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「じゃあ、二人は寝て下さい。僕達はまだやることが有りますから」
彼等の気分がそぐわない内に休ませることにする。それに寝不足で苛つかれても面倒臭そうだ。
「お前等のすることってなんだよ?」と白石の目が明らかに僕達を疑っている。
やれやれ、本当にやれやれ。どこまで疑うつもりなんだ。思い込みが激しすぎる。まぁ彼からしてみれば、知り合いじゃないのは僕と彼女だけのようだ。
「決まってるじゃない。状況把握よ」
彼女の言葉に納得したのか、白石は前のドアに向かう。何をする気だ? 彼の行動を見守っていると、彼はドアに寄りかかり、胡座を掻いた。
「お前等が出れねーようにしといてやるよ」
白石はしてやったりとした顔を向けてきた。元々、出る気など毛頭無いのだが……。
「勝手にすれば~」と彼女は白石を軽くあしらう。
白石は鼻を鳴らすと、ゆっくりと目を閉じた。就寝してくれれば、静かになって良い。安藤は戸惑いつつも席に座り、授業で寝る体勢を取る。
さて、まだ僕と彼女にはやることがある。幸い僕と彼女は夜更かしには慣れている。三日間寝なくても大丈夫な自信がある。
「どうしますか? 座りますか?」
「当たり前でしょ。あんたも馬鹿ね」
彼女は教壇から降りると最前列の一番右に座った。僕もその隣の席に座る。
「眠いからさっさと済ませるわよ」
彼女は大きな欠伸をしながら体を後ろに反る。彼女がこれほどのことで疲れていないのが手に取るように分かったが、仕方ない。彼女が眠いと言っているんだ。出来るだけ早く休ませた方が身のためだ。
「分かりました。どうぞ」と、彼女に話すように進める。
彼女はさっきとは逆の方向に体を半分に折った。顔を二度ほど叩くと、背筋を垂直に伸ばす。
「メールのことは話したわね。私が来たのはメールが来てから二時間ぐらいね。二十分ぐらいしてから白石が来て、それからして直ぐに安藤が来たわ。それからまたメールが来て、行ってみたらあそこだけ電気が付いてたのよ」
電気が付いていた、ということは外部犯の可能性は低いんだろうな。殺してから電気を消さないのは、見つけて下さいと言っているような物だ。それにあの殺し方なら、外部でも快楽犯の線が高いだろう。果たして、この中に快楽犯がいるのか。
「ドアは開いてたんですか?」
彼女は吐息を吐き出しながら、首を横に振る。
「閉まってたわよ。窓もドアも全部ね。所謂あれよ、あれ」
「あれですか」
僕と彼女が言ったあれ。分かる人には既に分かっているだろう。
入口無しの個室、、犯人無しの個室、残骸有りの個室。密室殺人、密室遺体、密室トリック。僕と彼女が一番嫌いな犯行だった。多種多様の事件に関わってきた僕と彼女が一番出会いたくなかった犯行。密室トリック、それを嫌う理由、一言。
面倒臭い。
この一言に尽きる。密室トリックは手順を踏まなければ、犯人を追い詰めることが出来ない。しかも、今は犯人の目星すら付いていない。そんな状況で推理するにはあまりにも酷な仕事だ。彼女は証明の部分が面倒臭いそうだ。それにしても、それまでに実験させられる身にもなってほしい。
「現場に行くのは寝てからですね」
今は犯人が誰かなんてどうでもいい。トリックを解いてそれを当てはめるしかない。
「後はさっき言った通り、死体を見つけた私達はここに移動。メールであんたを呼んだってわけよ」
それは分かる、分かるんだが、一つだけ矛盾してないだろうか。
「鍵は閉まってたんですよね。ならどうやってこの部屋とあっちの部屋を開けたんですか?」
彼女はさっきドアが閉まっていたと言った。けど、着いた時は彼女と僕は密室の部屋に入ったのだ。まさか……、いや、彼女ならやりかねないだろう。
「私が壊したに決まってるじゃない」
盛大に溜め息を吐く。彼女の言葉を予想は出来ていたものの、矢張り、溜め息が漏れてしまう。彼女が証拠を破壊するのは、始めてではない。彼女は破壊衝動でもあるのかと思いたくなるほどだ。彼女が壊したきたのはそれだけではない。物体はもちろん、友情、人情、心情、人体まで破壊する。
……主に僕のだが。
「証拠壊してどうするんですか」
「仕方ないじゃない。他に入る方法が無かったんだもん」
彼女は悪びれることをしない。彼女は決して、自分の否を認めない。あったとしてもそれを覆してしまう。
「言っとくけど鍵は無いからね。それとも何? 開けずにいろって言うの?」
彼女の言葉に黙るしか対応出来ない。
「それじゃあ、もう話すことは無いからお休みよ」
彼女は無理矢理話を終わらせると、僕の持ってきたボストンバッグから深緑の寝袋を取り出すと、眠りに付く。僕も寝るとしよう。
電気を消して、同じ様に赤色の寝袋を取り出し、眠りに付いた。