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東雲が正式に逮捕されたニュースから一週間。
結局僕は彼女の手元に連れ戻された。いつの間にかアパートの部屋が解約されており、彼女に懇願するほか、野宿を防ぐ方法は無かった。久方振りに帰ってきた彼女の邸宅はいつ見ても豪華だった。正直こんな漫画に出てくるような豪邸があっていいのかと思う。重量感のある門を抜けると、青々とした芝生に挟まれた一本道が続く。芝生の真ん中には巨大な噴水。何個あるか分からないスプリンクラーが点在している。家と呼ぶべきかどうか判断し難いが今は家と呼ばせて貰う。彼女の家は一言で言うなれば豪邸。城と言ってもいい。家の広さは普通の学校全体よりも大きいかもしれない。家は本館と別館に別れている。本館は彼女の部屋、というよりそれしかない。別館は僕や相沢さんのような住み込みで働いている人の部屋がある。別館は普通の長方形のマンション。別館の部屋は相沢さんの部屋を除けば、ほとんどが大差無い。本館はコの字に設計され、清潔感のある白を基調とする外壁。屋根は平らで、今はコの字の下の線が相沢さんのガーデニングスペース。最近は家庭菜園に没頭している。
そして、秋晴れの天気で、僕はそれを手伝わされている最中である。
「これぐらいで良いですか?」
煉瓦で象られた相沢農園に水を適度に撒いた僕は振り向きながら聞いた。
「はい、十分です。有難うございました」
僕はホースを元に戻すと相沢さんが用意してくれた喫茶店にあるアンティーク調の黒く塗装させた椅子に座る。僕と相沢さんは農業の男性用の作業着と軍手。僕のだけが土気色に汚れている。最近、相沢さんにもこき使われるようになったな、僕。
僕は軍手を外して、相沢さんの入れてくれたミルクティーを飲む。相変わらず美味しい。
「そういえば、いい加減教えて欲しいんですが」
あれ、僕は相沢さんに何か隠しごとをしていたっけ?
「とぼけないで下さいよ~。あの事件のトリックですよ」
あぁ、そのことか。彼女から聞いていると思った。
「単純に言えば、今回のトリックは殆ど医療関係なんですよ」
相沢さんは興味津々に聞いている。そんなに気分のいい話ではない。
「首吊りのトリックは、ほら~、あるじゃないですか、骨折した時に首に巻く……」
「もうギプスで良いじゃないですか」と、どうも思い出せない僕に相沢さんの助け船。
「最近、一段と物忘れに磨きがかかってきてますね~」
相沢さんが皮肉たっぷりに呆れている。しかし、本当に物忘れが着実に酷くなっているのだ。
「その内、私達のことまで忘れてしまいそうですね~」
「そうですね~」
最近は若い人でも認知症になると聞いているし。脳トレでも始めようかな。
「それでギプスでしたっけ。ギプスをどうするんですか? まさか……ギプスを首に巻いてその上からロープを巻いたんですか?」
「あれ? 分かっちゃいました?」
「え!? 当たってるんですか?」
相沢さんは大きく目を開いて、両手で持っていたカップを落とす。幸いカップは零さずに皿に乗った。それにしても、相沢さんの反応は面白い。嘘なのに……。
「ほ、本当ですか……?」
相沢さんは驚きで震えながら、落ち着こうとカップを持つ。そんなに震えたら、零れる、零れる。あっ零れた。相沢さんは手に紅茶がかかっているのにも気付かない程動揺している。
「嘘ですけどね」
相沢さんの動揺も楽しかったが、後が怖いので、嘘だと告げる。また相沢さんのカップが落ちた。
「ギプスを付けたからって首は絞まりますよ。相沢さんは見てないから知りませんけど、僕達が見た時、首が不釣り合いに太かったんですよ。まぁ、別にギプスじゃなくてもいいんです。――あの聞いてます?」
相沢さんは意気消沈したようで、話半分しか聞いていない。推理が外れたことがそんなに残念だったのか。
「はい……。それで?」
大丈夫かな~。相沢さんを心配しながら、トリックを話す。
「取り敢えず、必要な物は縄四本。これだけです。首に巻く一本、両足に巻く一本、胴体に巻く一本、後、全てを繋げる縄」
「あの……、いまいち分からないんですけど?」