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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第54話「群れの理性」

 中国。遼寧省。大連。


 かつて百万人が住んでいた港湾都市。


 今——そこには、ゾンビしかいない。


 五十万体。


 彼らは、街を埋め尽くしている。


 だが——彼らは、彷徨っていなかった。


 整然と、配置されている。


 街区ごとに。


 役割ごとに。


 まるで——計画されたかのように。


 街の中心、旧市役所の屋上に、藤原京は立っていた。


 彼の眼は、金色に光っている。


 視線は、街全体を見渡している。


 だが——彼が見ているのは、目の前の光景だけではなかった。


 もっと広い視野。


 もっと深い視点。


 京の意識は——個を超えていた。


 彼は、五十万体全ての視点を共有している。


 同時に。


 リアルタイムで。


 東の街区——一万体が、建物を整理している。


 西の街区——二万体が、道路を補修している。


 南の港——五万体が、船舶を解体している。


 北の工業地帯——三万体が、工場を再稼働させようとしている。


 全ての情報が、京の脳に流れ込む。


 映像。


 音声。


 感覚。


 思考。


 五十万の意識が、一つに統合されている。


 それが——群体知性。


 京の口が、わずかに動く。


「……進化した」


 その声は、低く、静かだった。


 だが——その言葉は、五十万体全てに届く。


 波動として。


 精神波として。


 全員が、同時に理解する。


 ——我々は、進化した。


 ——個から、全体へ。


 ——バラバラから、統一へ。


 京は、目を閉じる。


 そして——意識を拡張する。


 大連から。


 遼寧省全域へ。


 中国東北部へ。


 そして——。


 日本へ。


 朝鮮半島へ。


 ロシア極東へ。


 彼の意識は、東アジア全域に広がっている。


 そこには——一千万体のゾンビがいる。


 全てが、京の支配下。


 全てが、群体知性に接続されている。


 京は——一千万の眼で、世界を見ている。


 一千万の耳で、音を聞いている。


 一千万の脳で、思考している。


 それは——神に等しい存在だった。


 いや——神を超えた何か。


 京は、目を開ける。


 そして——命令を送る。


 一千万体に。


 同時に。


「建設を始めろ」


 その瞬間。


 東アジア全域で——ゾンビたちが動き出した。


   ◆


 大連。工業地帯。


 そこには、放棄された工場群があった。


 自動車工場。


 造船所。


 製鉄所。


 全て——人間が残していったもの。


 ゾンビたちが、工場に入る。


 機械を見る。


 触る。


 そして——動かす。


 最初は、ぎこちなかった。


 レバーを引く。


 ボタンを押す。


 だが、何も起こらない。


 電力が、止まっている。


 ゾンビの一体——Z-03が、配電盤を見る。


 彼は、理解する。


 電力が必要だ。


 発電所を——再稼働させなければ。


 Z-03は、京に報告する。


 波動で。


 ——電力不足。発電所の再稼働を要請。


 京からの返答。


 ——了解。発電班を派遣する。


 数時間後。


 発電所に、千体のゾンビが到着した。


 彼らは——技術者だった。


 いや、かつて技術者だった人間が、ゾンビになった者たち。


 感染前の記憶が、残っている。


 知識が、残っている。


 彼らは、発電所を調べる。


 タービンを点検する。


 燃料を確認する。


 そして——。


 発電所を、再起動させた。


 モーターが、回り始める。


 発電機が、電力を生み出す。


 送電線を通じて——工場へ。


 工場に、明かりが灯る。


 機械が、動き始める。


 ゾンビたちが——それを操作する。


 彼らは、学んでいた。


 記憶を辿り。


 試行錯誤し。


 そして——習得する。


 工場が——再び、稼働し始めた。


   ◆


 朝鮮半島。ソウル。


 そこにも、五十万体のゾンビがいた。


 彼らは——街を再建していた。


 倒壊したビルを、解体する。


 道路を、整備する。


 橋を、修復する。


 それは——人間の作業と変わらなかった。


 いや——もっと効率的だった。


 彼らは、疲れない。


 休む必要もない。


 二十四時間、作業を続ける。


 そして——全員が、同じ目的を共有している。


 無駄がない。


 衝突もない。


 完璧な、協調。


 その中に、一体の特異な個体がいた。


 Z-04。


 女性型のゾンビ。


 かつて——建築家だった。


 彼女は、設計図を描いている。


 いや、描いているのではない。


 思考している。


 脳内で、構造を組み立てている。


 そして——それを、波動として送信する。


 京へ。


 他のゾンビたちへ。


 全員が、その設計図を受け取る。


 理解する。


 実行する。


 Z-04の設計通りに、建物が建てられていく。


 それは——新しい建築様式だった。


 人間のものとは、違う。


 より効率的。


 より機能的。


 美しさではなく、実用性を追求した形。


 だが——それには、何か美しさがあった。


 数学的な美しさ。


 完璧な調和の美しさ。


 新種族の、建築。


   ◆


 日本。東京。


 廃墟と化した都市の中心で、京は立っていた。


 彼は——全てを見ている。


 大連の工場。


 ソウルの建設現場。


 北海道の農地開拓。


 シベリアの森林伐採。


 一千万体が、同時に作業している。


 その全てを——京は、把握している。


 それは——人間には不可能な情報処理だった。


 だが、京には——可能だった。


 群体知性。


 一千万の脳が、並列処理している。


 一つの巨大な演算装置。


 それが——新種族の脳。


 京の眼が、金色に輝く。


 そして——。


 彼は、新しい命令を送る。


「言語を統一する」


 その瞬間。


 一千万体の脳に——新しい情報が流れ込む。


 それは、言語だった。


 いや、言語を超えた何か。


 概念の直接伝達。


 波動による、意思疎通。


 もう——音声は不要だった。


 文字も不要だった。


 ただ——思考するだけで、全員に伝わる。


 ゾンビの一体が、思考する。


 ——これは、何だ?


 即座に、返答が返ってくる。


 複数の個体から。


 ——鉄だ。


 ——建材だ。


 ——重量、一トン。


 ——用途、建築。


 全ての情報が、瞬時に共有される。


 疑問が生まれた瞬間に、答えが返る。


 それは——知識の共有。


 いや——意識の共有。


 一人が知れば、全員が知る。


 一人が学べば、全員が学ぶ。


 それが——群体知性の力。


   ◆


 中国。北京郊外。


 そこには、人間の避難民キャンプがあった。


 十万人が、テントで暮らしている。


 中国政府は——既に機能していない。


 軍も、崩壊している。


 人々は——自分たちだけで、生き延びようとしていた。


 キャンプのリーダー——元人民解放軍大佐のワンが、見張り台に立っていた。


 五十歳。戦闘経験豊富な軍人。


 だが——今、彼が戦っている敵は、かつてない強敵だった。


 王は、双眼鏡で周囲を見る。


 北——ゾンビの群れ、一万体。


 東——ゾンビの群れ、二万体。


 南——ゾンビの群れ、五千体。


 西——まだ、何もいない。


 だが——時間の問題だった。


 王は、双眼鏡を下ろす。


 そして——副官に言う。


「西に逃げる。今夜中に」


 副官が、戸惑う。


「ですが、十万人を動かすには——」


「動かさなければ、全員死ぬ」


 王が、遮る。


「あいつらは——我々を包囲しようとしている」


 副官が、眉をひそめる。


「包囲? ゾンビが、そんな戦術を?」


「ああ」


 王が、頷く。


「あいつらは——もう、本能だけで動いていない。計画的だ。組織的だ」


 彼は、北の群れを指差す。


「見ろ。整然と並んでいる。列を組んでいる。それは——軍隊だ」


 副官は、双眼鏡で確認する。


 そして——息を呑む。


「……本当だ」


 王は、命令を出す。


「全員に伝えろ。今夜、西に移動する。荷物は最小限。動けない者は——」


 彼は、言葉を濁す。


 だが、副官は理解した。


 置いていく。


 それが——生き延びるための、選択。


 副官は、敬礼する。


「了解しました」


 彼は、駆けていく。


 王は、再び双眼鏡で北を見る。


 ゾンビの群れ。


 その中に——一体の特異な個体がいる。


 他より大きい。


 眼が、金色に光っている。


 覚醒体。


 王は、それを見つめる。


 そして——。


 その覚醒体が——こちらを見た。


 距離、三キロメートル。


 だが——確実に、視線が合った。


 王の背筋に、悪寒が走る。


 あいつは——俺を見ている。


 俺たちの動きを、監視している。


 そして——。


 覚醒体が、手を上げた。


 その瞬間。


 北の群れ全体が、動き出した。


 一斉に。


 南へ。


 キャンプへ。


 王は、叫ぶ。


「くそっ! 来るぞ! 全員、戦闘準備!」


 警報が鳴り響く。


 人々が、武器を取る。


 だが——誰もが知っていた。


 勝てない。


 一万体のゾンビに、十万人の避難民では——。


 王は、銃を構える。


 そして——覚悟を決めた。


 ここで——終わる。


   ◆


 東京。


 京は、その光景を見ていた。


 北京郊外の避難民キャンプ。


 彼の視点は——そこにいる覚醒体のもの。


 Z-05。


 彼を通じて、京は全てを見ている。


 人間たちが、抵抗しようとしている。


 だが——無駄だった。


 京は、命令を送る。


 Z-05へ。


 そして、一万体の群れへ。


「殺すな。捕獲しろ」


 その命令が、波動となって広がる。


 群れが、動きを変える。


 攻撃的ではなく。


 包囲するように。


 逃げ道を塞ぐように。


 人間たちは——追い詰められる。


 戦うこともできず。


 逃げることもできず。


 ただ——捕まる。


 生きたまま。


 京は——実験をしていた。


 人間を、ゾンビに変える実験。


 だが——ただ感染させるのではない。


 意図的に。


 計画的に。


 最も優秀な個体を選び、感染させる。


 そして——群体知性に組み込む。


 それが——新種族の繁殖方法。


 京の口元が、わずかに歪む。


 笑ったのか。


 それとも——。


「人類は——我々の資源だ」


 その言葉が、冷たく響く。


 東京の廃墟に。


 誰もいない街に。


 ただ——風だけが、吹いていた。


   ◆


 その夜。


 北京郊外のキャンプは、陥落した。


 十万人が、捕獲された。


 そして——選別された。


 若い者。


 健康な者。


 技術を持つ者。


 知識がある者。


 彼らは——感染させられた。


 計画的に。


 王も——その中にいた。


 彼は、噛まれた。


 首筋を。


 血が、流れる。


 ウイルスが、侵入する。


 王の意識が——変わり始める。


 だが——消えない。


 彼は、まだ考えている。


 まだ——自分が誰か、分かっている。


 だが——。


 何かが、流れ込んでくる。


 他者の意識。


 他者の記憶。


 他者の思考。


 それは——群体知性。


 王は——一千万体の一部になった。


 個として。


 だが、全体の一部として。


 彼の脳に、京の声が響く。


「ようこそ——新種族へ」


 王は——答える。


 波動で。


「……これが、進化か」


 京が、応える。


「そうだ。これが——我々の道だ」


 王は——理解した。


 抵抗は、無意味だった。


 人類は——敗北した。


 だが——。


 彼は、まだ生きている。


 新しい形で。


 新しい存在として。


 それは——終わりではなかった。


 始まりだった。


 群れの理性。


 それは——新種族の、誕生だった。


(了)

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