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「酷いな~」
東雲は目を掻きながら、少しはにかんだ。どうやら、彼女は学校でもいつもの歯に衣着せぬ言動だったようだ。その言動に付き合えた東雲には尊敬する。
近付いてきた人は大抵彼女の言動に怒って、関わり合いを持とうとしない。東雲は目を掻きながら顔を伏せて話を続ける。
「私はどうしても敦の気持ちを確かめたかった。だから、安藤先輩に頼んだの。安藤先輩は親身になって相談に乗ってくれて、クラブで脚本を書いてたからこの計画の内容を考えてくれた。死体のトリックは確かに私。机を落としたのも合図で合ってる。密室のトリック思ってる通り。だから……もういいでしょ」と東雲は泣き顔を上げた。
「まだ終わらせないわよ」
東雲は目を見開く。駄目だ、まだ彼女は満足していない。それまでは泣こうが喚こうが関係無しで続けさせられる。
「何でよ!?」
東雲にとっては泣きっ面に蜂。追い詰められ後が無い。
「もう終わらせてよ! 何が不満なの! もう充分やったじゃない! もう私が犯人じゃ無いって証拠が有るの!?」
「無いわよ。けど、こういうのは全部の謎を解いてから終わらせるって言うのが筋でしょ。まだ最大の謎が残ってるし」
さぁ、ここからが舞台の最高潮。脚本のメインイベント。
「さぁ、この事件で最大のトリック、あなたの死体トリック。最初はあの大量の血、最初はペンキを使ったのかと思ったけど、ペンキにしては色が出来過ぎてた。だからあなたの家系のことを考えた。医者の家系のあなただからこそ、自分の血を使わずに血を用意することが出来たのよ」
東雲は一向に返答しない。俯いたまま、押し黙っている。
「輸血パック。あなたは親の病院に入って輸血パックを盗むか借りるかしたのよね。あなたはそれを自分の血の代用品にしたのよ!」
彼女は貧乏揺すりを始めている。東雲の無関心な態度に苛立つ。語尾を上げてみたりしてはいるようだが、反応が無い。
「何? あんたは約束の一つも守れないの? どんだけ駄目なのよ! 馬鹿! 阿呆! 間抜け! 駄目人間! 出来そこ」
「黙れぇぇぇぇ!!」彼女の罵声が東雲の怒声にかき消された。怒声というよりも悲鳴と言った方が正しいかもしれない。
「黙れ! 黙れー! あんたに、あんたなんかに何が分かる!? 何も不安の無いあんたに何が分かる!? 何も不満の無いあんたに何が分かる!?」
東雲の体中に溜め込んだ鬱憤が吐き出される。
「私は物心付いた時から勉強、勉強、勉強。全部医者になるため。死ぬ気で勉強させられてきた。逆らっても無駄だった。何もかも諦めてきた。親が外科医で血を見るのは嫌だった。けど絵に描いたような優等生を演じてきた。高校生に入ってから、医大生以上の知識を手に入れた私は息抜きをすることを許された。今更新しく何かを始めたいとも思わなかったわけじゃ無かった。演劇、私はどれが本当に私なのか分からなくなっていた。確かめたかった、私を。その結果、私は演劇にのめり込んでいった。期待されたのは初めてで嬉しかった。親は私が医者になるために勉強するのが当たり前だと思ってた。私は演劇の道を諦められなかった。あんたに分かる? 分からないでしょうね。何もかも自由なあんたには一生分からないでしょうね!」
東雲は早口に負の感情を全てを吐き出した。僕達は黙っていたが、それに水を差す人物がいた。
「終わった? 長かったわね。推理再開するわよ」
彼女は耳をほじっている。明らかに聞いていなかった素振りだ。
「あんたは……」
東雲は震わせた拳を上げて、彼女に向かっていく。
「止めなくていいんですか?」
相沢さんが隣の僕を見ながら、右手で東雲を指している。僕は首を竦めた。
「観客が舞台に上がるなんてそんな柔なことしませんよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
東雲は彼女を胸倉を掴んで強引に持ち上げる。それでも彼女は汗一つ掻かない。
「どこまで人を馬鹿にしたら気が済むのよ!?」
東雲は頬にビンタ。された。屋上に乾いた音が鳴る。ざざッと人が倒れる。カウンターの餌食になった東雲は彼女を睨む。
「そういえば彼女、また強くなりましたよね」
「私が師匠ですよ」と相沢さんが得意げな表情でこちらを見上げる。
「もうあなたより強いかもしれません。帰ってきたらどうですか?」と相沢さんが僕の方に言う。
彼女に言われたら帰りますよ。と僕は相沢さんの方に答える。
「お嬢様もきっと喜びますよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
「帰る!」
彼女が突然、此方に向かって大声で言った。か、帰る? まだ説明し終わっていないのに……。気付けば彼女は東雲を血祭りに――血祭りは言い過ぎた。東雲の顔は赤面に変色し、巨大な出来物のように腫れ上がっている。彼女が東雲の襟を離すと、東雲は滑り落ちるように倒れる。
「こんなやる気の無い劇なんて面白みもないじゃない。だから帰るの」
彼女は手を軽く払うと、腕を伸ばすストレッチを始める。 本当にこんなところで幕を降ろすのか? 相沢さんは黙ったままだし、白石はいつの間にか東雲の傍で膝を付いている。しかし、彼女の決定は絶対。相沢さんが何かを言えば別だが。
「終了を宣言していいわよ。いつまでも待たせてたら可哀想だし」
彼女が言うと、相沢さんはトランシーバーを取り出す。
「全員に連絡、撤収を始めて下さい。終わりました」
本当に終わってしまった。
「あんたって何で来たの?」
「いつものリムジンです」
「じゃあそれで充分だわ。帰るわよ」
そして、僕等は最大の謎を残したまま、学校を去った。
「--次のニュースです。今日未明、群馬警察署に人を殺したという少女が自首しました。警察は少女から事情を聞くとしています。次のニュースです」