第4話 霧の先の双子
「どうする? ……戻るのが無難か?」
鳥居をくぐった瞬間、異変に気づいた。
駐車場から鳥居までの道はアスファルトで舗装されていたはずなのに、足元には剥き出しの土が広がり、雨でぬかるんでいた。
さらに、バイクを停めた場所から鳥居まではほんの五十メートルほどのはずなのに、なぜか確実にその倍以上を走ってしまった感覚だった。
霧はますます濃くなり、数歩先すら白一色の世界に沈んでいた。
もしかすると、真っ直ぐ走っているつもりでも、実は斜めに進んでいたのかもしれない。
足を止め、来た道を戻るべきかと右足を下げ、背後を振り返ろうとした。その瞬間だった。
「んっ!? ……何だ?」
右手側から二つの声が聞こえてきた。
はっきりとは聞き取れないが、誰かを何度も、何度も呼びかける切羽詰まった声で、まるで涙に濡れているかのようだった。
まさか、この濃霧のせいで、川中島古戦場前を通る国道で事故が起きたのだろうか。
もしそうなら、一大事だ。
交通事故では、初動の応急処置が明暗を大きく分ける。
負傷者が頭を打っている場合は不用意に動かしてはいけない。
出血が激しければ迅速な止血が必要で、呼吸が止まっている場合は正しい人工呼吸を行わなければならない。
だが、ほとんどの当事者はパニックに陥り、何もできない。
過去に凄惨な交通事故を目の当たりにした経験がある俺が言うのだから間違いない。
冷静な判断を下せる第三者の、一刻も早い到着が何より重要なのだ。
「待ってろ! 今、行くぞ!」
俺は考えるより先に、二つの声が聞こえる方向へ走り出した。
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「へっ!?」
俺は走った。全速力で、息が上がろうと顎が上がろうと、濃霧の中を懸命に走った。
叫び声の先に、俺の助けを待つ誰かがいるのなら、立ち止まることも、歩くこともできなかった。
しかし、現場に到着した瞬間、思わず呆然として、間抜けな声を漏らしながら立ち止まった。
「兄上、どうかしっかり!」
「殿! 気を落としてはなりませぬ!」
大きく広がった血溜まりの中に、三人の男がいた。
一人は血の中心に仰向けに倒れ、その両脇では二人の男が膝をつき、倒れた男の体を必死に揺すりながら、今にも消えそうな瞳に再び光を灯そうと懸命に呼びかけていた。
一目でわかる凄惨な光景。一刻の猶予もない。
救急車を呼び、到着までの間に応急処置を施す必要があったが、そのどちらも必要はなかった。
「すぐに医者をお連れします!」
「生きることを、どうかお捨てにならぬよう!」
なにしろ、三人の出で立ちは、いわゆる『当世具足』と呼ばれる、戦国時代以降に広まった鎧姿だった。
この光景が芝居である可能性はきわめて高い。
きっと、川中島の戦いを再現するイベントの最中なのだろう。
観光客が川中島古戦場に一人も見当たらなかったのも、このイベントを見物するために別の場所へ集まっていたからに違いない。
それを知らず、勘違いしてここまで慌てて駆けつけた俺は、まったくの間抜けだ。
だが、今はそんなことより、この場を一刻も早く離れたほうがいい。
革ジャンにジーンズという現代の服を着た俺がここにいたら、興ざめも甚だしいだろう。
濃霧の中、俺という乱入者が現れるというハプニングにもかかわらず、寸劇を止めずに演じ続ける三人の役者魂を讃えつつ、足音を立てぬようゆっくりと後退した。
「えっ!? ……ええっ!? お、俺っ!?」
しかし、倒れている男の顔を二度見して、思わず仰天した。
そっくりというレベルを超え、双子といってもいいほど俺と瓜二つで、思わず大声を上げてしまった。




