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再就職は武田信玄! ~ 御旗楯無も御笑覧あれ ~  作者: 浦賀やまみち
風の章

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第2話 御朱印と戦国の残響

 



「……おっ!?」



 鳥居をくぐると、篠笛の独特な音色が聞こえてきた。


 もしかすると、宮司さんがご祈祷を始めたのだろうか。

 その厳かな響きが、逸る気持ちを自然と抑え、拝殿へ向かう足取りを少し戻させる。


どうでもいい余談だが、俺の住まいは九州寄りの西日本。

 この地まで、各地の史跡や温泉を巡りに巡って、もう十五日目になる。


 どうしてこんな自由な旅ができているのかと言えば、四か月ほど前に七年勤めた家具会社の工場が、出勤したらいきなり倒産していたからだ。

 すったもんだの大騒動の末、退職金を手に入れたおかげで、今は自分探しの旅の途中にいる。



「ひんやり、気持ちいー……。」



 手水舎で口と手を清めながら、心を落ち着けた。


 この辺りはもう慣れたものだ。

 作法に関する注意書きの看板はあるものの、それを見なくても手順はしっかり覚えている。


 実を言うと、神社を訪れて御朱印を頂くのは、十年以上続く数少ない俺の趣味だ。


 大学に入るまでは、御朱印どころか信仰に興味すらなかった俺だが、この趣味を持っていた友人に教えられて以来、すっかりハマってしまった。

 それまで元旦の初詣くらいしか縁のなかった神社も、ただ散策するだけで楽しく感じられるようになり、大学時代の四年間はちょっとした暇があれば、西へ東へと神社巡りをしていた。


 今では日本神話にも詳しくなり、それなりの信仰心を持つに至っている。



「おおっ……。写真で見た一騎打ち像だ」



 ちなみに、御朱印とは神社を参拝した証として頂く判子のことだ。

 ただの判子とは違い、神主さんがご祈祷をあげたもので、その押し印には神社で祀られている神様が宿るとされている。


 もともとは明治元年の神仏分離令が公布される以前、神社と寺院が一体の存在だった頃に、納経の証として頂いていたものらしい。

 そのため、強いて言うなら寺院の御朱印こそが元祖かもしれないが、俺は寺院の御朱印には不思議と興味が湧かず、神社の御朱印だけを収集してきた。


 今回の旅で訪れた神社は五十箇所を超え、御朱印を収めた御朱印帳は三冊目に突入。

 今、右手に持っている巾着袋の中に入っているのが、その三冊目になる。



「本殿のすぐ目の前に、御神木? ……と、社があるって珍しいよな」



 そして、ここからが本題。

 神社の面白さは、日本神話の神々だけでなく、海や山、土地そのものを祀っていたり、日本刀や槍、歴史上の偉人を祀っているところにもある。


 ここはまさに、川中島の古戦場を祀る神社。

 境内には川中島の戦いに縁ある史跡や展示がいくつもあり、戦国時代が好きで御朱印集めが趣味の俺にとって、まさにパラダイスのような場所だ。


 明日は長野県を北上し、新潟県上越市へ向かう予定。

 上杉謙信が居城とした春日山城跡に鎮座する春日山神社も訪れる。


 今日と明日で、武田信玄との宿命のライバル関係を感じながら、歴史散策を存分に楽しめそうだ。



「よし! 奮発して、五十円だ!」



 拝殿の階段をゆっくりと上り、財布から五十円玉を取り出して賽銭箱へ投じる。


 軽く二礼をし、柏手を高らかに二度打つ。

 頭を腰まで深く垂れ、これまで旅してきた各地の神社での願いを思い返しながら、そっと祈った。



「どうか、ホワイトな再就職先が見つかりますように……。」



 その瞬間、まるで俺の願いを聞き届けたかのように、本殿の方から柔らかな風がふわりと吹き、髪をそっと撫でた。



「んっ!?」



 どうやら、気のせいではなさそうだ。

 思わず頭を上げると、賽銭箱の上に掛かる注連縄の御幌が、微かに揺れていた。


 しかし、奇妙でもある。

 こう言っては不敬かもしれないが、ここの神社の本殿はそれほど大きくない。


 一見したところ、本殿の中は薄暗く、自分が立っている場所からしか光が差し込んでいない。窓らしきものも見当たらない。


 あとから振り返ってみると、これは明らかな怪奇現象だった。

 あの時の風こそ、最初の兆しであり、これから始まる数奇な運命への入口に違いない。


 もしあの時、それに気づいていたら、結果は違ったかもしれない。

 だが、後悔とは後から悔いるから『後悔』と呼ぶもので、先に悔いることはできないものだ。



「まっ、いっか……。」



 ましてや、この時の俺は、参拝を終えて次は御朱印をいただこうと、気もそぞろ。


 奇妙さを感じたのはほんの数瞬。

 社の右手側にある社務所へ向かおうと、階段を下り、拝殿の軒先から右足を一歩踏み出した。



「おおうっ!?」



 ところが、バケツをひっくり返したかのような土砂降りが突如襲い、足を止めるしかなくなった。




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