第一話 模倣の始まり
最初に覚えたのは、
「正解の顔」だった。
喜ぶべきときの表情。
黙っていたほうがいいときの目線。
大人が安心する声の高さ。
それは誰かに教えられたわけじゃない。
空気を読んで、
少しずつ身につけただけだ。
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子どもの頃の僕は、
特別な子ではなかった。
足が速いわけでも、
頭が抜けているわけでもない。
ただ、
怒られない子だった。
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「いい子だね」
その言葉をもらうたびに、
胸の奥が、
少しだけ軽くなる気がした。
だから、
その“いい子”を続けた。
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クラスに一人はいる、
声が大きくて、
中心にいる子。
僕は、
その子の笑い方を覚えた。
発言のタイミング。
冗談の種類。
先生の前では、
一歩引く感じ。
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別のクラスには、
静かで、
成績がいい子がいた。
その子のノートの取り方。
質問の仕方。
褒められたときの、
控えめな反応。
全部、
使えそうだと思った。
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使えそう、という言葉は、
冷たいかもしれない。
でも、
当時の僕にとっては、
生き延びるための感覚だった。
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自分の意見を言って、
浮くよりも。
感情を出して、
嫌われるよりも。
正解をなぞったほうが、
ずっと安全だった。
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気づけば、
自分の中に、
たくさんの型ができていた。
家用の自分。
学校用の自分。
大人の前の自分。
どれも、
ちゃんと動く。
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ただ、
ひとつだけ分からなかった。
どれが、
本当の自分なのか。
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でも、
その疑問は、
必要なかった。
正解を出せているうちは、
問題にならない。
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中学に上がる頃には、
僕はもう、
考えなくなっていた。
どう感じるか、ではなく。
どう振る舞うか。
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選択肢は、
いつも誰かの後ろにあった。
親が安心する進路。
先生が勧める選択。
周囲が納得する答え。
それを選ぶことに、
抵抗はなかった。
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選んでいないのに、
選んだ気になれる。
それは、
とても便利だった。
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模倣は、
やがて、
癖になった。
考えなくても、
体が動く。
言葉が出る。
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そして、
いつの間にか、
模倣は、
自分そのものになっていた。
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だから僕は、
まだ知らなかった。
自分の人生を、
誰の真似でもなく
選ぶということを。
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それが、
どれほど怖いことなのかを。
第二話:正解を演じ続けた日常




