第41話 川中島、再び
「ふぅ……。天気が良いな」
馬の背に揺られながら、澄み渡る青空を見上げてつぶやく。
ぽかぽかとした陽気は心を自然と和ませる。
しかし、周囲の様子は物々しかった。
当然のことだ。今、俺は総勢二万の兵を率いて、千曲川沿いを北へと進んでいる。
今朝、出発したときには右手に見えていた妻女山は、今や背後に過ぎ去り、北信濃の平野が前方に広がっている。
北信濃は武田家の支配下にあるが、住民の忠誠心は決して高くない。
関東の山内上杉家から家督を継ぎ、『上杉輝虎』と名を改めた長尾景虎の影響力が着実に浸透していることは明らかだった。
実際、北信濃の治める『高坂昌信』から聞いた話では、年貢の徴収率は低い。
北へ行くほど、上杉家の勢力圏に近づくほど、石高に対する年貢は滞り、北信濃の北半分に至っては最初から半分の石高で計算しているのだという。
だからこそ、上杉家の軍勢がいつ、どこから現れるかは予測がつかない。
忍者たちを四方八方に斥候として放ち、安全を確保しているとはいえ、絶対の保証はない。
「なあ、勝頼? ……勝頼? ……勝頼!」
「えっ!? あっ!? ……は、はい、何ですか?」
だが、気を張りすぎれば心は徐々に疲弊する。
肝心の時に力を発揮できなくなる。それだけは避けなければならなかった。
だから、総大将たる者は、たとえ空元気でも余裕を持たねばならない。
総大将が泰然自若に構えていれば、その態度は自然と下に伝わり、兵たちにリラックスした空気を生む。
その点、勝頼はまったくもって失格だった。
隣に視線を送れば、勝頼は口を固く結び、睨みつけるように鋭い眼差しを正面に向けている。
明らかに気負いすぎていた。
おかげで、俺たちの周囲には無駄な緊張感が漂い、誰一人として口を開こうとしない。
今朝、出発してから、ずっとだ。
大地を踏む音、甲冑が揺れる音が規則正しいリズムを奏で、まるで閲兵式を行っているかのようだった。
「今日は天気が良いな」
「えっ!? あっ!? ……は、はい、そうですね」
もっとも、勝頼が気負うのも無理はない。
当主就任後、手頃な山賊団相手の初陣は済ませているものの、今回が実質的な初陣と言える。
さらに、率いる兵力は武田家総力を挙げた最大動員。これで気負わないほうがおかしい。
「さっきから何度も言っているが、そんなに気負うな」
「はい……。分かってはいるのですが」
しかし、隣にいる俺はたまったものではない。
他の者たちも同様だ。
無言のまま『大殿、何とかしてください!』という切実なアイコンタクトが幾度も飛んでくる。
だが、実のところ、俺自身も初陣。そんな術は知らないのだ。
「戦は一日で終わることのほうが珍しい。
時には数か月に及ぶことだってあるのだから、もっと気を楽にしろ」
こういう時のために、真田幸隆を後見人に、真田昌幸を側近に据えたのだが、残念ながら二人はここにはいない。
真田家は東信濃西端の上田を領地とする家。
北信濃と東信濃を治める高坂昌信を一大名と考えれば、真田家の二人は重臣中の重臣にあたる。
幸隆と昌幸は今、役目の関係で一時的にこの場を離れ、俺たちのいる場所よりずっと先、先鋒隊として高坂昌信に従っている。
「ですが……。一歩一歩、上杉に近づいていると思うと……。」
その結果、俺はこの場の最上位者でありながら、周囲に気を遣い、勝頼を接待するという妙な立場に立たされていた。
話題を必死に捻り出し、あれこれ試してはいるが効果はまったくなし。
結局、俺一人が空回りして喋っている状態に陥っていた。
「だったら、景色を愛でろ。
お前、甲斐と諏訪しか知らないだろ? 景色を楽しんでいれば、心も自然と緩む」
「なるほど、景色ですね! こうですか!」
結果として、今朝から何度目になるか分からないアドバイスも、やはり失敗に終わった。
勝頼は景色を精一杯楽しもうとしたのだろうが、その動きはどうにも鋭すぎた。
顔を振り向けば、まるで風を切る音がブォンブォンと響くかのようで、その視線はギロリと光り、空を飛ぶ鳥すら射落としそうな勢いだった。
「違う、違う。そうじゃない、そうじゃない」
俺は溜息を深々と漏らし、首を左右に力なく振った
勝頼は基本的に真面目で一直線な性格だ。
時に感心するほどの粘り強さを持つが、裏を返せば融通が効かないということでもある。
それをよく知る近習衆は問題ない。
問題は近習衆の外だ。
勝頼をあまり知らない者たちが、戦を前に怯えて弱腰になっていると勘違いし、勝頼は武田家当主に不適だという噂が立つことだ。
「では、どのように?」
「景色を眺めるのに、どうするかを聞いている時点でおかしいと気づけ」
「はぁ……。」
端的に言えば、過去の栄華を忘れられない甲斐の者たち、いわゆる『甲州閥』だ。
ある程度の反発は予想していたが、武田家の地力を支える甲斐の家臣の一部が不満を抱えているとなれば、やっかい極まりない。
ちなみに、俺と勝頼の仲は極めて良好だ。
諏訪の屋敷と勝頼が生まれ育った上原城の距離が、近すぎず遠すぎない絶妙さが功を奏したのだろう。
初対面の頃はぎこちない関係だったが、次第に打ち解け、当主となる前には勝頼の方から週に一度、屋敷を訪れるようになった。
お互い忙しい身となった最近でも、都合を合わせて狩りや遠乗りを一緒に楽しむ仲にまでなっている。
「ならば、深呼吸だ。
大きく息を吸って、吐くのを三度繰り返せ」
「分かりました」
それだけに、現状を何とか改善したかった。
くれぐれも頼む、と信繁さんからも念を押されている。
しかし、下手の考え休むに似たり。
先ほども言った通り、すでに何度も失敗を重ねてきた。
成功と言えるのは、勝頼の緊張を解く方法をあれこれ考えているうちに、いつの間にか自分自身の緊張がどこかへ消えてしまったことくらいだ。
そこまで考えて、はたと気づいた。
勝頼の気負いを解く方法ばかりに目を向けていたが、もしかすると、自分自身も同じように悩み考え、自らの内面に問いかけることこそが正解なのではないだろうか。
「よし、今だ。歌を詠んでみろ?」
「えっ!? ……歌、ですか?」
その手段として、真っ先に思い付いたのが俳句だった。
現代において、俳句は高尚な文学というイメージがあるが、戦国時代は違う。
ルールは季語と、五七五の韻を踏んだ文字数の二点のみ。
道具を必要とせず、どんな時でも、どんな場所でも作れる俳句は、とても身近な娯楽である。
もちろん、貴人たちが習う書道や華道のような流派には高尚さもある。
だが、現代と比べれば生活に自然に溶け込んでおり、例えるなら駄洒落のようなものだった。
「馬鹿、そこで止まるな。
ただ心にあるがままを気楽に歌えばいいんだ。上手い下手は関係ない」
思い返せば、上洛の長い旅路もそうだった。
俳句を持ち回りで一句詠み、それを皆で批評し合う。そうして退屈と歩き疲れを紛らわせていた。
往路には、藤孝殿という一流の先生が同行していたため、様々なテクニックを学ぶことができた。
馴染みのなかった俺も、京都に着く頃には、ごく自然に俳句を楽しめるようになっていた。
「では、父上。お手本をお願いします」
「お手本とか、そういうものじゃなくて……。まあ、いいか」
勝頼に先手を譲られ、俺は溜息をつき、口から出かけたお説教を飲み込む。
幸いなことに、先ほど苦し紛れに出た『景色を愛でろ』というアドバイスにもつながっている。
さらに、左手側に見える千曲川沿いの青々と茂る林には、俺に見覚えがあった。
いや、正確には『忘れられない光景』である。
ここは、タイプスリップした俺が戦国時代に降り立った場所だ。
言われるがまま晴信の甲冑を着せられ、首を取ろうと追いかけてくる長尾家の軍勢から、命からがら逃げ延びた恐怖が胸にまざまざと蘇ってくる。
すなわち、現代では川中島古戦場跡と呼ばれる場所だ。
死を隠すために首を断たれ、身ぐるみを剥がされた褌一丁の姿で野ざらしにされた晴信が眠る草原が、もう少し進んだ先にある。
「うむ、そうだな……。
夏草や、兵どもが、夢の跡……。と言うのはどうだ?」
今の季節、この場所にこれ以上なく相応しい一句を、俺は知っていた。
それをまるで自分が詠んだかのように、俺は青空を見上げ、遠い目で詠み上げた。




