表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他人模倣  作者: 悠羽
4/10

第三話 模倣が通用しなくなる

その日は、

 特別な出来事があったわけじゃない。


 会議も、

 予定通りに始まって、

 予定通りに進んでいた。



 資料は揃っている。

 想定される質問も、

 頭の中で整理してある。


 いつも通りだ。


 いつも通り、

 “問題のない自分”でいればいい。



「じゃあ、

 最後に聞きたいんだけど」


 上司が、

 こちらを見る。


「君は、どう思う?」



 一瞬、

 頭の中が静かになった。


 嫌な沈黙じゃない。

 慌ててもいない。


 ただ、

 何も浮かばなかった。



 正解は、分かる。


 この場で無難な意見。

 評価を落とさない言葉。

 誰も反対しない結論。


 いくつも候補はある。



 でも、

 それを口に出す理由が、

 見つからなかった。



 数秒。


 たったそれだけの沈黙。


 周囲は、

 特に気にしていない。


 誰かが、

 代わりに話し始める。



 会議は、

 何事もなかったように続いた。


 僕だけが、

 置いていかれた。



 席に戻りながら、

 胸の奥に、

 小さな違和感が残る。


 失敗したわけじゃない。

 怒られたわけでもない。



 それでも。


 模倣が、

 少しだけ遅れた。



 昼休み、

 一人で弁当を食べながら考える。


 さっき、

 なぜ何も言えなかったのか。


 体調が悪い?

 寝不足?


 理由を探しても、

 どれも、

 しっくりこない。



 ふと、

 思ってしまう。


 もし、

 あの場で意見を求められたのが、

 他の誰かだったら。


 あの人なら、

 どんな言い方をしただろう。



 無意識に、

 誰かの顔を思い浮かべている。


 それに気づいて、

 少しだけ、

 怖くなった。



 帰り道。


 駅のホームで、

 人の流れを眺める。


 皆、

 それぞれの顔をしている。


 迷っている人も、

 疲れている人も、

 楽しそうな人もいる。



 その中で、

 自分の表情が、

 分からなくなった。



 ちゃんと、

 自分の顔で立っているはずなのに。


 どこか、

 借り物みたいだった。



 その夜、

 家に帰ってから、

 何もしたくなかった。


 動画も、

 音楽も、

 いつもは選べるのに。



 選ぶ理由が、

 分からない。



 楽しいかどうか。

 好きかどうか。


 その判断を、

 誰かに委ねてきたことに、

 今さら気づいた。



 模倣は、

 完璧だった。


 だからこそ、

 脆かった。



 うまくいっている間は、

 疑う必要がない。


 でも、

 一度、

 自分の感情を求められた瞬間。


 模倣は、

 何も答えてくれなかった。



 布団に入り、

 天井を見つめながら思う。


 このままでも、

 生きてはいける。


 でも。


 このままじゃ、

 自分には、

 なれない。



 不器用な誰かが、

 間違えながら話していた。


 あのとき、

 なぜか、

 目を逸らせなかった。



 たぶん。


 僕はもう、

 気づいてしまったのだと思う。


 完璧な模倣よりも、

 不器用な一歩のほうが、

 人間らしいということに。


第四話:正解を外す

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ