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再就職は武田信玄! ~ 御旗楯無も御笑覧あれ ~  作者: 浦賀やまみち
風の章

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第11話 一歩目のハゲ




「和尚殿も、神主殿も、こんな朝早くから申し訳ない」



 武士といえば、チョンマゲ。


 必ずしも全員がそうではなかったが、武田晴信も例外ではない。

 月代と呼ばれる頭頂のハゲはなかったものの、きちんとチョンマゲを結っていたという。


 だが、俺の髪はいたって普通の短髪だ。

 チョンマゲを結ぶには長さが足りないし、伸ばす時間も待てない。


 当然、そのままの頭で皆の前に出るわけにはいかない。

 そこで山本勘助が捻り出した荒業は、『仏門に入る』というものだった。



「ふぉっふぉっふぉっ!

 何を仰る。悩める者を導くのが拙僧の務め。朝でも夜でも、呼んでくだされ」



 仏門に入るのだから、マルハゲ。


 正直言って、現代感覚の俺には、マルハゲになるのはかなりの抵抗がある

 だが、これも生きるためだ。影武者として、ただそこに居るだけでいいという戦国時代ならではの極上の『ニート生活』と引き換えなのだから。



「そうですとも! 武田様ほどの方の入門に立ち会えるとは、誠に光栄の至り!

 このめでたき日に憂いなど、あるはずもございません!」



 それに、俺なりのケジメにもなる。


 幸か不幸か、現代で俺が行方不明になっても、悲しむ者はいない。

 両親と弟は、大学の頃に交通事故で亡くしていた。それも目の前で。


 久しぶりに家族揃ってのドライブ中、俺は道路脇の自動販売機で缶ジュースを買っていた。

 その時、居眠り運転のダンプカーが停めてあった車に猛スピードで突っ込んできたのだ。


 俺と弟がいて、両親がいた以上、日本のどこかには祖父母や親戚がいるのだろう。


 しかし、その場所を俺は知らない。

 知っているのは、母が実はお嬢様育ちで、由緒ある家の出身らしいことだけだ。

 父と母は大学で出会い、どちらの実家からも結婚を猛反対された末に駆け落ちし、その後は完全に絶縁状態になったらしい。



「ただ、この髪とおさらばか……。寂しくなるな」

「ふぉっふぉっふぉっ! 慣れてしまえば、快適ですぞ!」



 知り合いはそれなりにいるが、友人と呼べる存在はいない。


 東京の大学卒業後、生まれ故郷に戻ったせいか、大学の友人とは自然と疎遠になり、連絡先はお互いに持っていても、長らく音信不通になっている。


 小中高の地元の友人とは、買い物先などでばったり会えば久々の再会に話は弾むが、それで終わりだ。

 全員が家庭を持っていることもあり、一緒に遊んだり、酒を飲んだりすることはなかった。


 倒産した会社の先輩や後輩も、似たようなものだ。

 倒産後の一か月ほどは連絡を取り合っていたが、次第にそれも減り、最近ではハローワークでしか顔を合わせていない。


 もちろん、彼女などという素敵な存在もいない。

 いや、居ないというより、そもそも過去にも居たことがない。いわゆる、年齢イコール彼女いない歴である。



「武田様のお気持ち……。よく分かります。

 剃髪の儀はありませんが、私も神職の道を進むと決めたとき、不安を抱えていましたから」



 現代に未練があるとすれば、三つだ。


 一つは、飼っていた熱帯魚たちの餌やりと、水槽の管理。


 一つは、両親が残してくれた一軒家で一人暮らしだったせいで、エロでアダルティーな品々が茶の間に堂々と放置されたままになっていること。


 一つは、これから武田晴信の影武者として生きていく以上、両親からもらった本当の名前を二度と名乗れないし、名乗ってはならないということ。


 だからこそ、この剃髪は、その三つの未練を断ち切るためのケジメだ。

 マルハゲになることで、俺は現代の自分を捨て、この戦国の世に生きる者として生まれ変わるのだ。



「ふぉっふぉっふぉっ! 何事も最初の一歩は、誰だってそうなのですぞ」



 仏門に入るのだから神社では駄目かと思いきや、偶然にもお坊さんが逗留していた。

 さらに、その和尚さんは甲斐の歴史ある恵林寺の方で、善光寺参りの途中、武田家と長尾家が合戦の真っ最中だと聞き、この生島足島神社で足止めを食らっていた。


 少し心苦しくなる情報だ。

 和尚さんは朗らかに笑っているが、カミソリを砥石で研ぐ『ショリショリ』という音が妙に怖い。



「ええ、進めば迷いも晴れます。道とは、進んで初めて作られるものです」



 その隣、生島足島神社の神主さんもニコニコと笑っているが、俺は知っている。

 仏門の入門儀式のために神社の一室を借りたいと申し出たとき、とても面白くなさそうな顔をしていたのを。


 当然と言えば、当然だ。

 今は神仏習合の時代とはいえ、生島足島神社は神社としての格が非常に高い。

 仏教の儀式を行うなんて、三ツ星フレンチの席で蕎麦屋の出前を頼むようなものだ。面白いはずがない。


 だが、地獄の沙汰も金次第。

 武田信繁が懐から取り出した、寄進という名の大金が神主さんの不満を飲み込ませていた。



「うーーーん……。深いっ! さすがは、和尚殿と神主殿だ!

 おかげで、最後の覚悟は決まった! バッサリとやっちゃってくれ!」



 それに、儀式の場として神楽殿を貸してくれるという大盤振る舞いまで付いてきた。

 神社巡りで御朱印を集める趣味を持つ俺としては、本来なら飛び上がって喜ぶところだが、とても微妙な気持ちだった。




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