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【BL】春時雨  作者: 雨傘 はる
本編
2/9

二雫目


コンビニからの帰り道、それは突然来た。


向かいのデザイナーズマンションのエントランス前に差し掛かったところで、バチン! と強く弾いた音がして、目を向ける。

思わず見てしまった先は、まさに修羅場だった。


「ほんと最っ低! 呪われろ!」


手を振り抜いた女性が、威勢よく吐き捨てた。

向かい側には、例の優男。困ったように、叩かれた頬を押さえるでもなく、笑っている。


ばっちり目が合ってしまった夕は慌てて視線を逸らすも、女性が泣きながら走り去ったことで、なんとなく足を踏み出すタイミングを逃してしまう。


「あー……向かいの子だよね? ごめんね、変なとこ見せて」


苦笑混じりの言葉に、夕は視線を戻して首を横に振る。


ほんの数歩の距離で見た優男は、びっくりするほど透き通った水色の瞳をしていた。

顔立ちもはっきりしていて、おそらく外国の血を引いているのだろう。


「本気の子とは付き合えないから……告白されてそう言ったら、怒られちゃって。最初にも言ったんだけどね」


なるほど、セフレの一人だったのか。妙に納得する。


「ほんとごめんね」


「身体のみならいいってことですか」


これはチャンスでは、と思うより先に、夕は口を開いていた。

きょとりと瞬く水色の目をまっすぐ見ながら、一歩距離を詰める。


「本気じゃなくて、身体だけの付き合いなら、性別問わずOKですか」


「え? まあ、そうだね」


「他にもたくさん付き合ってる人いますよね」


「いるね。たくさんってほどじゃないけど」


少しずつ距離を詰める夕に、少し戸惑いつつも優男は律儀に返事をしてくれる。


夕は、勢いそのままに、最後の一歩を縮めた。手を伸ばせば、身体に触れる距離。

やっぱり彼は背が高くて、夕より頭一つほど目線が上。

優しげな表情と、柔らかい物腰。モテる要素満載だ。


「なら、俺でもいいですか」


透明な水色が、まん丸くなる。綺麗だな、と素直に思った。


「俺、恋愛はいらないです」


「えーと……身体だけ、ってこと?」


「はい。経験してみたいんです」


「…………いい、けど」


「なら、土曜の20時、××ホテルの前で。来れる時でいいんで」


「え? あ、うん」


「じゃあ、失礼します」


きっちり頭を下げてから、夕は踵を返して早足で自分のマンションに逃げ込んだ。


部屋に辿り着いて玄関に入り、鍵をかけてから、深呼吸をする。

冷静な振りをしていたが、心臓がバックンバックン跳ねていた。勢いだったが、緊張はしていたのだ。


でも、頷いてくれた。ひどく突拍子のない提案だっただろうに、嫌な顔一つしなかった。

きっと、とても優しい人なのだろうなと思う。どこか張り詰めた夕の勇気を、読み取ってくれた気がする。


汗ばんだシャツを着替え、なんとなくベランダに出づらい気分だったが、意識しすぎてもよくないと思い直す。

あちらだって、セフレが一人入れ替わっただけだ。大仰に反応されても困るかもしれない。


煙草を掴んでベランダの定位置に立つと、いつもの外階段に彼がいた。さすがに表情までは見えない。

火をつけて、一息。

珍しく一人で立っている彼は、傷心でもあるのかもしれない。経験のない夕には、よくわからないけれど。


ひらひら、と、その手が振られた。

ほんのわずかに躊躇って、夕も、一度だけ小さく返した。




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