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それは余りに唐突だった。時間は午後十時。机に放置していた携帯がけたたましく鳴る。初期設定の音楽が六畳一間の真新しいフローリングの部屋に響き渡る。ベッドに寝っ転がって読書をしていた僕が気付くには充分な音量だった。いや、よく考えたら予想は出来る。僕の連絡先を知っている人なんて、二人しかいない。手を伸ばし相手を確認する。僕の動きが止まった。それは一瞬ではあったが、僕にはとても長く感じられた。
溜め息を吐く。僕は携帯を操作して、メールを開く。矢張り彼女からか。メールの内容は彼女の学校に今すぐ来い。ということ。僕は、彼女と会いたくない僕はメールを無視して、携帯を机に戻す。
しかし、携帯は直ぐに振動を始める。携帯を相手を確認する。予想通りの名前が浮かんでいる。彼女は無視するのが分かっていたのだろうか。
メールは僕を殺すという脅迫の内容。
僕には彼女への絶対服従、決して逆らえない主従関係がある。彼女からしてみれば、僕をこの世から削除することは赤子の手を捻り潰すようなものだ。彼女からの呼び出しは初めてでは無い。それは何時何処にいようと関係ない。
彼女の命令は−−絶対。
仕方なく対応する。彼女は満足そうに頷いているのが目に浮かぶ。それが鬱陶しくて仕方がない。承諾の返事を送ると、彼女の学校に来るように。と返信。僕はこれを承諾しなければならない。彼女は伝えたいことを伝い終えると、返信が一向に無くなる。
三回目の溜め息を吐くと、ベッドの下にある黒のボストンバックを引きずり出す。予め用意してあるボストンバッグの中身を確認。十個綴りのツナ缶、刃がカバーされた缶切り、ハンドタオル、赤と青の寝袋、携帯電話の携帯用充電器、必要な物は全部入ってる。
僕は唯一、ハンガーに掛かっている服に着替える。彼女が僕を呼び出すとき、指定された服がある。漆黒の燕尾服。理由は分からないが、呼び出される時は四季関係なく、一年中これを着なければならない。ネクタイを絞めると、机の車の鍵を持って、ボストンバッグを持って部屋を後にした。