表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/92

第72話 「赤王衝断」

 ベルリン。


 ドイツ。


 かつて、三百五十万人が暮らしていた都市。


 今は、要塞。


 時刻、午後二時。


 欧州連合軍最後の防衛線。


 それが、ここにあった。


 戦車、三千両。


 装甲車、五千両。


 兵士、十万人。


 ミサイルランチャー、五百基。


 人類最後の、軍事力。


 彼らは、待っていた。


 東から、来る者を。


 紅の、群れを。


 午後二時三十分。


 地平線が、紅く染まった。


 紅い波。


 それが、近づいてくる。


 速い。


 時速六十キロメートル。


 神谷刃の群れ。


 紅層。


 数億体のゾンビ。


 彼らは、走っていた。


 整列していない。


 荒々しい。


 だが、止まらない。


 前線司令官、ミュラー大佐。


 五十代の男性。


 白髪混じりの髪。


 疲れた顔。


 彼は、双眼鏡で前方を見ていた。


 紅い波。


 それが、どんどん近づいてくる。


「距離、十キロメートル」


 オペレーターが報告する。


 ミュラーは、通信機を取った。


「全軍に告ぐ」


 彼の声が、響く。


「これが、最後の戦いだ」


「人類の尊厳をかけて」


「撃て」


 その瞬間、ミサイルが発射された。


 ヒュウウウウウウ。


 五百発。


 それが、空を切る。


 白い尾を引いて。


 紅い波へ。


 十秒後。


 着弾。


 ドドドドドドドド。


 爆発。


 炎。


 衝撃波。


 マグニチュード、四・五。


 地面が、震える。


 建物が、揺れる。


 煙が、立ち上る。


 黒い煙。


 それが、空を覆う。


 ミュラーは、双眼鏡で確認した。


 煙の中。


 何も見えない。


 だが、数秒後。


 煙が、晴れた。


 紅い波は、止まっていなかった。


 走り続けている。


 変わらない速度で。


 ミサイル攻撃。


 効果、なし。


「再装填」


 ミュラーが叫ぶ。


「第二射、用意」


「待ってください」


 オペレーターが叫ぶ。


「群れの中心に、何かいます」


 ミュラーは、双眼鏡のズームを最大にした。


 紅い波の中心。


 そこに、一つの影。


 人型。


 だが、人間ではない。


 体長、二・五メートル。


 筋肉が、異常に発達している。


 まるで、彫刻のように。


 体は、紅く染まっている。


 血のように。


 目は、紅い。


 光っている。


 これが、覚醒体。


 神谷刃。


 Z-02。


 破壊の鬼神。


 彼は、走っていた。


 全速力で。


 時速二百キロメートル。


 周囲の紅層ゾンビたちが、必死で追いかけている。


 だが、追いつけない。


 刃は、単独で突進している。


 ミュラーは、息を呑んだ。


「あれが……Z-02か」


 彼は、データで知っていた。


 Z-02。


 神谷刃。


 欧州を制圧した、覚醒体。


 彼一体で、都市を壊滅させた。


 軍隊を、殲滅した。


 文明を、破壊した。


 今、その刃が。


 ベルリンへ向かっている。


「距離、五キロメートル」


 オペレーターが報告する。


「戦車隊、射撃開始」


 ミュラーが命令する。


 その瞬間、三千両の戦車が一斉射撃した。


 ドドドドドドドド。


 砲弾。


 それが、刃へ向かう。


 時速千キロメートル。


 音速を超えている。


 だが、刃は避けなかった。


 ただ、走り続ける。


 砲弾が、刃に到達した。


 その瞬間、刃が右腕を振った。


 横薙ぎ。


 何もない空間を。


 ただ、振った。


 その瞬間、空気が裂けた。


 いや、空間が裂けた。


 紅い斬撃。


 それが、砲弾に衝突した。


 ガキイイイイイイン。


 金属音。


 そして、砲弾が弾かれた。


 すべて。


 三千発すべて。


 一振りで。


 ミュラーは、言葉を失った。


「あれが……覚醒体……」


 刃は、止まらない。


 走り続ける。


 距離、三キロメートル。


 二キロメートル。


 一キロメートル。


「機銃掃射」


 ミュラーが叫ぶ。


 装甲車五千両が、一斉射撃した。


 ダダダダダダダダ。


 弾丸。


 毎分千発。


 五百万発の弾丸が、刃へ向かう。


 だが、刃は止まらない。


 弾丸が、刃の体に当たる。


 ガガガガガガガ。


 金属音。


 だが、刃の体は傷つかない。


 皮膚が、硬化している。


 ダイヤモンド並みの硬度。


 弾丸が、弾かれる。


 刃は、前線に到達した。


 距離、ゼロ。


 彼は、飛んだ。


 跳躍。


 高度、五十メートル。


 そして、地面に着地した。


 戦車隊の、真ん中に。


 ドオオオオオオン。


 衝撃波が、広がる。


 マグニチュード、三・〇。


 周囲の戦車が、吹き飛ぶ。


 十両。


 二十両。


 刃は、立ち上がった。


 そして、咆哮した。


 ガアアアアアアアアア。


 その声が、戦場を震わせる。


 音圧、百三十デシベル。


 兵士たちの鼓膜が、破れる。


 刃は、右腕を振り上げた。


 ゆっくりと。


 天に向けて。


 その瞬間、周囲の空気が変わった。


 温度が、上がる。


 摂氏五十度。


 百度。


 二百度。


 刃の体から、紅い波動が放射される。


 それが、空気を電離させている。


 プラズマ化。


 刃の右腕が、光り始めた。


 紅い光。


 いや、白に近い紅。


 まるで、太陽のように。


 そして、刃が叫んだ。


 ガアアアアアアアアア。


 その瞬間、技が発動した。


 《赤王衝断クレムゾン・インパクト


 過程技。


 刃の、本能が形になった力。


 紅い波動が、爆発した。


 半径一キロメートル。


 いや、二キロメートル。


 すべてを、飲み込む。


 温度が、急上昇する。


 摂氏三百度。


 五百度。


 千度。


 空気が、燃える。


 酸素が、プラズマになる。


 戦車が、溶ける。


 装甲が、液化する。


 鉄の融点、摂氏千五百度。


 だが、一瞬で到達する。


 戦車の中の兵士。


 彼らは、悲鳴を上げる暇もなかった。


 一瞬で、炭化。


 いや、蒸発。


 有機物が、気化する。


 摂氏五百度で。


 装甲車も、溶ける。


 ミサイルランチャーも、爆発する。


 弾薬庫が、誘爆する。


 ドドドドドドドド。


 連鎖爆発。


 それが、戦場全体に広がる。


 地面が、ガラス化する。


 砂が、溶けて。


 固まって。


 黒いガラスになる。


 これが、赤王衝断。


 破壊と熱の、化身。


 刃は、右腕を下ろした。


 周囲は、沈黙していた。


 戦車三千両。


 装甲車五千両。


 兵士十万人。


 すべてが、消えた。


 残っているのは、黒いガラスの大地。


 そして、煙。


 地獄。


 それが、広がった。


 ミュラーは、司令部から見ていた。


 双眼鏡で。


 前線が、消えた。


 一瞬で。


 戦車三千両。


 装甲車五千両。


 兵士十万人。


 すべてが、消えた。


「撤退だ」


 ミュラーが叫ぶ。


「全軍、撤退」


 だが、遅かった。


 刃は、動いていた。


 速い。


 時速三百キロメートル。


 音速に、近い。


 彼は、司令部へ向かっている。


 距離、五キロメートル。


 到達時間、一分。


 ミュラーは、拳銃を抜いた。


 震える手で。


「来るぞ……」


 三十秒後。


 刃が、司令部に到達した。


 建物の前。


 コンクリートの壁。


 厚さ、二メートル。


 刃は、止まらない。


 そのまま、突進した。


 ドオオオオオオン。


 壁が、砕けた。


 粉々に。


 刃は、司令部の中に入った。


 瓦礫を踏みしめて。


 ガリガリガリ。


 ミュラーと、対峙する。


 距離、十メートル。


 ミュラーは、拳銃を構えた。


 震える手で。


 両手で握っても、震える。


 刃を狙う。


 照準を、合わせる。


 だが、引き金を引けなかった。


 刃の目。


 紅い目。


 それが、ミュラーを見ている。


 いや、見ていない。


 見ているが、認識していない。


 まるで、風景を見るように。


 まるで、石を見るように。


 殺意ではない。


 憎悪でもない。


 怒りでもない。


 何もない。


 ただの、虚無。


 ミュラーは、理解した。


 刃は、殺しに来たのではない。


 ただ、通り過ぎるだけ。


 人間など、もう眼中にない。


 障害ですらない。


 ただの、風景。


 存在しないも同然。


 それが、一番恐ろしかった。


 殺されるのではなく。


 無視される。


 人類が、存在として認識されていない。


 ミュラーの手から、拳銃が落ちた。


 ガシャン。


 金属音。


 刃は、ミュラーの横を通り過ぎた。


 何もせずに。


 触れもせずに。


 ただ、歩いて。


 そして、建物を出た。


 北へ。


 ミュラーは、その場に立ち尽くしていた。


 全身から、力が抜ける。


 膝が、震える。


 そして、座り込んだ。


 紅層の群れが、後に続く。


 ベルリンは、崩壊していた。


 前線は、壊滅。


 防衛網は、突破された。


 人類最後の軍事力。


 それが、一体の覚醒体によって無力化された。


 ミュラーは、その場に座り込んだ。


 拳銃を、落とす。


「終わった……」


 彼の声が、かすれる。


 窓の外では、紅い波が進んでいく。


 北へ。


 止まらない。


 アーク・ステーション。


 中央管制室。


 マリアが、モニターを凝視していた。


 画面には、ベルリンからのデータ。


 いや、データは途絶えている。


 これは、最後の通信記録。


「欧州防衛線、突破されました」


 マリアの声が震える。


 クラウスが、椅子に深く座り込んでいる。


「戦力は?」


「壊滅です」


 マリアが答える。


「戦車三千両、全滅」


「装甲車五千両、全滅」


「兵士十万人、死亡または行方不明」


「一体で……」


「はい」


 マリアが頷く。


「神谷刃、Z-02が単独で突破しました」


 画面に、データが表示される。


 【Z-02戦闘記録】

 交戦時間:15分

 移動速度:最大300km/h

 攻撃範囲:半径1km

 温度上昇:+500℃

 人的損失:100,000名

 物的損失:全装備


 クラウスは、何も言えなかった。


 十五分。


 たった十五分で。


 人類最後の軍事力が、消えた。


 澪の声が、通信機から聞こえてくる。


『これが、覚醒体です』


 彼女の声は、静かだった。


『個体として、完成しています』


『もはや、人類の兵器では対処できません』


「では……我々は」


『見ているしかありません』


 澪が答える。


 画面に、新しいデータが表示される。


 【紅層進軍状況】

 現在位置:ドイツ北部

 目的地:北極圏

 到達予定:72時間後

 

 【予測】

 欧州残存都市:すべて紅層の通過地点に

 生存確率:0%


 マリアが、椅子に座り込んだ。


「欧州も……終わります」


 クラウスは、窓の外を見た。


 北極の空。


 蒼い光が、微かに見える。


 Z波核。


 それが、すべてを呼んでいる。


 黒層。


 紅層。


 緑層。


 青層。


 白層。


 すべてが、北極へ向かっている。


 収束が、近い。


 ベルリン。


 廃墟。


 建物は崩壊し、道路は溶け、すべてが焼け跡。


 その中を、一人の男が歩いていた。


 ミュラー。


 彼は、よろめきながら歩いている。


 拳銃を、握ったまま。


 だが、撃つ相手は、もういない。


 刃は、もう去った。


 紅層も、通り過ぎた。


 ミュラーは、立ち止まった。


 そして、空を見上げた。


 北の空。


 蒼い光が、見える。


 あそこへ。


 すべてが向かっている。


 ミュラーは、拳銃を地面に落とした。


 ガシャン。


 金属音が、響く。


 そして、彼は座り込んだ。


 力が、抜けた。


 何もかもが、終わった。


 風が、吹く。


 温かい風。


 焼け跡から、煙が立ち上る。


 黒い煙。


 それが、空に溶ける。


 静寂。


 ベルリンの戦いは、終わった。


 人類の敗北。


 いや、人類の終焉。


 もう、戦う相手すらいない。


 ただ、通り過ぎるだけ。


 人類を、見向きもせずに。


 アーク・ステーション。


 展望台。


 澪は、タブレットに記録していた。


 『2028年11月21日、午後2時45分。

 欧州防衛線、崩壊。

 

 神谷刃(Z-02)が単独で突破。

 人的損失:10万名。

 交戦時間:15分。

 

 これは、もはや戦争ではない。

 一方的な、通過。

 

 覚醒体にとって、人類は障害ですらない。

 ただの、風景。

 

 紅の鬼神は、北へ向かう。

 その背中に、人類の時代が消える。』


 澪は、タブレットを閉じた。


 そして、北を向いた。


 蒼い光。


 それが、脈動している。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 地球の心臓。


 新しい生命の、心臓。


 それが、すべてを呼んでいる。


 静寂。


 そして、衝断は刻まれる。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ