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一つ二つと調べてはみるものの、内部の様子は塵ほども分からない。二つ目の古典部という良く分からない部の部室も閉鎖されていることが分かり、僕達は次の部室の表札を見る。
「次は演劇部か……」と白石が呟く。
僕達は部室に向かうためにドアを見た時、大きく目を見開く。ドアには南京錠が無く、僅かだがドアが開いていたのだ。
部室を解き放そうとした白石の手を咄嗟に止める。罠かもしれないし、そうで無いかもしれない。しかし、何の確認も無しに入るのは迂闊過ぎる。唇に立てた人差し指を当てながら、左側に位置を変える。そして、左目だけで、中を覗き込む。
駄目だ。視界は暗すぎて、中が分からない。普通のカーテンじゃ無い。予想では暗幕が掛かっている。覚悟を決めて、突入するしかない。
躊躇いを捨てて、ドアを動かす。そして、中に雪崩れ込む。白石も一歩遅れて来る。
「いない……」
僕は呆然、白石は茫然、として部室を注視する。
「白石さんは見張って置いて下さい」
電気を付けて、隠されている物が無いか確かめる。予想は当たった。部室の窓は暗幕が閉めている。三階の教室とは違い、前に黒板が無い。後ろは演劇用だろう、ロングの金髪や坊主、多様な鬘の付いた頭だけのマネキンと、背景に使うのであろう赤や青のペンキの缶の置かれた棚。肌色まである。横に黒いタキシードを着たマネキン。真っ赤なドレスを着た両手の無いマネキン。一糸纏っていない棒に刺さった頭と胴体だけのマネキン。どれもリアルさを追究された肌色。左右に照明や音響の機材が積まれている。どれにも埃が被っている。使われていないのか? 特に不自然なようなところが無いと思う。
暗幕の後ろを見るために力強く暗幕を開け放った。暗幕を開くと犯人と鉢合わせした――という、ありきたりの展開が待っているわけが無く、日射しが僕を出迎える。僕はその不必要な歓迎に目を細める。窓を開けてみる。三階と構造は同じである。
「机が落ちたのは丁度前か。--あれ?」
真っ二つに割れ、脚の折れた机が落ちている。周りには砕けた時の木屑が飛散している。それは何ら変わっていない。だが、僕達の探し求めていた“もの”が無くなっている。
犯人が持って行った、と考えるべきなのだろうか? 犯人は逆の方向に前進していたはず。狐に摘まれた気分というのはこういう気分のことなのだろう。これで遺体が完全に姿を消したことになる。一通り調べ、手掛かりが一ミクロンすら無いことに落胆しながら、白石と合流する。
「他の部屋は全部閉まってたぜ。どうだった?」
「手足が無くなってました……」
言葉を無くして、口を開けた白石が僕を見る。
「取り敢えず戻りましょう。詳しい話は全員に説明します」
「……分かった」
少し遅れて返ってきた言葉に安堵する。白石なら、拒否して自分も調べると言って聞かないと思ったが、あっさりと承諾する。
僕達は階段を上り始めた時、白石が不意に問う。
「お前は何で――」
それは、答えの決まった問い掛け。
「あんな奴と一緒にいるんだ?」
「そんなの決まってますよ」当たり前をありていに。「生きたいからです」
何も残されていない僕が生き残るには、彼女に服従するしか生き残る術は無かった。人間は生への執着心が強い。僕もその一人だ。死にたくない、死ぬのだけはどうあっても嫌。そのためなら、あれほどの苦痛も耐えられる。彼女への忠誠心も守れる。彼女の理不尽な命令も守れる。僕の生への欲は平凡と呼べる物ではない。
「お前はあいつが憎くないのか?」
「何でですか?」
「何でって……、あんなに殴られたり、文句を言われたり、普通なら憎くなるだろ」
「……」
彼女が憎いのだろうか? 今まで考えてもみなかった問いが思考回路を疾走する。そもそも憎いという感情があるだろうか?
「憎いって……、どんな感情なんですか?」
「憎い……ってのは、なんかこう……、そいつを見て、むかついたりイライラしたり、話したくないとか会いたくないとか感じたりすることだな」と答える。
むかつく苛つく話したくない会いたくない。そんな感情を彼女に持っているのだろうか? けど、彼女と行動を共にしていて、そんな感情を持ったことは無い。
――ならこの感情は何だ?