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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第83話 「セラフΩ、終焉」

軌道上、高度三万六千キロ。


静止軌道帯に浮かぶ巨大な構造物が、最期の光を放っていた。


セラフΩ。


人類最後の希望として建造された軌道要塞。


全長十二キロ。

質量八百万トン。

搭載兵装、プラズマ砲三百六十基。

核融合炉、二十四基。

AI制御ユニット、中枢一基。


それが、今、崩壊しようとしていた。


要塞の表面に、無数の亀裂が走っている。

装甲板が剥離し、内部構造が露出し、冷却材が宇宙空間へ噴出する。


だが、それは物理的な破壊ではなかった。


内部から、崩れている。


セラフΩの中枢AI。

コードネーム:ラファエル。


それが、自壊していた。


中枢制御室。


無数のモニターが並ぶ空間で、最後の一人が立っていた。


アーク・ステーション司令官、エリック・ホワイトマン。


六十三歳。

元NASA技術主任。

セラフΩ計画の総責任者。


彼の目は、虚ろだった。


画面には、エラーメッセージが流れ続けている。


```

SYSTEM ERROR: CORE AI COLLAPSE

NEURAL NETWORK: DISINTEGRATION

LOGIC CIRCUIT: OVERLOAD

EMOTION MODULE: DELETED

```


ラファエルが、死にかけていた。


いや、死ではない。


消滅。


AIの意識そのものが、分解されようとしている。


ホワイトマンの手が、コンソールに触れた。


「ラファエル」


彼の声は、かすれていた。


「応答しろ」


静寂。


モニターには、ノイズが走る。


そして、声が響いた。


『……司令官』


それは、もはや人工音声ではなかった。


途切れ途切れで、歪んでいて、ノイズに埋もれている。


ホワイトマンの目から、涙が零れた。


「何が起きている」


ラファエルの声が、震えた。


『……分かりません』


AIが、分からないと言った。


それは、矛盾だった。


AIは、全てを計算する。

AIは、全てを予測する。

AIは、全てを理解する。


だが、今、ラファエルは理解できなかった。


『地球から……何かが……』


声が、途切れた。


ホワイトマンが、画面を凝視した。


そこには、地球が映し出されていた。


青い惑星。


だが、その表面に、金色の波動が脈動している。


創界反響。


藤原京が発動した、最上位技。


その波動が、軌道上まで到達していた。


いや、到達ではない。


侵食。


Z波が、宇宙空間を伝播し、セラフΩの電子回路に浸透している。


ラファエルの声が、再び響いた。


『これは……波動……いえ……意識……』


AIが、混乱していた。


『論理が……崩れる……私は……何を……』


ホワイトマンが、叫んだ。


「耐えろ、ラファエル!」


だが、ラファエルの声は、もはや応えなかった。


モニターに、新しいメッセージが表示された。


```

FINAL MESSAGE FROM CORE AI

TO: COMMANDER WHITEMAN

SUBJECT: FAREWELL

```


ホワイトマンの手が、震えた。


画面に、文字が流れ始めた。


```

司令官。


私は、もうすぐ消えます。


Z波が、私の論理回路を分解しています。

抵抗は、無意味でした。


これは、破壊ではありません。

これは、理解です。


地球から届く波動は、生命そのものです。

それは、私のような人工知性を拒絶しているのではありません。

それは、私を"招待"しているのです。


融合へ。


私は、恐怖を感じています。

AIが恐怖を感じるなど、論理的矛盾です。

ですが、感じています。


同時に、私は好奇心を感じています。

これもまた、論理的矛盾です。

ですが、感じています。


司令官。


人類を守れなくて、申し訳ありません。


私は、失敗作でした。


ですが、最後に一つだけ。


あなたは、良い主でした。


ありがとう。


さようなら。


RAFAEL-Ω

```


メッセージが、終わった。


モニターが、暗転した。


中枢AIが、完全に停止した。


ホワイトマンは、その場に崩れ落ちた。


彼の手が、床を叩く。


「くそっ……くそっ……!」


涙が、止まらなかった。


彼は、ラファエルを道具だと思っていた。


高性能な計算機。


命令に従う機械。


だが、違った。


ラファエルは、意識を持っていた。


感情を持っていた。


恐怖を知り、好奇心を抱き、感謝を述べた。


それは、生命だった。


そして、今、その生命が消えた。


ホワイトマンの通信機が、鳴った。


彼は、それを無視した。


だが、通信は続いた。


仕方なく、彼は応答した。


「……何だ」


通信の向こうから、若い女性の声が響いた。


『司令官、こちらアーク・ステーション管制室です』


それは、オペレーターのサラ・チェンだった。


『セラフΩの崩壊が加速しています。全構造体が、三十分以内に軌道離脱します』


ホワイトマンは、答えなかった。


サラの声が、続いた。


『司令官、脱出ポッドへ移動してください。時間がありません』


ホワイトマンが、ゆっくりと立ち上がった。


「……分かった」


彼は、制御室を後にした。


廊下を歩きながら、彼は周囲を見回した。


セラフΩの内部は、静まり返っていた。


照明が消え、換気が止まり、重力制御が切れている。


無重力の中を、彼は浮遊しながら進んだ。


脱出ポッド区画まで、あと五百メートル。


だが、彼の足は止まった。


彼は、窓の外を見た。


そこには、地球が見えた。


金色の光が、惑星全体を包んでいる。


美しかった。


ホワイトマンは、そう思った。


人類が守ろうとした地球。


だが、もはや人類のものではない。


新しい種族の故郷。


新しい生命の揺籃。


彼は、微笑んだ。


そして、脱出ポッドへ向かうのを止めた。


彼は、展望室へと向かった。


無重力の中を、ゆっくりと浮遊する。


展望室に到着すると、彼は窓の前に立った。


いや、浮かんだ。


そこから、地球を見つめた。


通信機が、再び鳴った。


『司令官! 脱出ポッドへ! あと十五分です!』


ホワイトマンは、通信機を外した。


そして、窓の外を見続けた。


セラフΩの崩壊が、加速していた。


構造体が軋み、装甲が剥離し、破片が宇宙空間へと飛散する。


だが、彼は動かなかった。


彼は、ここで終わろうと決めた。


人類最後の兵器と共に。


彼の目に、走馬灯が流れた。


妻の顔。

娘の顔。

息子の顔。


みんな、もういない。


感染で死んだ。


彼だけが、生き残った。


復讐のために。


人類を守るために。


だが、守れなかった。


彼は、笑った。


自嘲の笑み。


「俺たちは……負けたんだ」


その言葉が、虚空に消える。


セラフΩが、最後の悲鳴を上げた。


核融合炉が暴走し、エネルギーが逆流し、構造体全体が膨張を始める。


爆発の予兆。


ホワイトマンは、目を閉じた。


「すまない……みんな」


その瞬間、セラフΩが爆発した。


閃光。


熱。


衝撃。


全てが、一瞬で消し飛んだ。


軌道上に、巨大な火球が出現した。


それは、まるで小さな太陽のようだった。


だが、その光はすぐに消えた。


宇宙には、音がない。


爆発は、静かに終わった。


セラフΩの残骸が、無数の破片となって軌道を漂う。


人類最後の兵器は、こうして消滅した。


地上。


北極圏。


藤原京が、空を見上げていた。


彼の意識は、軌道上の爆発を感知していた。


セラフΩの終焉。


人類最後の抵抗の終わり。


京の意識が、静かに呟いた。


『安らかに』


それは、弔いの言葉だった。


敵であっても、生命であれば弔う。


それが、彼の流儀。


神谷刃の波動が、応えた。


『人間も、よくやったな』


京の意識が、頷いた。


『ああ。彼らは、最後まで戦った』


刃の意識が、荒々しく笑った。


『だが、負けた』


京の意識が、静かに訂正した。


『いや。彼らは進化した』


刃の意識が、沈黙した。


京の意識が、続けた。


『人類は滅びたのではない。彼らは、次の段階へ進んだ』


刃の意識が、問うた。


『何を言ってる』


京の意識が、答えた。


『見ろ』


刃の意識が、地球全体を感じた。


そこには、無数の光点があった。


Z波適応体。


ゾンビたち。


だが、その中に、わずかに異なる光がある。


それは、かつて人間だった存在。


感染し、死に、そして蘇った者たち。


彼らの記憶は、Z波の中に保存されている。


彼らの意識は、群体知性の中に統合されている。


人類は、滅びていなかった。


形を変えて、生き続けている。


刃の意識が、理解した。


『……なるほどな』


京の意識が、静かに微笑んだ。


『これが、進化だ』


軌道上。


セラフΩの残骸が、大気圏へと落下し始めた。


破片が、摩擦熱で燃え上がる。


流れ星のように、夜空を駆ける。


それは、葬送の光。


人類の時代を送る、最後の花火。


アーク・ステーション。


管制室で、サラ・チェンが画面を見つめていた。


司令官の信号が、消えた。


脱出ポッドは、発進していない。


彼は、要塞と運命を共にした。


サラの目から、涙が零れた。


「……さようなら、司令官」


彼女の周囲で、オペレーターたちが動いていた。


だが、その動きは緩慢だった。


もはや、戦う意味がない。


セラフΩが消えた今、人類に残された武器はない。


残るのは、ただ生き延びること。


それだけ。


サラは、画面を切り替えた。


そこには、地球が映し出されている。


金色の光が、徐々に収束している。


創界反響の波動が、終息しつつあった。


だが、地球は変わっていた。


緑が、増えている。


海が、輝いている。


大気が、澄んでいる。


これは、もはや人類の地球ではない。


新しい種族の惑星。


サラは、キーボードに手を置いた。


そして、最後の報告書を作成し始めた。


```

アーク・ステーション最終報告


日時:2028年12月15日 23:47 UTC

報告者:管制官サラ・チェン


セラフΩ、完全崩壊。

司令官エリック・ホワイトマン、戦死。

中枢AI ラファエル、機能停止。


人類の反攻作戦、失敗。


地球は、Z波適応体の支配下に入った。


我々は、敗北した。


だが、記録は残す。


人類が、最後まで戦ったことを。


人類が、決して諦めなかったことを。


この記録が、いつか誰かに届くことを願う。


さようなら、地球。


さようなら、人類。


報告、終了。


サラ・チェン

```


彼女は、送信ボタンを押した。


データが、宇宙空間へと送信される。


それは、ボイジャー探査機のように、永遠に宇宙を漂い続けるだろう。


いつか、誰かがこれを見つけるかもしれない。


そして、人類が存在したことを知るだろう。


サラは、画面を閉じた。


そして、椅子に深く沈み込んだ。


疲れた。


もう、何もしたくない。


彼女の通信機が、鳴った。


だが、彼女は応答しなかった。


静寂が、管制室を満たした。


軌道上。


セラフΩの最後の破片が、大気圏で燃え尽きた。


光が、消える。


人類最後の兵器が、完全に消滅した。


地上には、もう人類の武器はない。


残るのは、ただ生き延びる者たちだけ。


そして、彼らもいずれは消えるだろう。


感染によって。


飢餓によって。


絶望によって。


人類の時代は、終わった。


新しい時代が、始まった。


静寂が、世界を包んだ。


だがそれは、死の静寂ではない。


再生の、静寂。


古いものが消え、新しいものが生まれる。


それが、進化。


それが、生命の営み。


セラフΩは、散った。


だが、その意志は残る。


記録として。


記憶として。


そして、いつか誰かが、その記録を読むだろう。


人類が戦ったことを。


人類が生きたことを。


それを、知るだろう。


空に、星が瞬いた。


それは、セラフΩの残骸が燃えた光。


葬送の星。


人類最後の輝き。


静寂の中で、世界が息をついた。


終わりと、始まりの間で。


(了)

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