第10話 未来を知る代償
「兄上を喪った今、武田は……。どうなってしまうのだ? 教えてくれ」
武田信繁は縋るように、山本勘助は探るように。
二つの視線が同時に俺へと突き刺さり、まるで射抜かれたかのように全身の肌が粟立った。
心臓は痛いほどに跳ね上がり、胸の奥で早鐘を打ち始める。
「では……。最初に一つ、おかしな話をさせていただきます。
私の知っている歴史では、武田晴信様がお亡くなりになるのは、今よりもずっと先のことです」
「……んっ!?」
「そして、それは……。
先ほど申し上げた第四次川中島の戦いで、信繁様と山本様が討ち死にされる、その後の出来事として記されています」
もしかしたら、自分を守るための代価として、二人から遠慮を取り払わせてしまったのかもしれない。
この空気はあまりにも旗色が悪い。
竦みそうになる心を無理やり奮い立たせ、武田家の未来を語る前に、まず二人自身の未来を口にして、もう一度だけ間を置くことにした。
「な、何っ!?」
まさか、自分の死をはっきり告げられるとは思っていなかったのだろう。
武田信繁と山本勘助は、同時に勢いよく腰を浮かせて膝立ちになり、目を限界まで見開いたまま動きを止めた。
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「にわかには信じられん。
だが、しかし……。城を海津に築き、景虎をそこへ惹きつけ、本陣は茶臼山に布陣。
そして……。景虎の軍勢を東西から挟撃するという策は、儂が考えていた策と見事に一致している」
目論見どおり、武田信繁と山本勘助の二人は見事に食い付いてきた。
第四次川中島の戦いについて、戦の経緯も含めて俺が知る限りを順に語っていくと、武田信繁は腕を組んだまま真剣に聞き入った。
時に身を乗り出しては相槌を打ち、まるで母親に昔話をせがむ子どものように目を輝かせていた。
「ただ、この策は今回の戦いには間に合わなかった……。
信繁様、殿からこの策について、何か聞き及んでおられますかな?」
だが、山本勘助は違う。
話の途中から、勘助の目は驚愕に大きく見開かれたまま。
終わりに近づく頃には、身体を微かに震わせながら、顔色を紙のように真っ青へと変えていた。
その理由を疑問に思っていたが、今の言葉を聞いてようやく腑に落ちた。
胸の内に秘めていた将来の作戦を、まるで見てきたかのように次々と言い当てられては、驚きを通り越して恐ろしくもなる。
まして、第五次まで数えられる川中島の戦いの中で、第四次だけは武田信玄が開戦当初から積極的に決戦を仕掛けた唯一の戦いである。
他の四度は決戦を避けて兵を退いた事実を思えば、この時の信玄がどれほど大きな勝算を抱いていたかは推して知れる。
「いや、知らん。初めて聞いた」
即ち、武田信玄の自信は、その作戦を立案した山本勘助自身の自信でもある。
その策が試す前から破綻すると知らされてしまったのだ。
その衝撃たるや、計り知れないものがあったに違いない。
「……でしょうな。
この策は秘中の秘……。景虎に知られては、城を築くどころではありません」
「敵を欺くにはまず味方から……。
この策を知るのは、殿と儂の二人のみ。景虎の留守を狙い、海津に城を築く算段でございましたから」
これで、俺の言葉の信憑性はぐんと増した。
武田信繁と山本勘助の二人が泡を食っている今こそ、まさに攻め時だ。
立ち直る暇を与えてはならない。
「さて、本題の、武田家の行く末に関してですが……。」
「お、おう……。」
「……う、うむ」
俺は半ば強引に二人の会話に割り込み、勝利を確信する。
慌てて俺へ戻ってきた二人の視線には、先ほどまであった鋭さは消え、動揺の上に動揺を重ねた、恐れの色だけが見て取れた。
心臓は張り裂けそうだ。
それでも、今は躊躇している場合じゃない。
遠慮は無用。やるしかないのだ。
膝に置いた両手に力を込め、全身の震えを押し殺す。
「ずばり……。武田家は、庶家を残して滅びますっ!」
これは俺の今後すべてを賭けた、逃げ場のない渾身の一撃。
その想いごと叩きつけるように、言葉を放った。




