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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第1部「黎明《れいめい》」

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第5話「沈黙する村」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

 村が、燃えていた。


 家々から立ち上る炎。それが、昼間の空を赤く染めている。煙が、黒い柱となって空に昇っていく。風が吹くたびに、炎が揺れる。メラメラと、木材が燃える音。バチバチと、何かがはじける音。


 地面には、倒れた人々がいた。


 動かない人々。血まみれの人々。もう、息をしていない人々。道端に、家の前に、田んぼの脇に。あちこちに、散らばっている。


 血の臭いが、村全体をおおっていた。


 甘く、鉄の臭い。それに混じって、煙の臭い。焦げた木の臭い。全てが混ざり合って、吐き気をもよおすような臭い。


 京は、その中を歩いていた。


 群れの一部として。ふらふらと、ぎこちなく。足が、血の溜まりを踏む。ピチャ、ピチャ。その音が、静かな村に響く。周りには、他のゾンビたちがいる。何十人も。いや、何百人も。全員、うめき声を上げながら歩いている。


 「ウゥ……アァ……」


 それが、村に響く唯一の「人間の声」だった。


 いや、もう人間の声じゃない。


 化け物の声だ。


 京の心は、叫んでいた。


 これは、夢だ。


 悪い夢だ。


 こんなことが、現実なわけがない。


 でも——


 地面に染み込んだ血は、本物だ。


 燃え上がる家の熱は、本物だ。


 空に立ち上る煙は、本物だ。


 全てが、現実だ。


 京の目に、見覚えのある家が映った。


 隣の山本さんの家。いつもニコニコしていた山本さん。夏には、スイカをくれた。冬には、餅をついて、分けてくれた。


 その家が、今——炎に包まれている。


 窓から火が吹き出している。屋根が崩れている。もう、誰も住めない。山本さんは——どこにいる? 生きているのか? それとも——


 京の視界の端に、動く影が見えた。


 山本さんだった。


 ゾンビになった山本さん。血まみれで、服はボロボロで、片腕がない。それでも、歩いている。ふらふらと。うめき声を上げながら。


 京の心が、崩れた。


 山本さん。


 優しかった山本さん。


 いつも笑顔だった山本さん。


 それが——


 遠くから、声が聞こえた。


 人間の声。


 「助けて! 誰か!」


 女性の声。まだ、生きている人がいる。まだ、人間がいる。


 京の体が、その声に反応した。首が動く。声の方向を向く。群れ全体が、その声に引き寄せられるように動き始める。


-----


 村の中心、神社じんじゃの前に、車が停まっていた。


 軽トラック。荷台には、数人の村人が乗っている。男性が二人、女性が三人。全員、恐怖で顔がゆがんでいる。泥だらけ、血だらけで、息を切らしている。


 運転席には、村で一番若い男性——大学生の高橋がいた。彼は、ハンドルを握りしめている。手が震えている。汗が額を伝っている。


 「早く! 早く乗れ!」


 高橋が叫ぶ。荷台の村人たちが、周りを警戒している。ゾンビの群れが、じわじわと近づいてくる。あちこちから。ゆっくりと、でも確実に。


 「もう誰もいない! 行くぞ!」


 高橋が、エンジンをふかす。ブロロロロ。軽トラックが動き出す。砂利道を走る。タイヤが石をね上げる。


 荷台の村人たちが、振り返る。ゾンビの群れが、追ってくる。走るわけではない。ただ、歩いている。でも、その数が多すぎる。村中のゾンビが、こちらに集まってくるかのように。


 「速く! もっと速く!」


 荷台の男性が叫ぶ。


 「これ以上は無理だ! 荷台に人が乗ってるんだぞ!」


 高橋が叫び返す。軽トラックは、村の外れに向かう。そこを抜ければ、町に続く道路がある。町まで行けば、助けがある。警察がある。自衛隊がある。


 そう、信じていた。


 その時——


 道の真ん中に、ゾンビの群れが現れた。


 何十人もの群れ。道をふさいでいる。うめき声を上げながら、こちらに向かってくる。


 「くそっ!」


 高橋が、ハンドルを切る。軽トラックが急カーブを描く。荷台の村人たちが、悲鳴を上げる。バランスを崩す。一人の女性が、荷台から落ちそうになる。


 「掴まれ!」


 男性が、その女性の手を掴む。引き上げる。でも——


 軽トラックのタイヤが、石につまずいた。


 車体が揺れる。バランスを失う。


 そして——


 横転した。


 ガシャーン!


 金属が地面に叩きつけられる音。ガラスが割れる音。人々の悲鳴。


 軽トラックは、道の脇に転がった。タイヤが空を向いて、回り続けている。


 運転席から、高橋が這い出してくる。額から血を流している。意識は、ある。立ち上がろうとする。でも、足に力が入らない。


 「みんな……大丈夫か……」


 荷台から、村人たちが出てくる。一人、二人、三人。全員、怪我をしている。でも、生きている。


 その時——


 ゾンビの群れが、到着した。


 道の両側から。前方から。後方から。四方から、ゾンビたちが集まってくる。


 「逃げろ!」


 高橋が叫ぶ。立ち上がろうとする。でも、足が動かない。骨が折れているのかもしれない。痛みが走る。


 村人たちが、走り出す。でも、怪我をしている。速く走れない。一人の女性が、つまずいて転ぶ。ゾンビが、その上に覆いかぶさる。


 悲鳴。


 血。


 もう一人の男性が、女性を助けようとする。でも、彼もゾンビに掴まれる。腕を掴まれ、引き倒される。


 噛まれる。


 次々に。


 高橋は、その光景を見ていた。動けない。ただ、見ているしかない。


 そして——


 ゾンビの群れが、高橋にも迫る。


 京もいた。


 群れの一部として。高橋に向かって歩いている。


 高橋の顔が、京の視界に入る。知っている顔。村で一番若い、大学生。東京の大学に通っていて、夏休みに帰ってきていた。母親が、いつも自慢していた。「うちの息子は、頭がいいのよ」と。


 その高橋が、今——地面に座り込んで、絶望の顔をしている。


 「京……くん?」


 高橋が、京を見た。その目には、希望が——わずかな希望が、浮かんでいた。「助けて……くれ……」


 京の心が、叫んだ。


 逃げろ!


 俺から逃げろ!


 でも——


 京の体は、高橋に掴みかかった。


 そして——


 噛みついた。


-----


 どれくらい時間が経ったのか、わからなかった。


 京が気づいた時、辺りは静かだった。


 悲鳴は、もう聞こえない。


 助けを求める声も、聞こえない。


 エンジンの音も、聞こえない。


 聞こえるのは——


 炎が燃える音。メラメラと。


 風が吹く音。ヒュー、ヒュー。


 そして、ゾンビたちのうめき声。「ウゥ……アァ……」


 それだけだった。


 村が、死んだ。


 完全に。


 京の周りには、もう——人間はいなかった。


 いるのは、ゾンビだけ。


 何百人ものゾンビ。それが、村の中を徘徊はいかいしている。獲物を探して。でも、もう獲物はいない。


 京の視界に、村の光景が広がる。


 燃え尽きかけた家。煙を上げる家。崩れた屋根。割れた窓。血まみれの道。倒れた死体。それが、次々と立ち上がり、ゾンビになっていく。


 田んぼも、ゾンビだらけだ。稲穂の間を、ゾンビたちが歩いている。黄金色の稲穂を踏みつけながら。


 畑も、ゾンビだらけだ。野菜を踏みつけながら、ゾンビたちが歩いている。


 神社の前も、ゾンビだらけだ。鳥居とりいの下を、ゾンビたちが通り過ぎていく。


 村全体が——


 死者の世界になった。


 鳥の声が、聞こえない。


 いつもなら、カラスが鳴いている。スズメが鳴いている。でも、今は——静かだ。鳥たちは、逃げたのだろう。この村の異変を察して。


 虫の声も、聞こえない。


 いつもなら、せみが鳴いている。コオロギが鳴いている。でも、今は——静かだ。


 生きているものは、もう——この村にはいない。


 京の心が、呟いた。


 終わった。


 全てが、終わった。


 俺が生まれ育った村は、もうない。


 あの温かい村は、もうない。


 笑い声が響いていた村は、もうない。


 祭りでにぎわった村は、もうない。


 母さんと一緒に歩いた道は、もう——


 京の意識が、揺れた。


 これは、夢だ。


 夢に決まっている。


 こんなことが、現実なわけがない。


 目を覚ませば、全て元に戻る。


 母さんが、朝ごはんを作っている。


 「京、起きなさい」と、笑顔で。


 友達が、家の前で待っている。


 「京、遊びに行こうぜ」と、笑いながら。


 村は、いつもと同じ。


 平和で、温かい村。


 でも——


 現実は、違う。


 地面に染み込んだ血。


 空に立ち上る煙。


 うめき声を上げる、ゾンビの群れ。


 それが、全て現実だ。


 京の心が、崩れていく。


 罪悪感が、押し寄せる。波のように。何度も、何度も。


 俺が殺した。


 母さんを。


 村人たちを。


 高橋を。


 全員、俺が——


 いや、違う。


 俺だけじゃない。


 俺は、ただの一人だ。


 群れの中の、ただの一人だ。


 でも——


 それが、何のなぐさめにもならない。


 京の体は、群れと一緒に動き続けている。獲物を探して。でも、もう獲物はいない。


 だから——


 群れは、動き始めた。


 村の外へ。


-----


 夕暮れが近づいていた。


 空が、オレンジ色に染まっている。太陽が、山の向こうに沈もうとしている。その光が、村を照らしている。優しい光。でも、その光が照らすのは——地獄の光景だ。


 ゾンビの群れが、村の外れに集まっていた。


 何百人もの群れ。それが、道路に向かって歩いている。ゆっくりと、でも確実に。


 京も、その中にいる。


 群れの一部として。ただ、歩いている。足が、勝手に動く。前へ、前へ。


 道路が見えた。


 村から町へ続く、一本道。アスファルトの道。両側には、田んぼが広がっている。その向こうには、山が見える。


 群れは、その道を歩き始める。


 ゾンビの足音が、道路に響く。ズル、ズル。引きずるような音。何百人分の足音が重なって、不気味な音楽のように響く。


 京の心は、もう——何も感じなかった。


 いや、感じているのかもしれない。


 でも、それは——もう、遠い。


 まるで、水の底に沈んでいくような。


 意識が、薄れていく。


 俺は、誰だ。


 俺は、何だ。


 俺は——


 ただの、群れの一部だ。


 ただの、化け物だ。


 群れは、進む。


 町に向かって。


 人間がいる場所に向かって。


 まだ生きている人間がいる場所に向かって。


 空には、煙が立ち上り続けている。村から立ち上る煙。それが、夕焼けの空に溶けていく。


 後ろを振り返れば——村が見える。


 燃え尽きた村。


 静かな村。


 死んだ村。


 でも、京は振り返らない。


 いや、振り返れない。


 体は、ただ前を向いている。


 群れと一緒に。


 町へ。


 次の獲物へ。


 京の心の奥底で、小さな声が囁いた。


 これは、終わりじゃない。


 始まりだ。


 村が終わった。


 でも、それは——


 ただの始まりに過ぎない。


 次は、町だ。


 町が終われば、都市だ。


 都市が終われば——


 世界が、終わる。


 群れは、夕暮れの道を歩き続ける。


 ズル、ズル、ズル。


 その音が、静かな田園地帯に響く。


 遠くに、町のあかりが見える。


 まだ平和な町。


 まだ何も知らない町。


 その町に——


 死が、近づいている。


 ゆっくりと、でも確実に。


 京は、ただ——歩き続けた。


 群れの一部として。


 化け物の一部として。


 人間だった記憶を抱えたまま。


 心の中で、小さく——祈りながら。


 誰か、俺たちを止めてくれ。


 誰か、この地獄を終わらせてくれ。


 でも、その祈りは——


 届かない。


 空に消えていく。


 煙と一緒に。


-----


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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