第39話 十年の計
「ぅんっ!? ……んんんっ!? ん~~~~~っ!?」
「うおっ!? だ、大丈夫か?
み、水だ! だ、誰か水を持ってこい! は、早くしろ!」
晴信と三条の方の関係を思えば、意外な提案だった。
それだけに切り出しづらくはあったが、まさか驚きのあまりご飯を喉に詰まらせるほどとは思っていなかった。
俺は慌てて三条の方の元へ駆け寄り、蹲って苦しそうにするその背をさすりながら、必死に助けを呼んだ。
「は、はいっ! た、ただいま、すぐにお持ちいたします!」
障子戸の向こう、縁側の廊下で控えていた侍女が、慌ただしく走り去る音が響く。
今後、武田家は当主に勝頼を据え、大きく舵を切る。
諏訪の屋敷から南西の山間に新たな城を築き、これを武田家の本拠地とする。
これに伴い、先祖伝来の居城である躑躅ヶ崎館は、武田家の一地方を治める領主の館として位置付けを改める。
本拠地を諏訪へ移す理由の一つは、勝頼が元来、諏訪家を継ぐため諏訪で生まれ育ったことにある。
甲斐の者から見れば、どうしても外様の印象が拭えない。
躑躅ヶ崎館を本拠地のまま、俺が相談役として背後に控える体制を取れば、人心はいつまでも勝頼に向かず、名ばかりの当主になりかねない。
しかし、勝頼が現在住まう、諏訪湖の南東に位置する上原城を本拠地とするのも、同様に問題がある。
上原城は諏訪家の城だ。
そこを本拠地とすれば、武田家が諏訪家に乗っ取られたという印象を与え、中信濃の者たちの強い反発を招くのは目に見えている。
「そ、そうだ! ちゃ、茶があった! の、飲め!」
地図を広げれば一目瞭然だが、諏訪は甲斐と信濃のほぼ中心に位置している。
そこに本拠地を置けば、甲斐一辺倒だった武田家の流通は均衡を取り戻し、甲斐信濃の全体の国力向上が期待できる。
また、支配体制も強固な中央集権から地方分権の軍団制へと改める。
勝頼が中信濃を、高坂昌信が北信濃と東信濃を、馬場信春が南信濃を、信繁さんが甲斐を治める。
各地の施政に即応できる体制を整えるのが狙いだ。
だが、これは表向きの理由に過ぎない。
実を言えば、勝頼の相談役となる俺自身のためでもあった。
現代にいた頃の俺は、生徒会長や級長、部長、キャプテンといったリーダー職に就いた経験が一度もない。
戦国に飛ばされてからも、隠居同然の捨扶持として上諏訪の小さな地域を与えられ、村長の真似事をしていたに過ぎず、実際の差配は人任せだった。
そんな俺が、広大な甲斐と信濃の隅々にまで目を配るなど、無理があり過ぎる。
しかし、かつて名君と讃えられた晴信の影武者である俺が、勝頼の相談役に就きながら統治に口を出さないのも、不自然だ。
信繁さん、勘助さんと三人で協議を重ねた末、最大限譲歩した結果が、『中信濃の担当』である。
「だ、駄目か! し、仕方ない。口移しするぞ! い、おいな!」
無論、勝頼のためでもある。
スーパーブラックな激務に溺れ、命を落とした義信の二の舞だけは、絶対に避けねばならない。
そして今回の改変で最大の要となるのが、勝頼の後見人の変更だ。
四男の悲しさか、これまで後見人は定まらず、身内である由布が務めてきたが、ここに『真田幸隆』を抜擢することにした。
さらに、専従者が一人もいなかった近習の頂点に、勝頼より一歳年下で、幸隆の三男である『真田昌幸』を据える。
近習衆は甲斐と信濃の若者を半数ずつ集め、新たに編成した。
武力偏重と言っていい武田家重臣の中にあって、真田家は際立って知略に秀でた家である。
その証は、俺の知る歴史が示している。
幸隆を礎とした真田家の者たちは、知略によって必ず名を残してきた。
中でも名高いのは、徳川家康から『日の本一の兵』と評され、後世には『真田幸村』の名で知られる真田信繁だろう。
「おわっちゃっ!?」
「んーーーーーーーーーっ!?」
だが、俺が最も推すのは、真田昌幸だ。
武田家滅亡後、一地方どころか一地区の小大名に過ぎない立場から、巧みな知略で戦国乱世を生き抜き、真田家を明治の世まで存続させた。
もちろん、まだ小僧に過ぎない昌幸が、俺の知る歴史通りに育つとは限らない。
それでも、彼が確かな才を秘めていることは疑いない。
その才能を開花させる場として、勝頼の近習という立場は十分だ。
もしかすれば、立場を与えたことで史実より早く頭角を現し、俺の期待を超える活躍を見せる可能性すらある。
「す、すまん! お、帯を解くぞ!」
「んんんっ!? んーーんんっ!?」
「ば、馬鹿! こ、このままだと火傷する! う、動くな、じっとしていろ!」
「んんんんんっ!?」
目標は十年だ。
勝頼と真田昌幸が、ともに立派な将へと成長するであろう十年後。
多少の舵取りの誤りがあっても武田家が揺るがぬ力を蓄え、二人へと無事にバトンを渡す。
それが今の俺の目標である。
信繁さんはともかく、勘助さんはすでに六十を超えている。
人生五十年と言われるこの時代、一線を退いていても不思議ではない年齢だ。
あまり考えたくはないが、十年以上の活躍はさすがに望めないだろう。
俺の影武者的な統治も、その頃が限界だ。
これらの方針については、義信の葬儀を終えた段階で皆に伝えてある。
「み、水をお持ちしっ……。あっ!?」
「えっ!?」
「お、お邪魔いたしました……。こ、小一時間ほど席を外しますね」
「ま、待て! ち、違う! て、手伝え!」
明日からは、新しい武田家の始まりだ。
本拠地の築城と引っ越しを同時に進めねばならず、しばらくは多忙な日々が続くだろう。




