第5話 血と笑いの狭間で
「なっ!?」
「むっ!?」
「ぬっ!?」
俺の大声に反応した役者三人は、振り向くや否や目を大きく見開いた。
気持ちは分かる。自分たちの仲間そっくりの俺が目の前に現れたのだから。
特に、倒れている俺そっくりの男は、今さっきまで閉じかけていた目を限界まで見開き、全身をブルブルと震わせていた。
「す、す、すみません! あ、俺、交通事故で御朱印帳が……。
い、いや、ち、違うんです! 声がしたから勘違いしただけで……。
ま、間違ってたんです! だ、だから、えっと……。ええっと! あわわわ!」
だが、寸劇は完全に止まってしまった。
慌てて謝ろうとするものの、焦るばかりで言葉がうまく出てこない。
その結果、俺と三者の間に沈黙が漂いかけたが、俺と瓜二つの男が俺を指さすことで、その沈黙を打ち破った。
「さ、三年……。わ、我が死を隠せ……。」
思わず顔を左右へ素早く動かし、さらに背後まで振り返ったが、そこには誰もいない。
震える指先が明らかに俺を指しているのは分かるが、意味が分からない。
焦りを通り越し、頭の中は完全に混乱していた。
「なんとっ!? いや、しかし……。珍妙な身なりをしてはいるが……。
見れば見るほど……。顔も、背丈も、体格も……。声まで似ているとなれば……。」
しかし、俺と瓜二つの男の両脇に膝をつく二人のうち、左目に眼帯をした男は意味を悟ったらしい。
健在の右目をこちらに向けると、俺を上から下へ、下から上へと何度もじっくり眺め、二度三度と頷いた。
その無遠慮に品定めする視線に憤りを覚える。
だが、逆にそれが余裕を生み、はたと気づく。
これは、勘違いから寸劇に乱入してしまった愚かな俺へのフォローだ。寸劇を続けるためのアドリブに違いない。
素人参加型のイベントだと思っていたが、この冷静な対応力はプロに違いない。
よく見れば、三人が身に纏う衣装や当世具足、小物に至るまで、全てがリアリティにあふれ、決して模造品とは思えない完成度だった。
「まさかっ!? 兄上、それは真ですか?」
続いて、もう片方の二枚目の男もアドリブに乗ってきた。
胸が早鐘のように打ち始め、全身の毛穴という毛穴が一斉に開き、冷や汗が滝のように溢れ出す。
自分の不始末は自分で始末するのが当然だ。
しかし、俺に本当にできるのかという不安が先に立つ。
演劇の経験がなくても、次に求められているのは自分の機転を利かせたアドリブだということは確実に分かる。
その証拠に、三人は視線を揃えてこちらに向け、俺の一言を今か今かと待ちわびていた。
「くっ……。」
喉が思わず『ゴクリ』と鳴った。
幸いにも、合戦の最中に誰かが討ち死に寸前という状況は想像できる。
無理に何かを捻り出す必要はない。
これまで見たり読んだりした漫画や小説、ゲーム、映画の中で、似たような場面は幾らでもあったはずだ。頭を必死に巡らせる。
「て、ててて、敵は本能寺にあり!」
そして、永遠にも思えた一瞬の後に放った台詞がこれだった。
戦国時代を知る者なら誰もが知る有名な言葉だ。
だが、本能寺は京都にある寺で、ここは長野県の川中島古戦場跡。場違いもいいところ。
やっちまった感が半端ない。
どう反応していいのか分からないのだろう。三人とも茫然としたまま言葉を失い、目をパチパチと瞬かせている。
「あわっ……。ま、待って! も、もう一回!」
冷や汗がますます溢れ出して止まらない。
せっかく土砂降りの雨をやり過ごしたというのに、Tシャツはべっとりと肌に張り付き、気持ちが悪い。
恥も外聞もかなぐり捨てて、大声でわんわん泣きたい気分だ。
それが駄目なら、頭を抱えてその場でのたうち回りたい。
「ぐはっ!?」
「あ、兄上ぇぇ~~~っ!?」
「と、殿ぉぉ~~~っ!?」
だが、プロの三人は優しかった。本当に優しかった。
まるで何事もなかったかのように寸劇を続けてくれたおかげで、胸をなで下ろす。
これで俺の役目は終わった。
あとは、気付かれないようにそっとフェードアウトするだけだ。
「……のわっ!?」
そう考えて、そろりそろりと後退したのだが、三歩目で何かにつまずき、尻餅をついてしまった。
プロの三人がいくら優しくても、仏の顔も三度まで。四度目の失態ともなれば、さすがに許されないだろう。
それでも謝らずにはいられない。
すぐに謝ろうと立ち上がりかけたとき、大地に突いた右手が、ぬるりとした生ぬるい感触を捉え、思わず動きが止まった。
「えっ!?」
一呼吸置き、右手を目の前に持ってくると、手首まで真っ赤に染まっていた。
人間としての本能が瞬時に理解させる。
これはペンキや絵の具ではなく、本物の血だ、と。
「えっ!?」
胸がこれまで以上に早鐘のように打ちまくる。
『そんな馬鹿な……。』と口の中で呟き、これはプロ仕様の擬似的な血だと自分に言い聞かせながらも、恐る恐る視線を右手を突いた場所に向けずにはいられなかった。
「えっ!?」
プロの三人が身に纏う立派な当世具足とは対照的に、粗末な胴鎧を着た死体が転がっていた。
しかも、ただの死体ではない。
斬り裂かれた肩口からおびただしい鮮血を溢れさせているだけでなく、重い何かに踏みつけられたかのように顔を歪め、頭頂からはピンク色の謎の物体が飛び散っていた。
作り物にしてはリアリティがありすぎる。
理解が追いつかず、気が遠くなりかけたその瞬間。
「ひぃっ!?」
一陣の風が吹き抜けた。
立ち込めていた濃霧をかき分けるように、むせ返る血の臭いが鼻がくすぐる、
間もなくして、地獄絵図が周囲に広がった。
死体、死体、死体。視界に入るものすべてが死体だった。
先ほどまで濃霧の向こうに観客の姿を感じていた場所には、無残な死に様の死体しか存在せず、綺麗なものは一つもなかった。
「おげえええええええええええええっ!?」
何かが自分の中で、ブチリと断ち切られる音がした気がした。
そのまま気を失って倒れかけたが、直後に込み上げてきた猛烈な嘔吐感が喉を塞ぎ、呼吸困難の苦しさが意識を強制的に引き戻した。




