モロ太くんと国籍透視機 :約4000文字 :SF :モロ太系
モロ太くんは、まごうことなき愛国者です。今日もお昼からテレビのワイドショーを眺めつつ、スマートフォンでSNSの投稿をチェックしていました。お国の行く末に思いを馳せ、拳を握ったり、瞳を潤ませていたのです。
「う、う、うう……」
「おや、どうしたんだい、モロ太」
おうちのリビング。床にぺたんと座り込み、テレビの前でぽろぽろと涙をこぼしているモロ太くんに、パパが声をかけました。
「パパやん……うち、情けなくてしゃあないねん……」
「情けない? おお、モロ太。とうとう……」
「海外でアジア人がやった悪行を日本人のせいにされるのが許せへんねん!」
「おお……?」
なんでも最近、海外の観光地で立ち小便をしたり、ゴミをポイ捨てしたりといったマナーの悪い旅行客が問題になっているそうです。その様子を撮影した動画がSNSで拡散され、炎上していることがモロ太くんには耐え難かったのでした。
「なんで、ろくな教育も受けてへんアジアの連中がやったことを、日本人のせいにされなあかんねん……。ほんま許せへんわ」
モロ太くんは鼻をすすりながら、親指でテレビをくいっと指差しました。画面の中では、卑しい顔をした番組司会者が、作ったような神妙な表情でコメンテーターの話に頷いていました。
「いや、普通にマナーの悪い日本人だっているだろう。報道の通りなんじゃないか?」
パパはモロ太くんの肩越しにテレビを覗き込み、首を傾げました。
「いいや。見たら日本人かどうかくらいすぐ分かるわ。オールドメディアのクソどもが都合の悪い情報を隠しとんねん」
モロ太くんはスマートフォンをパパに突き出し、指ですーっと画面をスワイプしていきました。そこには、『ほんとに日本の人かなあ』『これは日本人の仕業じゃない』『どう見てもあの国の人たちです』『またあいつらか』などといったコメントがずらりと並んでいました。それを見たパパはまた首を傾げました。
「そんなことはないと思うけどなあ……外国人の仕業だという根拠はないだろう。ほら、そういう意見の人もいるみたいじゃないか」
パパが指を差すと、モロ太くんはさっとスマートフォンを引っ込めました。
「パパやん、全然わかっとらんな。あいつら目ぇ細いし、肌の色も浅黒いやん。態度もやたらでかいし、日本人とは明らかにちゃうねん。根本から別の生き物や。やのに現実から目ぇ逸らすやつが多すぎんねん。このままやと、あいつらの悪行が全部日本人のせいにされて、悪評が世界中に広まってしまうんやで。これはもう侵略や!」
モロ太くんは鼻息荒く言い切り、拳をぎゅっと握りしめました。
「いやあ、人それぞれだと思うけどなあ。そんなことより、そろそろバイトでも始めたらどうだい? いつまで家で――」
「あーあ! 国籍を透視できる機械があればなあ……。ほなら、認めたがらん連中も一発で黙らせられるのになあ……せや!」
腕を組み、ぶつぶつと呟いていたモロ太くん。ふと名案を思いつきました。いても立ってもいられなくなり、勢いよく立ち上がると、そのまま矢のごとく家を飛び出していきました。
電車を乗り継ぐこと、およそ一時間。
モロ太くんはとある研究所にやって来ました。門をよじ登って乗り越えると、玄関ドアを勝手に開けて中へ駆け込みました。
「博士! 博士ーっ!」
「おお……なんだ、君か」
研究所所長――博士は机の上に広げていた資料から顔を上げると、少し嫌そうな表情をしました。
「博士、国籍透視機を作ってほしいねん! それで認めたがらん連中を黙らしたるんや!」
「国籍透視機……? 相変わらず君は変なことを言うなあ……」
博士は眉をひそめました。
「ええから、作れるんか作れへんのか、どっちや! いーや、どっちもあらへん! はよ!」
「つまり、装着するだけで見た相手の国籍が分かる装置……メガネのようなものということか? ……まあ、技術的には不可能ではないな」
「おお! さすが博士やん! ほな、はよ作ってくれや!」
「ふむ。ちょうど今、翻訳機を開発しているところでね。メガネとイヤホン型のセットなんだが、まず相手の顔立ちや肌の色、目や骨格の特徴などから統計的な推定を行い、それから唇の動きを読み取ることで翻訳を行うのだ。音声だけで翻訳するよりもはるかに自然で正確な会話が可能になって――」
「ああ、ええねんええねん」
モロ太くんは手をひらひらと振りました。
「年寄りの話は長いわ。さみしんぼか? 口より手ぇ動かさなあかんで。完成したら家に送っとって。わいも暇やないねん」
「……まあ、モニターとして使うということなら歓迎だが」
博士は小さくため息をつきました。
こうして半ば強引に約束を取り付けて、満足げに家に帰ったモロ太くん。それから数週間後、博士から小包が届きました。
中身はもちろん、国籍透視機です。見た目はごく普通の丸メガネですが、よく見るとフレームの柄が妙に太く、手に取るとずしりとした重みがありました。
モロ太くんは大喜びでさっそくメガネを顔にかけ、スマートフォンを覗き込みました。
「どれどれ……おーお、やっぱり奈良で鹿さんいじめとるの全員外国人やないか。ほんで……おお、この議員、やっぱあの国とのハーフやん。そらお国の足を引っ張るわけやわ。てか、国会にこないにスパイがおってええんかいな」
モロ太くんはネットの動画を見ながらぶつぶつと文句を垂れ続けました。しかし、その口調とは裏腹に頬は緩みきり、目はきらきらと楽しげに輝いていました。まるで化石や土器など、長年信じ続けてきた説を裏付ける証拠を次々と発見した研究者のような表情でした。
メガネのレンズには、映した相手の情報が半透明の文字となって浮かび上がります。人種だけでなく、どの民族系統に属するのか、さらには祖先の構成比率まで細かくパーセンテージで表示されるのです。ハーフやクォーターであれば、その内訳まで丁寧に表示されました。ですが――。
「おん……? なんやこれ? “星人”? どういうことや?」
モロ太くんは眉をひそめました。
「あん? こいつもや……こいつも……。どないなっとんねん。博士のやつ、不良品よこしたんか! こなくそっ!」
モロ太くんの表情はみるみるうちに曇っていき、興奮は困惑へ、そして苛立ちへと変わり、さらに怒りへと変貌し一気に爆発しました。いても立ってもいられず、モロ太くんはそのまま家を飛び出しました。
向かう先は言うまでもなく博士の研究所です。
「おお、モロ太くん。そろそろ届く頃だと思うが――」
「ざけんなや! なんやねん、あないな不良品をよこしおって、おおおん!?」
モロ太くんは中へ入るなり、一直線に博士に詰め寄り、その胸倉を掴み上げました。
「いたた、痛いよ。放してくれ……」
博士は壁に押しつけられ、苦しそうに顔を歪めました。しかし、モロ太くんは手を緩めません。そういう人なのです。
「なんやねんほんま! せっかく気分ようなっとったのに水差しよって!」
「い、いったいどうしたんだい?」
「どないもこないもあるかいな! この国のトップである総理大臣様がハーフやと、このアホメガネが言うんや! しかもや、他の与党議員にもぎょうさんおるやないかい!」
「ハーフ?」
博士は首を傾げました。
「そうや! “日本人とムン星人のハーフ”やと? なんやねんそれ! ほんまアホくさいわ! 欠陥品やろ! 死ねや!」
「ああ、それなら事実だよ」
「……は?」
あまりにもあっさりした返答に、モロ太くんは思わず手を緩めました。博士はなんてことはないという表情で、乱れた襟元を整えました。
「あ、そうそう。ほら、こんなのも作ってみたんだ、『反日バリアシール』。これを家の前に貼っておくと、視覚情報を通じて脳へ微弱な干渉を行い、なんとなく近づきたくない気分にさせるんだ。どうだい? デザインもいいだろう。太陽みたいで――」
「いやいやいや、そないなもん今どうでもええねん。は? 事実やと? 博士、とうとうボケたんか? 笑えへんぞ」
「いや、事実だよ」
博士は少しも表情を変えずに言いました。
「そもそもこの星は、ムン星の神によって創造されたものなんだ。いわばムン星がアダムで、地球がエバのような関係だな。だから本来、地球人はすべてをアダムへ捧げるべきなんだよ」
「はあ? なんやそのいかれた思想は。新興宗教のパンフレットでも、もうちょいまともなこと書いてあるで」
モロ太くんは呆れたように乾いた笑いを漏らしました。ですが、博士がこちらをまっすぐ見据えているのを見て、その笑みは徐々に消えていきました。
「ほ、ほな、ほんまに総理はそのムン星人とやらのハーフなんか……?」
「ああ。多くの議員がムン星から援助を受けているよ。他国の政治家も同じだ。かくいう私もムン星の支持者でね。そのメガネだって彼らから提供された技術を応用して作ったんだ」
「おー……」
モロ太くんは口を半開きにしたまま固まってしまいました。
その隙に博士は棚の奥からある装置を取り出し、いそいそと準備を始めました。無数のコードが垂れ下がるヘルメット型の機械。洗脳装置です。
コードをパソコンに繋げ、設定を終えた博士は装置を抱えてモロ太くんに近づきました――と、そのときでした。
モロ太くんはごくんと喉を鳴らして一度口を閉じました。そしてじっと博士を見つめ、ゆっくりと再び口を開きました。
「……さすが、日本の第一政党を率いる総理大臣様や! 日本を守るええ宇宙人と繋がっとるなんて、ほんま外交上手やで。その調子で野党の連中を蹴散らして、他のアジアにもガンガン強気で行ってほしいわ!」
その言葉を聞いた博士はにっこりと微笑み、洗脳装置をそっと机の上に置きました。
「どうやら装置を使う必要はなさそうだ。すでにすっかり染まっておる」




