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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第58話「終焉の胎動」

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。

世界が、繋がり始めていた。


藤原京ふじわら きょうは、シベリアの凍土に立ち、遠くを見つめていた。


足元には、雪が積もっている。


空には、灰色の雲が垂れ込めている。


だが彼の視線は、目の前の景色を見ているわけではない。


もっと遠く。


もっと広く。


地球全体を、感じ取っていた。


波動だ。


Z波が、全世界を覆い始めている。


それは目には見えない。


耳には聞こえない。


手で触れることもできない。


だが確かに、存在している。


空気を震わせ、大地を伝い、海を渡る——見えない”網”が、この星全体に張り巡らされていた。


それは電波でもなく、磁力でもなく、重力でもない。


もっと根源的な、生命そのものが発する”信号”。


意識の波。


魂の共鳴。


それが、今この瞬間も、地球全体を巡っている。


京は、その網の中心にいた。


いや——中心の一つ、と言うべきか。


彼以外にも、強い波動を放つ個体がいる。


神谷刃かみや じん


彼は今、京から数百メートル離れた場所に立っている。


紅い波動が、そこから放たれている。


ヤマト。


彼は東方、かつての日本列島にいる。


そこから、金色の波動が届く。


カグラ。


西方、ユーラシア大陸の奥深くにいる。


青い波動。


ツバキ。


南方、インド洋の沿岸にいる。


白い波動。


そして、名も知らぬ無数の覚醒体たち。


世界中に散らばり、それぞれの色の波動を放っている。


彼らが、それぞれの場所で波動を放っている。


それらが重なり、共鳴し、増幅されていく。


まるで、巨大なオーケストラのように。


それぞれの楽器が、それぞれの音を奏でる。


だが全体としては、一つの旋律を紡いでいる。


やがて——全てが、一つになる。


京には、それが分かった。


これは進化の、最終段階だ。


個から群へ。


群から、全体へ。


そして全体が——一つの”意識”になる。


単細胞生物が多細胞生物になったように。


バラバラの細胞が、一つの個体を形成したように。


今度は、個体が集まり、一つの超個体になる。


それが、Z波の目的だ。


ウイルスの、最終目標だ。


いや——ウイルスではない。


京は、そう確信していた。


これは、もっと根源的な何かだ。


生命そのものの、意志。


この星の、意志。


地球という惑星が、自らの意志で生み出した——新しい生命形態。


人類という種は、その材料に過ぎなかった。


進化の、一つの過程に過ぎなかった。


そして今、その過程が完了しようとしている。


京は、目を閉じた。


波動に意識を集中させる。


呼吸を整える——いや、もう呼吸はしていない。


心臓の鼓動を感じる——いや、心臓も止まっている。


だが”何か”が脈打っている。


生命の核。


魂の中心。


それが、リズムを刻んでいる。


すると——


視界が、広がった。


いや、視界ではない。


“感覚”が、広がった。


彼は今、自分の肉体を超えて、世界を感じ取っている。


まるで幽体離脱のように。


いや、それ以上だ。


彼の意識は、もはや一点に留まっていない。


無数の点に、同時に存在している。


東には、日本列島。


完全に制圧された、静寂の島々。


そこに、無数の波動がある。


何百万という個体が、うごめいている。


東京、大阪、名古屋——かつての大都市は、今は墓場だ。


だが静かな墓場ではない。


動く墓場だ。


無数の死者が、そこを徘徊はいかいしている。


西には、ユーラシア大陸。


ロシア、中国、インド——かつての大国が、全て沈黙している。


モスクワ、北京、デリー——これらの都市も、もう人間のものではない。


だがその沈黙の中で、新しい”声”が響いている。


ゾンビたちの、集合意識。


それは言語ではない。


だが確かに、何かを語っている。


存在を主張している。


南には、東南アジア、オーストラリア。


熱帯の密林も、砂漠の荒野も、全てが侵食されている。


ジャングルの奥深く。


砂漠の真ん中。


そこにも、群れがいる。


環境は違えど、波動は同じだ。


生き残った人間は、もうほとんどいない。


数千人——いや、もっと少ないかもしれない。


彼らは隠れている。


洞窟に。


地下に。


孤島に。


だが、それも時間の問題だ。


波動は、彼らを見つける。


群れは、彼らを飲み込む。


北には——


京の意識が、そこで止まった。


いや、止まったのではない。


引き寄せられたのだ。


北極圏。


氷の海。


そのさらに先。


極点。


そこに、“何か”がある。


波動の源。


Z波の根源。


全ての感染が、そこから始まった。


いや——始まったわけではない。


正確には、そこへ”向かっている”のだ。


全てのゾンビが、無意識のうちに、あの場所へ引き寄せられている。


まるで、鮭が生まれた川へ帰るように。


まるで、渡り鳥が越冬地へ向かうように。


本能に刻まれた、帰還の衝動。


京も、その一人だ。


彼は、あの場所へ行かなければならない。


理由は分からない。


論理では説明できない。


だが本能が、そう告げている。


波動が、そう命じている。


細胞の一つ一つが、そう叫んでいる。


あの場所で、全てが完成する。


進化が、終わる。


いや——終わるのではない。


完成するのだ。


そして、新しい世界が始まる。


京は、目を開いた。


現実に戻る。


いや——現実とは何だろう。


肉体のある場所が、現実か。


それとも、意識が広がった世界が、現実か。


もう、境界が曖昧あいまいになっている。


周囲には、無数のゾンビが立っている。


彼の群れだ。


いや——もはや”彼の”群れではない。


全てが、繋がっている。


京が感じることを、彼らも感じている。


京が向かう場所へ、彼らも向かう。


意志の共有。


意識の融合。


それが、今起きている。


個体という概念が、消えかけている。


群れという概念すら、もう古い。


これは、もっと巨大な何かだ。


背後から、気配が近づいた。


振り返らなくても、分かる。


波動の色が違う。


黒ではなく、紅。


「刃」


京は、短く呟いた。


神谷刃かみや じんが、彼の隣に立つ。


紅い眼が、同じ方向を見つめている。


刃もまた、感じているのだろう。


あの”場所”を。


あの”呼び声”を。


彼の波動は、以前よりも強くなっている。


だが同時に、不安定でもある。


まるで、燃え盛る炎のように。


激しく、荒々しく、制御不能に。


「……行くのか」


刃が、低く呟いた。


珍しい。


刃が、言葉を発するのは。


以前の刃は、ほとんど喋らなかった。


理性が薄れ、本能だけで動いていた。


だが今、彼は言葉を発した。


それは、進化の証か。


それとも、最後の人間性の発露か。


京は、少し驚いた。


だが表情には出さない。


「ああ」


京も、短く答えた。


「……俺も、行く」


「分かっている」


「……止めないのか」


「止める理由がない」


京は、刃を見た。


紅い眼が、こちらを見返す。


その眼の奥に、まだ”何か”が残っている。


意識。


自我。


神谷刃という個人の、最後の欠片かけら


「お前は、お前の意志で来るんだろう」


「……そうだ」


刃は、頷いた。


「俺の、意志だ」


二人は、言葉を交わさない。


ただ、波動で繋がっている。


理性と破壊。


黒と紅。


二つの極が、同じ方向へ進む。


それが、運命だった。


遠くから、別の波動が届いた。


覚醒体だ。


ヤマトが、こちらへ向かっている。


彼もまた、“呼び声”を聞いたのだろう。


京は、波動を送り返した。


『来い』


言葉ではない。


意志だ。


それが、波動に乗って伝わる。


ヤマトが、応答する。


『了解』


これもまた、言葉ではない。


だが確かに、意味が伝わる。


新しいコミュニケーション。


言語を超えた、意識の交流。


それが、覚醒体たちの間で成立していた。


京は、再び目を閉じた。


意識を、さらに広げる。


世界中の波動を、感じ取る。


アフリカ大陸——


そこにも、強い波動がある。


名も知らぬ覚醒体が、群れを率いている。


彼もまた、北へ向かっている。


ヨーロッパ——


かつての文明の中心地。


今は、廃墟と化している。


だがその中で、新しい秩序が生まれている。


覚醒体たちが、領域を分け合っている。


争いはない。


ただ、共存している。


全てが、波動で繋がっているから。


南アメリカ——


密林の奥深く。


そこにも、群れがいる。


彼らは動いていない。


ただ、待っている。


“時”が来るのを。


全てが揃うのを。


北アメリカ——


かつての超大国。


銃と核を持っていた国。


だが今は、静寂に沈んでいる。


抵抗は、全て失敗した。


人類最後のとりでも、陥落した。


生き残りは、もう数えるほどしかいない。


そして彼らも、いずれ——


京の意識が、さらに広がる。


海を越える。


大気を超える。


宇宙へ——


いや、そこまでは届かない。


だが、高く。


とても高く。


成層圏のあたりまで、波動は届いている。


そこから地球を見下ろすと——


この星全体が、脈動みゃくどうしているのが分かる。


生命の波。


Z波の網。


それが、地球全体を包んでいる。


まるで、この星そのものが一つの生命体になったかのように。


京は、その光景に圧倒された。


これが、進化の到達点。


個体の集合ではない。


群体でもない。


もっと巨大な、惑星規模の”意識”。


それが、今まさに誕生しようとしている。


ふと、京の意識に”声”が届いた。


いや——声ではない。


“意志”だ。


それは、あの”場所”から来ていた。


北極圏の、その先から。


『来い』


それだけだった。


だが、その意志は圧倒的だった。


抗えない。


逃げられない。


ただ、従うしかない。


京は、目を開いた。


周囲のゾンビたちが、一斉に動き出した。


彼らも、“声”を聞いたのだ。


全ての個体が、北へ向かい始める。


日本から。


中国から。


ロシアから。


インドから。


ヨーロッパから。


アフリカから。


南北アメリカから。


世界中の全てのゾンビが、一つの方向へ進み始めた。


それは、行進ではない。


巡礼だ。


終着点への、最後の旅。


京もまた、歩き始めた。


刃が、隣を歩く。


ヤマトが、後ろに続く。


カグラ、ツバキ、そして無数の名もなき個体たちが、列をなして進む。


彼らの後ろには、さらに大きな群れが続いている。


何万、何十万——いや、もはや数えきれない規模の、生命の流れ。


それが、全て北へ向かっている。


空が、変わった。


オーロラが現れた。


だが今までのものとは違う。


もっと大きく。


もっと鮮やかに。


緑、青、赤、紫——全ての色が混ざり合い、天空を染めている。


それは美しかった。


だが同時に、恐ろしくもあった。


まるで天が裂けて、別の世界が覗いているかのような——そんな光景。


京は、その光を見上げた。


あれが、“門”なのか。


新しい世界への、入口なのか。


分からない。


だが、もうすぐ分かる。


あの場所へ辿り着けば、全てが明らかになる。


進化の意味。


感染の目的。


そして、この星の未来。


京は、歩き続けた。


群れと共に。


刃と共に。


覚醒体たちと共に。


波動が、どんどん強くなっている。


近づいている。


終着点に。


全ての答えに。


地球全体が、震えているように感じた。


いや——実際に震えているのかもしれない。


波動が、物理的に大地を揺らしているのかもしれない。


京の意識は、もはや自分だけのものではなかった。


無数の意識と繋がり、融合し、一つの巨大な”何か”になろうとしている。


それは心地よくもあり、恐ろしくもあった。


自分が消える。


個が消える。


だが同時に、もっと大きな何かになる。


それが、進化なのか。


それとも、滅びなのか。


京には、もう判断できなかった。


ただ、受け入れるしかない。


波動に身を任せ、流れに従い、運命に導かれるままに。


彼は、歩き続けた。


終わりのない行進を。


だが——それは本当に、終わりがないのだろうか。


もうすぐ、何かが起きる。


京には、それが分かった。


地球規模の、意識の融合。


全てのゾンビが、一つになる瞬間。


それが、間もなく訪れる。


オーロラが、さらに激しく揺らめいた。


光が、波打つ。


脈動する。


まるで生きているかのように。


京は、その光の中を歩いた。


刃も、歩く。


群れも、歩く。


全てが、一つの方向へ。


終焉の、その先へ。


新世界の、入口へ。


そして——


遠くで、何かが光った。


地平線の果て。


北の果て。


そこに、巨大な光の柱が立っている。


それが、“場所”だ。


全ての波動の、源。


全ての意識の、終着点。


京は、その光を見つめた。


もうすぐだ。


もうすぐ、辿り着く。


そして全てが、変わる。


この星が。


この世界が。


そして、自分自身が。


京の黒い眼が、光を映した。


刃の紅い眼も、同じ光を映した。


二人の波動が、共鳴する。


そして——


世界中の全てのゾンビの波動が、一斉に共鳴し始めた。


地球全体が、一つの心臓になったかのように。


胎動だ。


新しい生命の、誕生の兆し。


終焉の先に、何が待っているのか。


それは、もうすぐ明らかになる。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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