10
「今井さん!!」
教室に入った瞬間、優斗が駆け寄ってきた。抱きつく勢いだ。
「出たんだよ! 昨日マジで出た! 幽霊! 俺、殺されかけたんだけどさ。でも今井さんのお守りのおかげで助かって……!」
機関銃みたいに喋る優斗に、クラスメイトの視線が一斉に集まる。
「ちょっと、優斗くん。ここじゃまずいわ。後で、二人きりの時に――」
昨夜の件で咲子は憔悴していた。それでも、優斗と二人きりになれる機会を逃したくなかった。
「そんな場合じゃないって。 一限目サボってさ、空き教室行こうぜ。いい場所知ってるから。早く聞いてもらいたいし」
「……わかったわ」
授業をサボる。
好きな男の子と一緒に。
昨夜の恐怖を一瞬忘れ、咲子の頬は熱を帯びた。
背後で、鋭い視線が突き刺さっていることにも気づかずに。
「ここが、その場所?」
「そう。俺の秘密の場所。誰も来ないし、ギターの練習に丁度いいんだ」
二人が入ったのは、三階の隅にある使われていない教室だった。
数年前から立ち入り禁止になっているその教室は、生徒たちの間で「開かずの間」と呼ばれている。
「でも、ここ鍵かかってたはずじゃ……」
「新任の若い女の先生いるだろ? ちょっと仲良くなってさ。職員室に隠してある鍵、借りてきてもらった」
得意げに、優斗は鍵を掲げる。
「……さすがね」
人の心に入り込むのが上手い。
咲子は内心、溜息をついた。
「それでさ、昨日の話なんだけど――」
椅子に腰掛けた優斗が、昨夜の出来事を詳しく語り始める。
女の声。白い手。お守りを見せた途端に消えたこと。
「マジで助かったよ。今井さん、本物だな。霊能力。感謝しかない」
「……そう」
咲子の顔から、血の気が引いていく。
優斗の語る内容と、昨夜自分の身に起きたこと。
偶然で片づけるには、重なりすぎている。
ガタン。
突然、壁にかかっていた時計が床に落ちた。
「あーあ。ここ何年も使ってないから、ガタガタしてんだよな」
軽く笑う優斗とは対照的に、咲子は時計を拾い上げて凍りついた。
裏に――お札。
「……なに、これ」
「どうした?」
机。椅子。掲示物。壁。
咲子は教室中を見回した。
すべての裏に、同じ札が貼られている。
「優斗くん! 今すぐここを出て!」
「は? なんで――」
「いいから!!」
咲子は優斗の腕を掴み、ドアへ引きずる。
――開かない。
「そんなわけねぇだろ」
優斗が力任せに押すが、びくともしない。
腐ったような臭いが漂い、空気が一気に冷えた。
その時。
「どうして」
教室の中央に、制服姿の女学生が立っていた。
白い手足。汚れた胸元。
長い黒髪が垂れ、顔は見えない。
「ひっ……」
「ああああああああ!!」
優斗の悲鳴が響く。
「今井さん! なんとかしろよ! 霊能力者だろ!」
ドアを叩いても、無駄だった。
「どうして……」
少女の声。
優斗が聞いた声。
咲子が聞いた声。
「どうして、ずっと、まっていたのに」
少女は、ゆらりと近づいてくる。
白い手が伸び――
「貴女はいない」
鋭い声が割り込んだ。
ドアが勢いよく開く。
「貴女はいない。もうこの世にいない。誰にも見られない。誰にも認められない」
飛び込んできたのは、あけみだった。
「忘れられた存在なのよ」
少女は悲鳴を上げ、自分の髪を掻き毟る。
やがて、霧のように消えた。
静寂。
床にへたり込む咲子と優斗。
「話を聞かせて。まずは貴女から」
あけみの視線が、咲子を射抜いた。




