第二話 正解の演じ方
模倣は、役に立った。
それが一番、
厄介なところだった。
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社会に出てからの僕は、
驚くほど順調だった。
遅刻もしない。
反抗もしない。
余計なことを言わない。
上司の話を、
少しだけ大げさに頷いて聞く。
同僚の愚痴には、
否定も肯定もせずに相槌を打つ。
その場に必要な感情を、
必要な分だけ出す。
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「君は、
安心して任せられるよ」
そう言われるたびに、
胸の奥が、
少しだけ軽くなる。
子どもの頃と、
同じだった。
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飲み会では、
盛り上げ役の真似をした。
無理に中心に行かない。
でも、
完全に黙りもしない。
場の空気が沈みそうになったら、
誰かの話を拾って、
少しだけ笑いに変える。
それで十分だった。
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恋人がいた時期もある。
優しい人だった。
少なくとも、
そう振る舞っていれば、
関係は続いた。
相手が望む言葉を考え、
不安にならない距離を測る。
ケンカになりそうなときは、
先に謝る。
正解だった。
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「一緒にいて、
楽だね」
そう言われた。
それは、
褒め言葉だったはずだ。
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でも、
一人になったとき、
何も残らなかった。
楽しかったのか。
好きだったのか。
自分の感情を確認しようとすると、
頭の中が、
静かになる。
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違和感は、
小さかった。
生活に支障はない。
困ることもない。
だから、
気づかないふりができた。
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模倣は、
努力じゃなくなっていた。
考えなくても、
体が動く。
言葉が出る。
失敗しない。
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それは、
“うまく生きている”
という評価に、
よく似ていた。
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ただ、
ある日、
ふと気づいた。
自分の意見を聞かれたとき、
少しだけ、
時間が止まることに。
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「君は、どう思う?」
そう聞かれて、
頭の中を探す。
誰かの言葉。
無難な答え。
正解っぽい意見。
でも、
それしか出てこない。
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自分が、
どう思っているのか。
それが、
見つからない。
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沈黙は、
ほんの数秒だった。
でも、
その間、
胸の奥が、
妙にざわついた。
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完璧だったはずの模倣に、
小さな遅延が生まれた。
まだ、
壊れてはいない。
でも、
確かに、
引っかかりは残った。
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その夜、
帰り道で思った。
このままでも、
生きてはいける。
きっと、
問題なく。
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それでも。
不器用な誰かが、
間違えながら生きている姿を、
ほんの少しだけ、
羨ましいと思ってしまった。
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それが、
最初のズレだった。
第三話:模倣が通用しなくなる




