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「紹介するわ。私のペット、炎野火炎火、通称死に神よ。ほら、さっさと挨拶しなさい」炎野火炎火、それは彼女に付けられた名前。死に神も彼女があったときに付けられた名前だ。
前には男子が二人座っている。あぁそうか、残骸に成り下がった彼女と僕の主人の彼女。そして二人の男子、二対二のデートのようなものを計画していたのだと思う。楽しいはずが惨劇。不幸なものだ。
「炎野火炎火です」
「他にねーのかよ?」
「ありません」間髪入れず答える。あまり自分のことは話したくない。いや、正しく言うと知らない。理由は分からない。ただ、忘却した記憶は戻っては来ない。「お二人方の名前は?」
それを右側にいる男子に投げかける。
「ちっ、俺は白石淳だよ」
彼、白石は、猫目にワックスで立ったボブショートの黒髪。高校生とは思えないほど二キビの無い綺麗な肌。身体は太いが脂肪が付いているというわけでは無く、筋肉でそう見せている。それも、かなりのトレーニングを積んでいるようだ。上下左右に銀の線が入った白いジャージ、左胸のところに小さく、チーターを模した黒い刺繍がある。
「ぼ、僕は安藤志紀です!」
挙動不審の彼、安藤は脂肪で肥えた中肉中背。鼻の頭に脂汗を大量に流水し、眼鏡は熱気で少し霞かがっている。水色の半袖シャツに青色の短パン。その格好でも汗をかいているのは、体型の問題だな。
改めて考えると、この四人、いや、三人になってしまった四人は一体どういう関係なのだろう?恋仲云々の可能性もあるかもしれないが、白石は兎も角、安藤は決して好かれるような顔をしていない。もしかしたら、彼等が彼女達を誘ったのか。取り敢えず、聞いてみれば分かるだろう。
「皆さんはどういう関係なんですか?」
「関係無いわ」と、僕の質問に瞬間的に彼女が答える。ん、どういうことだ? 関係無い? それは事件に関係無いと言いたいのか? それとも、初対面なのか? 恐らく後者だと思うが、それならば、何故こんな深夜の学校に集まっているんだ? 呼び出されたとしたら、一体誰に?
「お、おい、大丈夫か?」
その声に僕はハッとする。声の主の白石は驚いた目で僕を見ている。チラリと彼女を横目で見ると、彼女は呆れたように左手で頭を抱えている。やってしまった。いつもの癖、意識をしていたら出ないのだが――面倒臭い。
「大丈夫です」少し頬を引き伸ばすように手を動かす。
「そうか?」
白石は首を傾げながら、視線を外す。手を下ろし、自分だけ見えるように手のひらを見る。やっぱり付いてる……。手のひらには爪の痕が、くっきりはっきりばっちり象られている。まぁ、これぐらいはあの時に比べれば幾分かましだ。
「続けるわよ。少なくとも私は此奴等とは面識は無いわ。呼び出されたのよ。三人、彼女に--東雲杏奈にね」
彼女は沈黙を破り、僕の知らない状況を語る。あれ……、ちゃんが付いてない。彼女らしいと言えば彼女らしい。非情で冷酷で冷徹で未練なんて毛頭無い。
「私に死人の知り合いはいないわ」
昔彼女の言った言葉が蘇る。彼女と初めて会ったときのことも。彼女にはどんな人がどうなろうと彼女には関係ない。例えそれに血の繋がりがあっても……。
「ちょっと何ジロジロ見てんのよ?」
気付くと彼女が僕を睨みつけている。無意識に彼女のことを見ていたらしい。それにジロジロということはかなり見入っていたのだろう。
「すみません。昔のことを少し……」
ニコリともしない顔に謝罪の御辞儀をする。ぴったり九十度、努力の賜物だ。
彼女はふ~んと鼻で言うと深追いせず説明を続ける。多分、彼女のことを考えていたのはばれている。彼女は僕が彼女と会う前の記憶が無いのを知っているから。
「呼び出されたのはメール。肝試しをするから学校に来てって。それで待ってたら、此奴等が来たわけ」
彼女が顎で此奴等を指し示す。二人を見ると白石と安藤は大きく頷く。
「俺達の先に来てたのはその彼女だけどな」
白石の言葉に安藤も何度も頷く。あぁ、成る程、この二人は彼女を疑っているのか。彼女は毅然とした態度している。彼女も分かっているな。
「それは今関係ないですよ」疑いの目を向ける二人に言う。
「どういうことだよ?」
疑いの目が彼女から僕に向けられる。分からないのか、この人達は。頭が良くないのか。
「あなた達は御主人様を疑っているようですが、さっきも言ったとおり、来た順番なんて関係ないですよ。東雲さんを殺した後移動して、後から現れることなんて簡単なんですから。それに彼女が東雲さんを殺していたなら学校に残る必要も無いですからね」
熱弁に白石達は虚を突かれたのか、そのまま押し黙ってしまう。
「勝手に語ってんじゃないわよ!」
突然後頭部の衝撃に体の重心がついて行かず、前の机に突っ伏すことになる。
痛い。痛い。痛い。
頭、特に後頭部を押さえながら振り向く。彼女は髪の毛を逆立たせ、般若を思わせるような顔で睨みつけている。その左足は地面から軽く浮いている。
やってしまった……。
完全に彼女の逆鱗に触れてしまったことを今更ながら後悔する。彼女は体中の鬱憤を吐き出すように溜め息を吐くとまた睨みつけてくる。
「すみません」
「こういうとき、あんたの役目は?」
「謎を解き、犯人を見つけることです」
分かっている。分かってはいたが、あれをそのまま放っておくのはどうも気が引けたのだ。彼女に目を合わせながら、僕のすべき役目を言う。此処で目線を逸らせば、容赦ない平手打ちが飛んでくる。
「私の役目は?」
「御主人様の役目はその謎解きを語ることです」
「分かってるなら、ちゃんとしなさい!」
彼女の叱責を受け、僕は気合いを入れ直す。
そうだ、しっかりしなくては。これ以上被害を増やすわけにはいかない。ただヘさえ、僕が来る前に一人殺されているのだから……。連鎖が――始まる前に。
「とりあえず、皆さんには二、三聞かなければいけないことがあります」
すべき役目を果たすべく、質問する。先ずは情報、情報が無ければどうしようも無い。
「先ずはこれまでの経緯を教えて貰えますか? 出来るだけ詳しく御願いします」
白石達は顔を見合わせ、二人して彼女を指差す。彼等はまだ彼女を疑っているのか。
「そんなもん彼女に聞けば良いじゃねーか。言ったろ、最初に来たのは彼女だって」
それは関係無いと言っているのに……。仕方ない、経緯を聞くのは後回しにしよう。彼女からならいつでも聞ける。
「じゃあ、質問を変えましょう。皆さんはどのようにして東雲さんに呼び出されたんですか?」
「俺はメールだ。肝試しをするから九時に校門の前で待っててくれだった。んで九時に行ったらそいつが居た。その後直ぐに安藤が来て、それからしばらく、三十分位過ぎてからだな、そいつのパソコンにメールが来たんだ。用意が出来たから三人で来てってな。それから俺達は話し合って行くことに決めたんだ」
白石は長々と喋り終えると、深く息を吐いた。
安藤はその横で小刻みに首を縦に振っている。
「正確には、ノートパソコンよ。此奴等、携帯電話持ってこなかったのよ。東雲から持ってくるなって言われたからって」
彼女が言うなれば本当なのだろう。そうだと信じたい。彼女のことを疑っていては、埒が開かないのだが。
「分かりました。次に、死体の第一発見者は? その後の行動を詳しく教えて貰えますか?」
死体という単語が出た刹那、白石達は顔を逸らした。安藤に至っては口を押さえ何かを堪えている。死体を思い出したのか。平然としていられるのは僕と彼女だけ。
「何よ? だらしないわね」
白石達の反応は当たり前だ。僕や彼女と違って死体を見慣れていない一般人が虐殺死体を見て平常心を保っていられる方が不思議だ。