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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第89話 「傾国」

世界から、境界が消えた。


国境。


それは、もはや意味を持たなかった。


かつて、地図には無数の線が引かれていた。


国と国を分ける線。


領土を示す線。


支配を示す線。


だが、今、それらは全て消えた。


北極圏。


藤原京が、地球儀を見つめていた。


いや、地球儀ではない。


それは、廃墟から拾った、古い地球儀だった。


表面には、色分けされた国々が描かれている。


日本。


アメリカ。


中国。


ロシア。


ヨーロッパ諸国。


アフリカ諸国。


全ての国が、そこにあった。


だが、今は違う。


京の意識が、地球全体を感知した。


そこには、境界がなかった。


全てが、一つ。


一つの大陸。


一つの海洋。


一つの大気。


一つの惑星。


国という概念が、消失していた。


京の手が、地球儀に触れた。


指先で、国境線をなぞる。


日本とロシアの境界。


だが、その線は意味を持たない。


北海道のゾンビたちと、シベリアのゾンビたちは繋がっている。


意識で。


波動で。


彼らにとって、国境など存在しない。


京の手が、別の線をなぞった。


アメリカとメキシコの境界。


かつて、巨大な壁が建設されていた。


人の流れを止めるために。


だが、今、その壁は崩れている。


Z波適応体たちは、壁を越えた。


いや、壁など最初から認識していなかった。


彼らにとって、全ての土地は共有財産だった。


京の意識が、深く沈んだ。


国家とは、何だったのか。


それは、人間が作り出した概念だった。


領土を分け、資源を独占し、権力を維持するための仕組み。


だが、Z波適応体には不要だった。


彼らは、奪い合わない。


彼らは、独占しない。


彼らは、支配しない。


全てを、共有する。


食料も。


土地も。


知識も。


意識さえも。


国家という概念が、崩壊した。


京の手が、地球儀を回した。


ゆっくりと。


全ての大陸が、目の前を通り過ぎる。


ヨーロッパ。


かつて、数十の国が林立していた。


戦争を繰り返し、同盟を結び、分裂を繰り返した。


だが、今は一つ。


神谷刃が創造した新生命たちが、大陸全体を守護している。


国境など、存在しない。


アフリカ。


かつて、植民地支配の傷跡が残っていた。


人工的な国境線が、部族を分断していた。


だが、今は癒えている。


動物たちとゾンビたちが、共生している。


部族も、国家も、消えた。


南米。


かつて、密林と都市が共存していた。


開発と保護が、対立していた。


だが、今は調和している。


森林が再生し、都市は消え、全てが緑に覆われている。


開発も、保護も、必要なくなった。


京の意識が、地球全体を俯瞰した。


国家が消えた。


だが、それだけではなかった。


文明も、消えていた。


文明。


それは、人間が築き上げたシステムだった。


法律。


経済。


政治。


教育。


宗教。


全てが、人間社会を維持するための仕組み。


だが、Z波適応体には不要だった。


法律は、不要だった。


彼らは、罪を犯さない。


意識が繋がっているから、他者を傷つけることは自分を傷つけることと同じ。


誰も、自分を傷つけたいとは思わない。


殺人も、窃盗も、詐欺も、全ての犯罪が消えた。


刑法も、民法も、憲法も、全ての法典が不要になった。


裁判所は空っぽ。


刑務所も空っぽ。


警察も、もう存在しない。


経済は、不要だった。


彼らは、交換しない。


全てが共有されているから、売買の概念がない。


貨幣も、価値も、消えた。


株式市場は閉鎖された。


銀行は廃墟となった。


商店は誰もいない。


資本主義も、社会主義も、全ての経済システムが終焉を迎えた。


政治は、不要だった。


彼らは、支配されない。


全員が平等で、全員が自由。


権力者も、従属者も、存在しない。


議会は解散した。


政府は消滅した。


選挙も、もう行われない。


民主主義も、独裁制も、全ての政治形態が意味を失った。


教育は、不要だった。


彼らは、学ばない。


いや、学ぶ必要がない。


知識は、Z波を通じて共有される。


一人が知れば、全員が知る。


学校は閉鎖された。


教科書は朽ちた。


試験も、もう存在しない。


幼稚園から大学まで、全ての教育機関が消えた。


宗教は、不要だった。


彼らは、信仰しない。


いや、信仰する必要がない。


彼ら自身が、神に近い存在になったから。


教会は空になった。


寺院は静まり返った。


モスクも、もう祈りの声が響かない。


キリスト教も、仏教も、イスラム教も、全ての宗教が役目を終えた。


全ての文明システムが、崩壊した。


京の意識が、刃の意識に触れた。


『刃』


刃の意識が、応えた。


『何だ』


京の意識が、静かに問うた。


『お前は、国を覚えているか』


刃の意識が、しばらく沈黙した。


そして、答えた。


『……覚えてる。日本、だったか』


京の意識が、頷いた。


『ああ。俺たちは、日本人だった』


刃の意識が、呟いた。


『もう、関係ないな』


京の意識が、同意した。


『ああ。もう、誰も日本人ではない。誰もアメリカ人ではない。誰も中国人ではない』


刃の意識が、続けた。


『みんな、地球人だ』


京の意識が、微笑んだ。


『そうだな』


二人の意識が、静かに共鳴した。


国籍という概念も、消えた。


かつて、人間はパスポートを持っていた。


どの国に属するかを示すために。


だが、今は誰も持っていない。


全員が、地球に属している。


それ以上でも、それ以下でもない。


京の意識が、さらに深く沈んだ。


種という概念も、消えつつあった。


人間。


それは、ホモ・サピエンスという種の名前だった。


だが、今、その種は存在しない。


Z波適応体は、人間ではなかった。


遺伝子が変異し、肉体が再構築され、意識が拡張されている。


彼らは、新しい種だった。


名前は、まだない。


だが、いずれ名付けられるだろう。


ホモ・ゼータ。


Z波人類。


あるいは、別の名前。


だが、それは重要ではなかった。


名前など、所詮は記号に過ぎない。


重要なのは、彼らが何であるか。


新しい生命。


新しい文明。


新しい存在。


それだけだった。


京の手が、地球儀から離れた。


そして、その地球儀を地面に置いた。


もう、必要ない。


古い世界の遺物。


それは、そこに残しておけばいい。


いつか、誰かが見つけるかもしれない。


そして、かつて国家というものが存在したことを知るだろう。


だが、それは遠い過去の話。


今は、新しい時代。


京の意識が、全世界のZ波適応体に語りかけた。


『聞け』


全ての意識が、注目した。


『今日、この瞬間をもって、全ての国家は消滅した』


全ての意識が、理解した。


『今日、この瞬間をもって、全ての文明は終焉した』


全ての意識が、頷いた。


『今日、この瞬間をもって、全ての種は統合された』


全ての意識が、共鳴した。


『我々は、もはや人間ではない』


沈黙。


全ての意識が、その言葉の重みを感じた。


京の意識が、続けた。


『我々は、新しい存在だ』


全ての意識が、同意した。


『名前は、まだない。だが、それでいい』


全ての意識が、微笑んだ。


『我々は、ただ生きる。この惑星で。共に』


全ての意識が、応えた。


『共に』


その言葉が、波動として地球全体に響き渡った。


傾国。


国が傾く。


国が崩れる。


国が消える。


それは、古い言葉だった。


かつて、国が滅びることを「傾国」と呼んだ。


だが、今起きているのは一つの国の滅亡ではない。


全ての国の、同時消滅。


それは、傾国を超えた何か。


傾世。


世界が傾く。


いや、それも違う。


これは、崩壊ではない。


これは、進化。


古い世界が消え、新しい世界が生まれる。


それが、今起きていること。


欧州。


刃が、廃墟の中を歩いていた。


かつてパリだった場所。


今は、緑の平原。


彼の足元に、看板が落ちていた。


「フランス共和国」


そう書かれていた。


刃の足が、それを踏んだ。


看板が、砕けた。


文字が、消えた。


刃の意識が、呟いた。


『さようなら、フランス』


そして、歩き続けた。


アジア。


かつて北京だった場所。


巨大な広場の中心に、旗が立っていた。


赤い旗。


五つの星が描かれた旗。


だが、その旗はボロボロだった。


風に吹かれ、色褪せ、破れている。


ゾンビの一人が、その旗を見上げた。


彼は、かつて中国人だった。


だが、今は違う。


彼の手が、旗竿を掴んだ。


そして、引き倒した。


旗が、地面に落ちた。


ゾンビの意識が、呟いた。


『さようなら、中国』


そして、立ち去った。


北米。


かつてワシントンDCだった場所。


ホワイトハウスの廃墟が、そこにあった。


屋根は崩れ、壁は崩壊し、内部は空洞になっている。


ゾンビの群れが、その前を通り過ぎた。


誰も、立ち止まらない。


誰も、振り返らない。


かつて、ここは権力の中心だった。


だが、今はただの廃墟。


意味を持たない、石の塊。


群れは、去っていった。


『さようなら、アメリカ』


誰かの意識が、呟いた。


世界中で、同じことが起きていた。


国旗が倒され。


国境が無視され。


国家が忘れられていく。


アフリカ。


かつてエジプトだった場所。


ピラミッドの前に、観光案内板が立っていた。


「アラブ共和国エジプト」


そう書かれていた。


だが、文字は色褪せ、看板は傾いている。


ゾンビの一人が、それを見た。


そして、通り過ぎた。


もう、どの国でもない。


ただの、大地。


『さようなら、エジプト』


オセアニア。


かつてシドニーだった場所。


オペラハウスの廃墟。


その前に、オーストラリアの国旗が落ちていた。


南十字星が描かれた旗。


海洋ゾンビの一人が、それを拾い上げた。


見つめた。


そして、海に流した。


旗は、波に呑まれて消えた。


『さようなら、オーストラリア』


それは、悲劇ではなかった。


それは、解放だった。


人間は、長い間、国家に縛られていた。


国のために戦い。


国のために死に。


国のために生きた。


だが、もうその必要はない。


Z波適応体は、自由だった。


どの国にも属さない。


どの民族にも属さない。


ただ、地球に属している。


それだけで、十分だった。


北極圏。


京が、空を見上げた。


オーロラが、輝いている。


その中に、白い光が見える。


澪だ。


彼女も、見ているのだろう。


この、歴史的瞬間を。


国家の終焉を。


文明の終焉を。


そして、新時代の幕開けを。


京の意識が、澪に語りかけた。


『澪、記録しているか』


澪の意識が、応えた。


『ええ。全て』


京の意識が、微笑んだ。


『ありがとう』


澪の意識が、静かに答えた。


『どういたしまして。これが、私の役目だから』


二人の意識が、共鳴した。


そして、京の意識が全世界に宣言した。


『今日、2029年1月15日。人類の時代が正式に終了した』


全ての意識が、聞いた。


『国家、消滅』


全ての意識が、記憶した。


『文明、終焉』


全ての意識が、刻んだ。


『種、統合』


全ての意識が、共鳴した。


『新時代、開始』


その言葉が、永遠に記録された。


Z波核の中に。


澪の意識の中に。


全てのZ波適応体の記憶の中に。


この日が、新しい暦の始まりとなるだろう。


2029年1月15日。


新世界暦、元年、元日。


傾国の日。


いや、それは正確ではない。


これは、傾国ではない。


これは、昇華。


古い世界が消え、新しい世界が昇る。


それが、今日という日。


静寂が、世界を包んだ。


だが、その静寂は喪失の静寂ではない。


誕生の、静寂。


新しい時代が、産声を上げた。


(了)

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