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他人模倣  作者: 悠羽
5/10

第四話 正解を外す

その日は、

 失敗するつもりなんて、

 少しもなかった。


 いつも通り出社して、

 いつも通り挨拶して、

 いつも通り仕事をする。


 模倣は、

 まだ使えるはずだった。



 午後、

 小さな打ち合わせが入った。


 人数は少ない。

 空気も重くない。


 失敗する要素は、

 どこにもない。



「じゃあ、

 この件について、

 何か意見ある人いる?」


 上司の問いかけ。


 今度こそ、

 言えると思った。



 頭の中には、

 ちゃんと“正解”があった。


 無難で、

 角が立たなくて、

 評価も下がらない意見。


 今までなら、

 迷わず口にしていた。



 でも。


 口が、

 開かなかった。



 代わりに、

 別の言葉が浮かぶ。


 整理されていない。

 根拠も弱い。

 感情が、混じっている。


 言えば、

 空気が変わる。



 胸の奥が、

 少しだけ、

 ざわついた。


 怖さと、

 なぜか、

 小さな期待。



「……個人的には」


 声が、

 思っていたより低く出た。


 それだけで、

 少し驚く。



「今のやり方、

 少しだけ、

 やりづらい気がします」


 言い終わってから、

 心臓が跳ねた。


 こんな言い方、

 したことがない。



 一瞬、

 沈黙が落ちる。


 長くはない。


 でも、

 今までの人生で、

 一番長く感じた。



「……どういう意味?」


 上司が聞く。


 責める口調じゃない。

 ただの確認。



 頭の中が、

 一気に白くなる。


 上手く説明できない。


 言葉が、

 整わない。



「……うまく、

 言えないんですけど」


 それでも、

 続けた。


「やっていて、

 少しだけ、

 違和感があって」



 会議室の空気が、

 ほんの少し、

 変わった。


 誰かが、

 視線を動かす。


 誰かが、

 息を吸う。



 正解を外した。


 それだけは、

 はっきり分かった。



 でも。


 怒られなかった。

 笑われもしなかった。



「……なるほどね」


 上司が、

 ゆっくり頷く。


「じゃあ、

 もう少し考えてみようか」



 会議は、

 そのまま進んだ。


 僕の意見は、

 採用されたわけでも、

 否定されたわけでもない。



 ただ、

 “存在した”。



 席に戻ってから、

 手が、少し震えていることに気づく。


 失敗したのに。

 正解じゃなかったのに。



 なぜか、

 胸の奥が、

 軽かった。



 完璧じゃなかった。


 上手くもなかった。


 それでも、

 確かに、

 自分の言葉だった。



 その夜、

 帰り道で思う。


 模倣をやめたわけじゃない。


 ただ、

 一度だけ、

 外れただけだ。



 それなのに。


 世界の見え方が、

 少しだけ、

 変わった気がした。



 不器用だった。


 でも。


 間違えたはずなのに、

 初めて、

 ちゃんと立っている感じがした。


第五話:不器用を選ぶ

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