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左手を腰に立てた彼女が人差し指を東雲さん、いや、東雲に向ける。名探偵がするお決まりのポーズ。
「そうよ。私が安藤を殺したの」
東雲の言葉はそれを肯定するもの。なんの抑揚も無い声。彼女の大声にも驚きが無い。全てを見透かしたような顔。
「面白くなぁぁぁぁい!」と彼女が東雲への不満を叫んだ。
不満が分からないわけでもない。開口一番に犯人が犯行を認めるなど、見せ場を全部奪われたようなもの。
「私がしたいのはこんな三文芝居じゃないの! こんなんじゃ三文芝居より下よ! いい? 私がしたいのは謎解きなの! 一番大事なところが無いじゃない!」
「私には関係ないよ」
ごもっともである。しかしこのままでは鼬ごっこもいいところだ。ここで僕は助け船を出す。僕の願望も入っているのは秘密。
「ならお嬢様、演じて貰ってはどうでしょうか?」
東雲だって演劇部のホープだったのだ。即席でもそれなりの演技は期待出来ると思う。
「引退の劇になりますが観客三人と言うのはどうか分かりませんが、どうでしょう? ノンフィクションの推理劇。主役だけの二人劇。相手はかの有名な小与木明斗お嬢様。豪華だと思いますが」
乗ってこい。乗ってこい。彼女の八つ当たりは御免だ。
「なぁ、杏奈、お前が安藤を殺したなんて、嘘だよな。お前が……、人殺しなんて、出来るはずが無いよな……」
白石がまだ現実から目を背けようとする。藁にも縋る思いなのだろう。自分が好きな人が人殺しと呼ばれている。白石にはまだ何も話していない。東雲が生きていたという事実で分かってしまったのだ。しかし、それを認めたくない。その葛藤に白石は面影はない。勢いが無く、大きく曲がった背中は老人のようだ。白石は涙を東雲に訴えた。
「分かった。やる」
東雲は白石を一瞥した後、決心を付ける。
「私は無実を証明する」
それは最後の足掻きか。それとも、最後の舞台に立つのか。
「それでいいのよ。そうこないと面白くないわ! さぁ、始めるわよ!」
彼女の顔が不満から満足に変わる。気付けば夕焼け空が夜空に変わり、舞台の雰囲気を醸し出す。
「さて、今回私達が呼び出されたのは私立鷲野高等学校で起きたわ」
この学校は鷲野って言う名前だったんだ。僕も白石も相沢さんも東雲も黙ってそれを聞いている。
「私達、私と白石淳、安藤志紀の三人。私達は同じ人物に呼び出されてこの学校に集まったわ。その人物は」
彼女は今度は右手だけを動かす。それを東雲に向けた。
「東雲杏奈、貴方よ」
「けど、それが絶対私だとは分からないじゃない」
東雲が直ぐに反論する。確かに彼女を陥れようとした何者かがいたかもしれない。
「それぐらい分かってるわよ。けどその時、届いたメールの内容が肝試し。私は何も疑いはしなかったわ。その時はまさか学校でやるなんて思っても見なかったし、見ず知らずの人が呼ばれてるとも思わなかった。それからまたメールが来て、この時初めて校舎に入ることを知ったわ」と彼女が言葉を区切る。
「さて、ここで質問。密室の二の五の教室で私達は何を見つけたと思う?」
「さぁ、分かんない」
東雲は突っぱねるように返す。
「あんたの死体よ。しかも、血だらけ」と、彼女が三度東雲を指差した。
「けどそれが私だとは分からないでしょ。マネキンとかで誤魔化したかもよ」
「気が動転してたなら誤魔化しが効くかもしれないけど、私は違う。私はあんなの見慣れてるの。マネキンと人の違いぐらい分かるわよ。肌の感じ、顔の輪郭、髪型、全てを見て私はあれが人、貴方だと分かったわ。けど、貴方は此処でこうして生きている。それは何故か? 理由は簡単、貴方はあの時死んでいなかった。死んでいたように私達に見せかけたのよ!」
「どうやって?」
此処からが見せ場。彼女が言った通り、あれは明らかに東雲杏奈本人。それを証明するのは容易いことではない。
「は、置いといてー」
「置いとくの!?」東雲はこれには素で驚いたように見えた。もしかしたら、あれも演技なのか?「まぁ、いいわ、それで次は?」