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ブライト・ブリング・ガル

作者: 日暮
掲載日:2026/01/31

日暮と申します。

久しぶりに短編小説を書きました。

学校の文芸部設立五十周年記念誌掲載予定です。

1988年、冷戦終結の直前に極東の国で数奇な事件が起きた。歴史の陰に埋もれ、現在真実を知る人間はこの世にただ一人。

 この物語は、とある少年の手記を参考にして書かれた大衆娯楽のフィクションである。





 少年は浜を走っていた。時折柔らかい砂に足を取られて重心が傾く。散髪する機会を失ったのか、だらしなく伸びた髪が潮風に靡き少年の顔を隠す。見ることは叶わないが、きっと少年は悲痛な顔をしていたことだろう。

 少年は嫌気がさしていた。家族のことであったり、学校の先生のことであったり、はたまた自分自身のことであったり。少年は消えたいと願って走り続けた。希死念慮などという仰々しいものではない。少年はそれを自覚していた。そしてそんな想いが時間と共に風化し、思い出の一つとして棚に整理されてしまうことも知っていた。それがただ、辛かった。

 走って走って走って、疲れて歩いて走って、自分が今どこにいるかも分からなくなった頃、少年は我に帰った。

 本来砂浜に、いやこの世に存在するはずもない異質な塊を見たからだ。

 それは、鷗だった。無論ただの鷗ではない。いや、そもそも鷗がいること自体おかしいのだ。鷗は冬鳥であり、春から秋にかけては日本に生息しない。生憎今は夏である。だが、少年が驚いたのはその程度の理由ではない。

 鷗が、光っていたのだ。

「はぁ?」

 呆然とし、思わず素っ頓狂な声が口から漏れる。

「おい…小僧、俺を扶けろ…!」

 しかも喋った‼︎

 発光し、しかも人語を巧みに操る鷗なんて前代未聞どころじゃない。

 鷗をよく観察すると、翼が折れて血が滲んでいる。全身が発光していた所為で、気づくのが遅れたのだ。

 呆気に取られていると、鷗が呻き声をあげた。

 翼を怪我しているだけで命に別状はなさそうだが見捨てておくのも忍びないので、着ていたシャツを裂いて包帯代わりにして添え木を巻きつけてやった。



「助かった……恩に着る」

「ねえ、アンタ一体何なんだい。身体は光るわ、人間語を理解するだけでなく喋るだなんて、そんな鷗いるわけがない」

「あーそれはな、俺は元々人間だったからだ」


 ……は?

 そんな訳あるか、子どもだからと少し舐められているようだ。そうでなければニンゲンの身体を鷗に造り替えたブラック・ジャックも驚きの外科医がいることになる。いや、ブラック・ジャックだって人間を鳥にする手術していたこともあったな。

「いや、不可能ではない。幾万もの動物との適合検査を行い、適合した動物に脳と声帯を移植すれば良いのだ」

「そんなこと現代の技術で可能な訳ない」

「表社会の、技術ならな」

「だとしても鷗の頭にニンゲン様の大きい脳味噌を入れられるはずがない」

 鷗の脳の大きさなど知らないが精々マシュマロ程度じゃないだろうか。

「可能さ、不要な部分を切除すればね。例えば、感情を司る部位や痛みを感じる部位など。それらを切り落とし、考えること以外の全てを失えば不可能じゃない」

 いや、今の話に一つ嘘があった。

「ダウト、痛みならさっき呻いていたじゃん」

「ああでもしないとお前が去ってしまうような気がしてな」

 そんな無情なことする訳……ない、こともないが。

 いや、ということはまさか本当に……先刻、包帯を巻いてやった時に接触したため立体映像のセンもない。



 彼(?)に色々と話を聞いた。

 元々いた国は某社会主義国家。鷗が夏に生息する場所でもある。

 本来被験隊として正当に志願した国家の諜報員なのだが、地獄と喩えることすらも烏滸がましい猟奇的な実験の数々に耐えかねて逃げ出したそうだ。

「生憎その頃には既に鷗の身体になっていたがな」

 と彼は言った。実験施設にいた研究者らは鏖にしたそうだ。

「これで新たな被害者が出ることはない、研究結果は闇に葬られた」

 と言っていたが殺すはどうなのだろうか。正直鷗がニンゲンを鏖殺する現場など全く想像できないが。自分では善悪の区別はついていると思っていたがいざ殺人犯と顔を合わせてみると実感が湧かない、いやそれ以上に彼を悪人として認識することが僕にはできなかった。


「そういえばアンタ、名前は?」

「名前、か……もう忘れたな。小僧、お前がつけてくれ」

「忘れるなんてことある?……じゃあ鴻鵠はどう?」

「鴻鵠……燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、か」

「へえ、アンタ意外と学があるんだね、鷗の癖に」

 何で知っているんだよ、赤い国なら赤い国でも祖国が中国なら知っていてもおかしくないがソビエトの(元)ニンゲンが知っているだなんて。まあ日本語を話しているのだし今更と言えば今更だが。

 ふぅと息を吐いて、また吸って、ふと思ったことを聞いてみた。

「鷗は……アンタは鴻鵠か燕雀かどっちだい?」

「さあな、それもお前が決めろ」


 その後、僕の名前も聞かれた。別に不貞腐れた訳ではないが教えてやらなかった。鴻鵠が言ったように「アンタが決めてよ」と言ってみたら、僕は燕雀と呼ばれることになった。


 実際に鷗を鴻鵠か燕雀かのどちらかに分類するとしたらどちらになるのだろうか。僕の主観からすると僅かに鴻鵠側に軍配が上がるが、そこまで大きいとも言えない。



「ところで燕雀、言いづらいのだが……お前ソビエトに追われることになるぞ」

 情報を持っていようと持っていなかろうと俺と接触した時点でソビエトは燕雀を狙うだろう。悪ければ処刑……。

「そうなんだ」

 この小僧、どうしてこんなに淡白な反応をしているのだ。現状をわかっているのか?

「燕雀、なんでそんなに落ち着いていられるのだ。二度と家族に会えなくなる可能性だってあるんだぞ?」

「何だか最近全部がどうでもいいんだよ。まあこーちゃんに出会えたのは滅多にない貴重な経験だと思うし面白いけど」

「こーちゃん……」

(自分でつけた名前を呼ぶの面倒臭くなっている……)

 にしてもその歳で達観し過ぎている。少し怖いくらいだ。

(まあいい。常に冷静でいるのは操りづらいが喚き散らかさないだけで及第点だ。囮とするには申し分無い)

 鷗はいざとなれば少年を捨ててでも自分が生き延びる魂胆だった。善悪だとか倫理主義だとかその程度の感情は疾うに無くなっていた。それを突き動かすのは感情を失って尚働く唯の生存本能、それ以上でも以下でも無い。

 鷗は、もう永く無い。鷗の身体と人間の脳と声帯、それらの拒否反応が少しずつ意識を蝕むのだ。それを理解った上での選択だ。

 だが、生存本能と論理的思考しか持ち合わせないこの脳は年端もゆかぬ少年を犠牲にするという選択が最善だと思う、否思うことしかできないことがほんの少し……

(哀しいとすら感じられないんだよな。じゃあ心臓を渦巻くこの違和感は何なんだ……?)



 逃避行を始めて二日目。

 燕雀と鴻鵠は浜辺に腰掛けて菓子パンを頬張っていた。

「そろそろ親御さんも心配しているんじゃ無いか?」

 一日帰らなかったら燕雀の家庭は今頃大騒ぎだろう。

「いや、大丈夫だと思うよ。家出過去最長記録一週間だから」

 最近の、いや日本の子どもってみんなこんなに逞しいのか?

 訝しんでいると、笑って菓子パンをちぎって分けてくれた。

「そういえば金はどれくらいあるのだ?」

「二千円とちょっとだね。節約すれば一週間くらいは持つよ」

 

 腹ごしらえをした後、情報収集のために家電屋のテレビでニュースを見た。

 そこのテレビに映っていたのは、光る鳥とそれを抱える少年の映像。間違いなく燕雀と鴻鵠だ。

 今、鴻鵠は光が漏れないように新聞紙でぐるぐる巻き(空気穴確保済み)にしてビニール袋に入れている。それを実行したのは昨日の夜だ。

 だから昨日の朝から昼にかけての何処かの時間で映像を抑えられたのだろう。

『専門家はこの映像がフェイクである可能性は限りなく低いとし、その上で五千万円の懸賞金をかけるとのことです。次のニュースです……』


「(まずい、こーちゃん逃げるよ!)」

 懸賞金が五千万もかけられているなら相当な数の追手が来るだろう。おおかたあのニュース映像もリークだ。目撃者の情報を収集すればいくらでも僕らの素性は割り出せる。


(不味いな……もし小僧が気づいてしまったら)

 今、燕雀は非常に危険な状態である。ソビエトと民衆の両方に狙われている。だが安全に逃げ切る道もある。

 何らかの犯罪を犯してわざと国に自分の身を売るのだ。そうすれば鴻鵠を研究者に預けて、前科がつくだけで命が助かる。少年院までは流石にソビエトも手を出せない。


「んー別荘暮らしも悪くないかなあ」

 間の抜けた声で燕雀が言った。

(別荘……ムショの隠語か)

 相変わらず無駄に聡明すぎる餓鬼だ。さて、どうする……嘗てソビエトの研究者らにしたようにこの餓鬼も殺すか?否、唯一の協力者を失うのは痛すぎる。それに俺は光っている所為で目立つ。光を隠してくれる協力者がいなければ射干玉の闇の中、一夜を明かすことなく民衆に捕まるだろう。

(どうすれば……)

「流石に友達を売るのはやめておこう」

(友達……そうか。こいつは、燕雀は俺のことを友達だと思っているのか。益々操り易い)

 鴻鵠は一貫して心を持たない怪物だった。



 その時、周りから声が聞こえてきた。

「なあおい、あの子ども……あのニュースに映ってた奴に似てないか?」

 それを聞くや否や、燕雀は走り出した。

 路地裏に逃げ込んで無造作にゴミが積み重ねられていたところに潜ってやり過ごすことに成功したようだ。

(相変わらず頭の回転が早い)

「(顔写真を押さえられた、かなりヤバい)」

 ゴミを漁って見つけたキャップを被った。


 突如、上から若い女の声が聞こえた。

「Я нашел это」

 銃を構えてこちらを狙っている。

「逃げろ小僧!」

 

 息一つ切らさずに走って追いかけてくる女から逃げながら鴻鵠に聞いた。

「誰だよあいつ……!」

「ソビエトのエージェントだ。そして俺の元同僚、あの女は不味い。エージェントの中でもトップクラスの仕事成功率を収めるヤツだ」

 

それから二十分ほど走り続けて気がついたら人っこ一人いない磯に追い込まれていた。

「Капитуляция」

「何言ってるかわかんねえよ、日本来たなら日本語喋れ!」

「ソウ、降伏シロト言ッタノヨ」

 辿々しい日本語で女が言った。

「降伏?面白い冗談じゃねえか、どうせ俺も燕雀も生かす気無いんだろ?」

「Заткнись, если не умрешь」

 何を言っているかはわからないが、いつの間にか僕の肩に乗っていた鴻鵠の羽を撃ち抜いた。

「あの天才エージェント様が弾外すなんて珍しいじゃないか。羽撃たれても黒字ってもんだぜ」

「Если ты умрешь, ты не сможешь получить информацию」

「そうか、そんなに情報が欲しいならくれてやるよ、但しお前じゃねえ。あばよ」

 そう言って鴻鵠の体を中心として小爆発が起きた。

 そのおかげで爆発に紛れて僕は逃げることができた。

「鴻鵠っ!」

 奇跡的に鴻鵠の下半身は無事だった。

「自爆装置はエージェントの嗜みだ」

 軽口を叩ける余裕など本来はないはずなのに、痛みも苦しみも感じない身体の所為で……。

「俺はもう永くない。だからお前に情報を託す」

 そう言って鷗の体を取り巻いていた光が一つに集約され、一枚の羽根の形を成した。

「これは情報の塊だ。この情報を持っているだけでたとえソビエトに捕まっても吐くまで殺されやしない」

燕雀がそれに触れると羽根は弾け、光の粒が燕雀の身体に吸い込まれた。

全てを知った。鴻鵠の人生、ニンゲンの脳を動物に移植する方法。

(ああ、何でだろうな。感情なんて手術で失ったはずなのに一人の餓鬼に情が湧いて……)

「なあ、燕雀。最期に教えてくれ。お前の本当の名前は……?」

 燕雀はそっと目を伏せ、言った。

鳳皇おおとり すめら

「そうか、お前の方が……よっぽど鴻鵠じゃあ……ないか……逃げ延びて、生きろよ」

 そして鴻鵠は動かなくなった。もう、唯の有機物。

「自分だけ名前聞いて、狡いよ……」

 鴻鵠の本当の名前は、渡された情報のお陰で知っている。だが……

「君の口から聞かないと、意味ないじゃないか」




 青年は愉しげに鼻唄を歌っていた。

 だが、その空間に鼻唄は似合わない。何故なら青年は拷問を受けていたからだ。

「ねえおっさん、僕そろそろ死んじゃうよ。情報聞き出せなくなるよ、お腹空いたなぁ」

 無言で栄養剤が注射される。

「僕たまにはハンバーグとか食べたいんだけど」

 いつだったかの友人、彼が残した最期の記憶。それを易々と渡してたまるかという魂胆で幾度もの拷問を耐え続け、今の今まで生き延びてきた。

 すめらは彼の言葉だけを支柱に精神を保っていた。

 爪を剥がされること十二回、腕を折られること四回、鉛玉を身体にぶち込まれること二回、その他暴力数知れず。


(あいつは最期に『逃げろ』と言った。君がそれを望むなら……僕はそれに従うだけだ)

 ずっと逃げる手筈を整えてきた。そして時は満ちた。



 元少年の青年は走り出した。

 逃げた先が、たとえ荊棘の道であったとしても彼の友人が逃走を望む限り、彼はその荊棘のすらも素手で掻き分け前に進み続ける。

陸風を背に受け、射干玉の闇の中を独り、走っていた。



〈了〉

いかがでしたか?

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今異世界転生系の長編を書いています。書き溜めが出来たら投稿を始めます。

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