僕達の動きを観察して、学校を去る機会を窺っているかもしれない。もしそうなら、今にも校門を目指しているかもしれない。僕達は足早に前の校舎に戻る。校舎に戻る前に校門を凝視したが、黒い人影は無い。一階の教室、もとい部室は全て施錠させている。一階の部室は中央の階段を挟んで全部で六つ。左右のトイレに挟まれている。三階と外見は特に変わったところはない。
「どうする? 一つ一つ調べるか?」
「それが良いですね。ですが、一人は見張りの方が良いですね。効率良いと思って二人で調べたら、馬鹿を見るのは僕達ですからね」
二人で調査しててその隙に犯人に逃げられたら、たまったもんじゃない。
「確かにな。どっちが調べる?」
「僕が調べますよ。犯人らしき人影があったら、直ぐに呼んで下さい」
僕達は右から順番に手当たり次第調べることにする。まぁ、調べると言っても、鍵が閉まっているかと物音がしないかを調べるだけなので、長時間かかることは無い。