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他人模倣  作者: 悠羽
6/10

第五話 不器用を選ぶ

正解を外した翌日、

 世界は、何も変わっていなかった。


 出社時間も、

 同僚の挨拶も、

 コーヒーの味も。


 拍子抜けするほど、

 いつも通りだった。



 それが、

 少しだけ、

 怖かった。


 昨日のあれは、

 本当に起きたことだったのか。


 ただの気の迷いだったんじゃないか。



 午前中の仕事は、

 驚くほど集中できなかった。


 指は動く。

 作業も進む。


 でも、

 頭のどこかが、

 ずっと揺れている。



 昼休み、

 同僚と並んで歩きながら、

 会話に相槌を打つ。


 いつものタイミング。

 いつもの笑い方。


 体が、

 勝手に動く。



 ——戻れる。


 そう思った。


 昨日のことを、

 なかったことにして。


 また、

 正解を演じればいい。



 そのほうが、

 楽だ。


 傷つかない。

 迷わない。


 誰にも、

 変だと思われない。



 でも、

 心が、

 ついてこなかった。



「さっきの件、

 どう思う?」


 突然、

 話を振られる。



 まただ。


 頭の中で、

 正解を探す。


 無難な意見。

 誰かが言いそうな言葉。



 でも、

 口に出る直前で、

 止まった。



「……正直に言うと」


 声が、

 少しだけ震える。


「まだ、

 よく分からないです」



 一瞬、

 空気が止まる。


 昨日よりも、

 短い沈黙。



「そうなんだ」


 同僚は、

 特に気にした様子もなく、

 話を続けた。



 拍子抜けするほど、

 簡単だった。



 完璧じゃなくても、

 世界は止まらない。


 分からなくても、

 人は怒らない。



 それなのに、

 胸の奥が、

 妙にざわつく。


 安心と、

 不安が、

 同時にある。



 帰り道、

 考える。


 僕は、

 不器用を選びたいのか。


 それとも、

 ただ、

 模倣に疲れただけなのか。



 答えは、

 まだ出ない。



 夜、

 部屋で一人、

 テレビをつける。


 バラエティ番組。


 誰かが、

 噛み噛みで話している。


 失敗して、

 笑われている。



 前なら、

 目を逸らしていた。


 今は、

 なぜか、

 見ていられた。



 不器用な人は、

 格好悪い。


 でも。


 ああやって、

 そこにいる。



 誰の真似でもなく。



 その夜、

 布団の中で思った。


 完璧な人間より、

 不器用な人間のほうが、

 ずっと、

 人間らしい。



 まだ、

 うまくできない。


 まだ、

 怖い。



 それでも。


 もう、

 完全な模倣には、

 戻れない。



 それだけは、

 はっきりしていた。


第六話:真似出来ない感情

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