第1話 川中島、ひとり旅
「えっ!?」
燃費の良さと頑丈さに定評があり、無骨な見た目も含めて俺にとっては最高に格好いい国産の原付二種バイク。
エンジン音に混じって、ハンドル中央のホルダーに固定したスマートフォンのカーナビが『目的地付近です』と知らせてくる。
視線を左右へ走らせた俺は、思わず息をのんだ。
「……本当にここ?」
何と言えばいいのだろう。
目的地はまだ先だと思っていたのに、突然、目の前がその場所だった。
右手には長野県の特産であるりんごの果樹園が広がっているだけで、目立つ看板もなければ、一目でそれと分かる大きな建物も見当たらない。
観光地らしく土産物屋も一応はあるものの、数は少なく、さらに半分はシャッターを下ろしたままだった。
「ここ……。だよな」
ここを目的地として走ってきたのでなければ、気づかないまま通り過ぎてしまいそうな、どこか寂しい雰囲気が漂っていた。
ウインカーを点滅させて右折し、駐車場へと入ってみると、観光客の姿が一人も見当たらなかった。
今日は平日とはいえ、それを差し引いてもこの静けさは妙だ。
がらんとした駐車場の片隅にバイクを止め、ようやく小一時間ぶりにフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。
「ふぅ~~……。」
額の汗を右腕で拭い、大きく溜息が漏れた。
今、季節は夏。
諏訪湖を北上し、中山道を進んで和田峠を越えるころには、入道雲がもくもくと湧いていた空が次第に曇り始め、今では空一面が曇天に覆われ、むしろ涼しささえ感じられる。
それでも、夏にフルフェイスのヘルメットはやっぱり暑くて堪える。
「うーーーん……。あとでっ!」
思わず駐車場の端にある自動販売機へ視線が吸い寄せられるが、ぐっと我慢する。
想像していた以上に寂しい場所とはいえ、ここが本日の最大の目的地だ。
暑さも、ここまで走ってきた疲労感もどこかへ吹き飛んでいき、ジュースで喉を潤すのは後回し。
リアキャリアの貨物ボックスから唐草模様の巾着袋を取り出し、探すまでもなく視界に入っている鳥居へと歩き出す。
「人間五十年~……。」
他に誰もいないのをいいことに、たまらず『敦盛』を口ずさんでしまう。
さて、突然だがここで質問だ。
戦国時代の大名と聞いて、あなたは誰を真っ先に思い浮かべるだろうか。
多分、関東なら徳川家康、関西なら豊臣秀吉、全国的には織田信長。そう答える人が多いはずだ。
もちろん地域によっては、地元ゆかりの大名の名を挙げる者もいるだろう。
だが、この三名の圧倒的な知名度には、なかなか及ばない。
「下天の内をくらぶれば~……。」
では次に、戦国時代の有名な合戦と聞かれたらどうだろう。
こちらはさらに難しい。
長い日本史の中でも戦国時代は特に人気が高いとはいえ、全国各地で起きた無数の戦いを詳しく理解している人は少ない。
大多数は学校の授業で必ず触れる『関ヶ原の戦い』をまず挙げ、続いて織田信長の知名度から『桶狭間の戦い』か、『本能寺の変』を思い出すのではないだろうか。
それ以外を知っていたら、戦国に興味のない人から見れば、もう立派な『物知り博士』だ。
そんな物知り博士たちを対象に、先ほどの二つの質問を『それぞれ五つ挙げよ』と条件付きで出したらどうなるか。
回答は人の好み、出身地、今住んでいる地域と、あらゆる要素が絡み、無数の組み合わせが生まれるだろう。
「夢幻の如くなり~……。」
しかし、その中でも高確率でランクインしてくる名前と合戦がある。
それが越後の『上杉謙信』と、甲斐信濃の『武田信玄』であり、この二人が北信濃で五度も相まみえた『川中島の戦い』だ。
その中でも特に名高いのが、第四次川中島の戦い。
濃霧の中、上杉謙信は敵本陣へ奇襲を仕掛ける。
振り下ろされた謙信の太刀を、武田信玄が軍配で受け止めたという逸話が残る。
たとえそれが大げさに語られた後世の創作だと薄々感じていても、戦国時代好きの俺にとってはワクワクとドキドキが止まらない。
「やばっ……。テンション爆上がりだ」
そして今、その一騎打ちが行われたとされる『川中島古戦場』に俺は立っている。
観光客が俺ひとりしかいない寂しい光景が、むしろじわじわ腹立たしく感じてくるほどだった。




