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【BL】春時雨  作者: 雨傘 はる
本編
6/9

六雫目


菊野は、夕との情事に飽きたのかもしれない。

ふと思い当たったのは、会話をするだけの逢瀬が三回目を数えた時だった。


待ち合わせ場所も、ホテルに入るのもこれまでと同じ。

でも、話をしたり軽いスキンシップだけで、時間いっぱい過ごして終わる。


言葉少なな夕が相手では、ほとんど菊野がしゃべるかお互い黙っているか。

いくら居心地は悪くないとはいえ、これはいかがなものだろう。


夕は、特に不満はない。抱き合うのも好きだし、ただ二人でいるのも苦じゃない。

ただし、二人がセフレでさえなければ、という注釈がつく。そもそもの目的が違うというか。


なので、昼間に会わないかと誘われた時は、律儀にお別れ的なことをするのだなと思った。

頬を叩かれている場面は、あれから二回見た。怒鳴られているところに遭遇したことも。


近頃、彼が誰かを伴っていることはほとんどなく、見かけるとしたら別れ話かなという場面ばかり。

何か心境の変化があって、セフレを一新するのかもしれない。もしくは。


「……本命さんとか?」


確か、年齢は五つ上の三十三歳。なぜか教えてもらったので、夕も答えた記憶がある。

それくらいの年齢になると、身を固めなくなる人も多いと聞く。まして、彼は女性とも付き合える人だ。


ふむ、ならば夕も切られるのだろう。一人納得しつつ、待ち合わせ場所までのんびり歩く。

残念な気持ちもあるが、そもそも一回きりか、そうでなくとも長くは続かないと思っていた。仕方ないことだ。


そうして、待ち合わせの場所まで行くと、先に待っていた菊野に煌めかしい笑顔で迎えられて面食らった。

夜に会うばかりだったから、明るい場所だと眩しいほどイケメンだ。


てっきり別れ話だとばかり思っていたのに、なぜかうきうきとした彼に連れられるまま、夕は水族館にいた。

頭の中はハテナだらけだ。人が多いからと手までつながれ、さらに首が傾く。


「菊野さん。手、周りに見られちゃいますよ」


夕は、同性愛者と周りに知られても別に構わない。でも、本命がいるはずの菊野は違うのでは。

そう思っての言葉だったのに、菊野は慌てたように振り返った。


「ごめん。夕くん、隠してる人だった?」


「いえ……俺は別に」


「あ、そう? 俺も気にしないかな」


「……そうですか」


気にしないからといって、成人した男が二人手をつなぐのは自然なのだろうか。しかもセフレが。

友人すらいない夕には、よくわからない。結局、菊野がしたいならとそのままにした。


海の中を泳ぐような空間は、ひどく静謐で心が凪になる。

いつの間にか夕は夢中になっていて、手をつないでいることも、なんなら菊野といることも忘れて没頭した。


「喉、乾かない?」


声をかけられたのは、出口をくぐった後。

いつも通り微笑んでいる菊野に連れられて、人気の少ないベンチに腰かけ、彼が買ってきてくれた飲み物で一息つく。


「楽しい?」


「はい」


「はは。夕くん、すごい目がきらきらしてたよ」


水族館なんて、小学校の課外学習が最後だ。あの頃よりも夢中になってしまった。

普通の友人みたいに過ごしているが、これは果たして別れ話の前置きなのか。何か違う気もする。


考えていても仕方ないと、夕はにこにこ嬉しそうな菊野をまっすぐ見つめた。

気づいた透明の水色がやんわり微笑む。


「飽きましたか」


びしり、音が鳴りそうなほど一瞬で、菊野の笑顔が凍りつく。

喉仏が大きく上下して、彼が緊張したのがわかった。

追い詰めるつもりはないと、夕は小さく笑みを浮かべる。


「いいんですよ。俺なんかに、そんなに気を遣わなくて」


いっそおかしくなって、喉を鳴らして笑ってしまう。


「俺には、もっと雑でいいんですよ。もっと気楽でいい」


その優しさや気遣いは、夕が受け取るには過分だ。夕には相応しくない。

たくさんの人と付き合っているのに、どうしてこの人はこんなに不器用なのだろう。


「優しさは、与えるだけでは枯渇します。気配りもそうです。俺には、くれなくていいんです」


そういうふうな付き合い方をすると思って、菊野に声をかけた。もっと身軽で気軽で、軽薄な。

だから、心を砕いてもらうのは、少し苦しい。


「ま、待ってくれ……夕くん、ちょっと待って。今、きみの言葉を整理してるから」


顔色の悪い菊野が、口元を覆ってうろうろと視線を彷徨わせている。

待てと言われれば待つが、そんなに考え込むようなことを言っただろうか。


「たかがセフレを切るだけに、律儀にデートなんてしなくていいんですよ」


さすがに夕も、今日のこれがデートであることくらいはわかった。

ひゅっと息を飲む音がして、菊野の手が夕の腕を掴んだ。わずかに震えていて、寒いのかと心配になる。


「待って……? 夕くん、」


「ああ、言葉がよくないのか。えーと、関係を精算しましょう、ってことですよね」


「違う!!」


ちょっと聞いたことがないほどの大声に、驚いて目を瞬いた。はっと口を押さえた菊野は、腕を掴んだまま。


「違う……大きい声出してごめん、夕くん。でも、違うよ。そういうつもりじゃない。あ、いや、全部が違うってわけでもないけど、でも……」


なんだか、ひどく混乱しているようだ。

夕はよくわからなかったが、水族館の敷地内でする話でもないのかなと、思考に沈む菊野の手を引いて移動した。


電車に乗って、最寄り駅で降りる。

考え事をしている菊野が躓いたりしないよう、ゆっくりとした歩幅を保ち、見慣れたホテルに入った。




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