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再就職は武田信玄! ~ 御旗楯無も御笑覧あれ ~  作者: 浦賀やまみち
火の章

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第33話 揺れる天秤




「おお! 上手く出来ているじゃないか!」



 椿に送る返事がうまく書けず、気分転換の散歩の帰り道。

 広場の一角に、大工職人たちが作り上げたものの出来栄えに、思わず拍手を送る。


 決してお世辞ではない。

 俺は元家具会社の工場勤務。木工製品を見る目には自信がある。


 大人が座れる横幅と長さ約十メートルの厚い板。

 その中央を二本の太い木材で支え、両端に乗った者同士がバランスを取り合って遊ぶ『シーソー』である。


 作ってしまえば単純な仕掛けだ。

 だが、俺の下手な絵と口頭の説明だけで、もしかすると世界初のものを作り上げたかもしれないという事実は、本当に凄い。


 鉋がけは美しく仕上げられ、角取りもきちんと施されている。

 誤った遊び方をしない限り、子供たちが使っても怪我の心配はないだろう。



「ありがとうございます。

 それで、今度のこれはどう遊ぶものですか?」



 世界初だろうと、大工職人の親方が遊具だと知っているのは、シーソーが四作品目だからだ。

 この広場には滑り台、ジャングルジム、ブランコが揃い、かつては俺を見て逃げていた子供たちの遊び場になっていた。


 大工職人の大人たちが新たな遊具に興味津々なら、子供たちはなおさらだ。

 製作中だった新たな遊具の使い方がついに解放されると知ると、先ほどまで騒がしかった子供たちの声は次第に止み、広場の各所から注目が集まった。




「親方、そっち側に乗ってくれ」

「解りました」



 その様子に笑みを零しながら、俺はシーソーの片方に乗った。

 親方を相方に選び、俺とは反対側に座れば、あとは言葉で説明するより体験してもらった方が早い。



「さあ、行くぞ」

「おおっ!?」

「ほら、儂を真似して跳ねるんだ」

「は、はい」



 俺が『ぎったん、ばったん』と合いの手を入れるのに合わせて、シーソーの両端が交互に上下する。


 現代の様々な刺激に慣れた子供たちから見れば、単調な動きに過ぎない。

 公園にシーソーがあっても、遊ぶ姿は滅多に見られない。


 しかし、今の時代では十分な刺激となる。


 いつの間にか、遠巻きにしていた子供たちがシーソーの周囲に集まっていた。

 自分の番はまだかと目を輝かしており、大工職人たちですら興味津々で、その好奇心を覗かせている。



「いつも言っているが、まずは小さい子からだ。

 大きい子は、小さい子の面倒を見るんだぞ」


「それと、独り占めは絶対に駄目だ。

 もし独り占めをしたり、乱暴を働く者がいたら、儂がゲンコツだからな」



 これ以上待たせるのは無粋でしかない。

 俺がシーソーを止めて降り、子供たちに注意を与えると、声を元気に揃えて返事をした子供たちが、歓声をあげた。


 その微笑ましい光景に、荒んで疲れていた心が癒やされていくのを感じる。

 屋敷を出る前まで感じていた苛立ちは、どこにも残っていなかった。



「では、親方。引き続き、頼んだぞ?」

「へい、お任せを!」



 親方に挨拶をして、屋敷へと歩を進める。


 今日中に書かなければならない手紙は、椿宛のものだけではない。

 冬の終わり頃におめでたが発覚し、今は出産のために実家へ帰っている桃にも手紙を書かねばならず、大忙しだ。



「俺が親か……。不思議な気分だな」



 そう、戦国時代にタイムスリップして四年。俺にとって慶事が訪れていた。


 桃とは子供を授かる行為を重ねていたのだから、いつかはこうなるかもしれないとは考えていた。

 だが、実際にその時が訪れるとは思ってもいなかった。


 自分の人生を振り返れば、戦国時代にタイムスリップしていなければ、結婚どころか恋人を作ることさえも無理だっただろう。

 その戸惑いが覚めると同時に、喜びはひとしおだった。



「でも、まあ……。嬉しい反面、不安もなー……。」



 しかし、桃が傍を離れると、今度は不安が湧いてくる。


 もし産まれてくる子供が女の子なら心配はいらない。

 心配するとすれば、適齢期に成長した時、誰に嫁がせるかくらいだ。


 問題は、産まれてくる子供が男の子だった場合だ。


 俺は影武者で、武田家の血は一滴も流れていない。

 だが、桃が産む子供は晴信の子として生まれる以上、武田家の一族に列せられることになる。



「方向性は違うけどさ……。

 秀吉があそこまで暴挙に出た理由、ちょっと分かる気がするよ」



 つまり、末席ながらも武田家の家督を継ぐ継承権を持つことになる。


 それが不安の種だ。

 どうしても心配を抱かずにはいられない。


 なぜなら、義信にはいまだ嫡子がいない。

 奥さんとは結婚八年目を数えるが、子供は女の子が一人いるだけ。


 俺のもとに届く話を聞く限り、夫婦で努力を重ねているようだが、残念ながら次のめでたい知らせは聞こえてこない。



「とりあえず、義信には頑張ってもらわないとな。

 精のつくものを……。そうだ! すっぽんでも贈ってやるか!」



 だが、義信が武田家当主となって四年が過ぎ、重臣たちの我慢は限界に近づいている。


 義信は奥さん一人で十分だと言い張っているが、後継者を残すことは支配者の絶対的な義務だ。

 信念を曲げてでも、側室を迎え入れねばならない時期が迫っている。


 事実、最近はその手の相談を多くの者から持ちかけられるようになった。

 おそらく義信は、これまで待たせてきた分、側室を一人受け入れれば、続けて二人目、三人目も迎え入れる必要に迫られるだろう。



「よし! 諏訪ですっぽんの捕獲を奨励しよう!

 うむ、名案だ! 鼻血が出るくらい食べてもらおう!」



 そうなれば、義信が嫡子を授かるのも、そう遠い未来ではないはずだ。

 そのとき、俺の子供と義信の嫡子は叔父と甥の関係になるが、年齢が近い分、当人同士や周囲が兄弟のような感覚を抱く可能性もある。


 それがまずい。とてもまずい。

 御家騒動の火種を、生まれる前から潜在的に抱えている気がしてならない。これは俺の考え過ぎだろうか。



「まっ……。今から、うだうだ悩んでも仕方ないか。

 まさに『案ずるより産むが易し』かもしれないしな」



 初めて授かる子供だ。

 何もかもが手探りになるのは避けられないが、教育を誤るつもりは毛頭ない。


 たとえ兄のような感覚を抱いたとしても、義信の嫡子を支え、助けようとするのなら、それはそれで歓迎すべきことだ。

 

 しかし、俺の目が届かないところで、甘い言葉を囁く者は必ず現れる。

 どれほど目を光らせようと、それだけは避けようがない。


 そうした戯言に乗せられず、耳を貸さない性根を育てるにはどうすればいいのか。

 それを考えに考え抜いた末に辿り着いた結論が、この広場の遊具だった。



「そうだ。裏山にアスレチック施設を作るのもいいな。

 兵士たちの訓練場にもなるし……。一石二鳥じゃないか?」



 ただし、無理強いはしない。


 興味を持てば勝手に遊ばせ、友人も自分自身で作らせる。

 身分を選り分けた『ご学友』を与えるつもりはない。


 幼い頃から、たとえ小さくとも社会と関わることで、自然と様々なバランス感覚が身につくはずだ。

 身分の高さだけを拠り所にする、歪んだ特権階級思想に陥らせない。それが狙いである。


 だからこそ、大人たちの社会を子供たちの世界に持ち込ませてはならない。

 この点は、遊具を広場に設ける計画を立てた時点ですでに通達しており、あまりに露骨な干渉があれば厳罰に処すと伝えてあった。


 いずれにせよ、まずは子供が産まれてからの話だが、最近は子供の将来を考えるのが楽しくて仕方がない。



「ふっふっふっ! 夢が広がるな!」



 思わず笑みがこみ上げ、上機嫌のまま屋敷前の坂を上っていると、背後から突然、怒鳴り声が響いた。



「退け、退け! 退けぇぇ~~~っ!

 大殿への早馬だ! 今すぐ道を開けよ! 退け、退け! 退けぇぇ~~~っ!」



 何事かと振り返ると、諏訪へと続くメインストリートを一騎の騎馬が爆走していた。

 道行く者たちは慌てて道を譲り、怒鳴り声を上げる者もいるが、早馬はお構いなしに道の中央を突き進む。


 その勢いは馬を潰しかねないほどで、明らかに尋常ではない。

 携えている情報が、風雲急を告げるものであることは一目で分かった。


 景虎が北信濃へ攻め込む兆しを見せたのか。

 あるいは、忠誠を誓っていた家臣が裏切り、反乱を起こしたのか。



「止まれ! 儂なら、ここだ! 儂が信玄だ!」



 危険だと分かっていたし、正直に言えば怖くもあった。

 だが、事が緊急を要すると理解していては、四の五の言っている暇はない。


 迫り来る早馬の進路に、俺は両腕を大きく広げて立ち塞がった。



「どうっ! どう、どうっ!」



 さすがは早馬の騎手に選ばれるだけはある。

 衝突する。そう思った一歩手前で、騎手は手綱を力任せに引き絞った。


 馬は高く嘶き、前足を宙に突き上げて二足立ちのまま急停止する。

 さらに残った勢いを右へと逃がし、宙を蹴った前足を、俺の右隣へと正確に着地させた。


 まだまだ拙い馬術しか持たない俺には、到底真似のできない卓越した技術だった。



「馬上より恐れ入ります!」

「よい! 早く申せ!」



 しかし、道中の酷使が祟ったのか、それとも今の急停止が災いしたのか。

 馬は着地の際に右前足の骨を折ったらしく、必死に体勢を保とうともがいている。


 必要な行為だったとはいえ、胸に一抹の罪悪感がよぎった。



「では、申し上げます!

 今朝早く、義信様が身罷られました!

 つきましては信繁様より、大殿に躑躅ヶ崎館へ大至急お越しいただきたいとのことです!」



 だが、甲斐から運ばれてきたその言葉を耳にした瞬間。

 胸に残っていた罪悪感は、混乱の奔流に一気に押し流された。



「ふぁっ!?」



 俺はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。




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