2
「最初に気づいたのは足音だった」
ドアを閉め切った教室で、二人は一つの机を挟んで向かい合った。優斗が話し始める。
「通学の時も、帰り道も、朝も夜も関係なく……とにかく一人になった時、俺の足音に重なるように、ヒタヒタって足音が聞こえるんだ。足を止めると音はしない。振り返っても誰もいない。最初はマジでストーカーかと思った」
優斗は、少女漫画から抜け出たような美貌とスタイルで、校内ではちょっとした有名人だ。メンズ雑誌の読者モデルもしている。つけ回す人間がいても不思議ではない。
「でも、そのうち他の人といる時でも足音がするようになってさ。さりげなく一緒にいる奴らに聞いても、誰も『足音なんてしない』って言う」
咲子は、憂いを含んだ優斗の切れ長の瞳を見つめた。長い睫毛の影が落ちる頬。整った唇から流れ出る声。
「俺、頭おかしくなったのかな。病院行った方がいいのかなって思ってた矢先――」
優斗は傍に置いた鞄を引き寄せ、無造作にティッシュに包まれた何かを取り出した。
それを机の上にそっと広げる。
「……髪が」
黒髪が一房、はらりと落ちた。胸まで伸びる、艶のある長い髪。咲子の髪と同じくらいの長さだ。
「ある日またヒタヒタって足音につけられてさ。家に着いたら、いつの間にか右手が何かを強く握ってた。意識してなかったから、なんだろうと思って手を開いたら――これ」
咲子と優斗はしばらく無言で、机の上の髪を見つめた。
優斗は細い眉をひそめ、苛立たしげに指で机をトントン叩く。
咲子は考える。これは、いったいどのパターンだろう、と。
「なあ」
かすれた声で優斗が咲子を呼んだ。
「今井さんなら何かわかるんだろ。っていうか、もう何か見えてるんじゃないの? 幽霊とかさ。霊能力あるって本当なんだろ?」
普段は咲子など視界にも入れない瞳が、今は縋るような光を帯びている。
派手な女子に囲まれていることの多い手が、咲子の肩に置かれた。
耳元で囁かれ、咲子はぴくりと肩を揺らす。焦りを必死に押し込み、ひどくゆっくり口角を上げた。
「……そうね」
偽りの時間が始まった。




