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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第49話「滅びの議会」

 ニューヨーク。


 国連本部ビル。


 かつて世界の中心だった場所は、今や廃墟と化していた。


 ガラス張りの外壁は半分が崩落し、内部には雨水が流れ込んでいる。ロビーには、腐敗したゾンビの死体が散乱している。


 だが——地下は、まだ生きていた。


 地下五階。核シェルター改装の会議室。


 そこに、世界の指導者たちが集まっていた。


 いや——かつての指導者たち、と言うべきか。


 アメリカ大統領代理。イギリス首相代理。フランス暫定政府代表。ドイツ連邦議会議長。ロシア連邦保安庁長官。中国国務院残存メンバー。


 かつて七十億人を統べていた者たちは、今や数千万の避難民を抱えて逃げ惑う敗残者に過ぎなかった。


 会議室の照明は、薄暗い。発電機の燃料が底をついている。


 モニターには、世界地図が映し出されていた。


 赤く塗りつぶされた領域。


 それは——感染地域。


 日本列島、全域。


 朝鮮半島、南部全域。


 中国、沿岸部と北部。


 ロシア、極東地域。


 東南アジア、タイとベトナムの一部。


 世界人口の三分の一——二十億人が、既に死んでいた。


 いや、死んだのではない。


 ゾンビになった。


 そして——その中から、覚醒体が生まれている。


 議長席のアメリカ大統領代理——ジョン・マクレーンが立ち上がった。


 六十歳。元国防長官。三週間前に大統領が感染死し、彼が代理を務めている。


 だが、もう大統領職に意味はなかった。


 アメリカ合衆国は、既に機能していない。


 首都ワシントンは放棄され、政府はカナダ国境の避難施設に逃げ込んでいる。


 軍は四分の一が壊滅。残りも士気は地に落ちている。


 マクレーンは、疲労で目の下に深いクマを作っていた。


 彼は、全員を見回す。


 そして——重い口を開いた。


「諸君。我々は、決断の時を迎えた」


 誰も反応しない。


 全員が、俯いている。


 マクレーンは、続ける。


「三日前、日本列島への核攻撃は失敗した。五十二発の戦術核を投下したが——Z-01とZ-02は生存している」


 彼はモニターを指差す。


 そこには、衛星写真が映し出されていた。


 東京の廃墟。その中心に立つ、二つの人影。


 一つは黒く。


 一つは紅く。


 金色の眼と、紅い眼が、カメラを見上げている。


 まるで——嘲笑うかのように。


「Z-01——藤原京は、群れの統合を完了した。彼の支配下にあるゾンビは、推定五百万体。そして——その全てが、群体知性を獲得している」


 室内が、ざわめく。


 群体知性。


 それは、最悪のシナリオだった。


 個々のゾンビが意識を保ちながら、全体として一つの意志を持つ。


 それは——国家だった。


 いや、国家を超えた何かだった。


 マクレーンは、次のスライドに移る。


「Z-02——神谷刃は、単独行動を続けている。だが、その破壊力は核兵器に匹敵する。彼一人で、我々の艦隊を壊滅させた」


 画面には、沈む空母の写真。


 ジョージ・ワシントン。


 全長三百メートルの巨艦が、真っ二つに斬られている。


 その断面は、滑らかだった。


 まるでナイフで切ったかのように。


 ロシア代表——保安庁長官のイワン・クズネツォフが、机を叩いた。


「核が通じないなら、何が通じる! 我々には、もう手段がない!」


 フランス代表——暫定政府のマリー・デュボワが、震える声で言う。


「生物兵器は? 化学兵器は? まだ試していない手段が——」


「全て試した」


 マクレーンが遮る。


「エボラウイルス。VXガス。炭疽菌。全て無効だった。Z-Virusは、あらゆる毒素を無効化する。彼らには——効かない」


 中国代表——国務院のリュウ次官が、冷たく言う。


「ならば、我々は敗北したということだ」


 沈黙。


 重く、長い沈黙。


 誰も、反論できなかった。


 それは——真実だった。


 人類は、敗北した。


 軍事力で勝てない。


 科学力でも勝てない。


 数でも勝てない。


 もう——何も残っていなかった。


 やがて。


 イギリス代表——首相代理のエドワード・ハリソンが、口を開いた。


「一つ——提案がある」


 全員が、彼を見る。


 ハリソンは、ゆっくりと立ち上がった。


 七十歳。白髪の老紳士。かつて外交官として数々の危機を乗り越えてきた男。


 だが、今——その顔には、絶望しかなかった。


「我々は——人類抹消計画を、議題に挙げるべきだ」


 室内が、凍りつく。


 人類抹消。


 その言葉の意味を、全員が理解した。


 ドイツ代表——連邦議会議長のクラウス・シュミットが、立ち上がる。


「待て! お前は——我々自身を殺せと言うのか!」


「そうだ」


 ハリソンが、静かに答える。


「我々が生き延びれば、感染は続く。避難民が感染すれば、ゾンビが増える。ゾンビが増えれば、Z-01の軍勢が強化される。悪循環だ」


 彼は、全員を見回す。


「ならば——我々が消えれば、いい」


 マリー・デュボワが、悲鳴のような声を上げる。


「狂ってる! あなたは正気なの!」


「正気だ」


 ハリソンが答える。


「これ以上ないほど、正気だ。我々は——負けた。認めよう。そして——潔く退場すべきだ」


 劉次官が、冷笑する。


「美しい言葉だ。だが——誰がそれを実行する? お前か? 私か? それとも、全人類に自殺を命じるのか?」


「命じない」


 ハリソンが首を振る。


「選択肢を、提示するだけだ」


 彼は、モニターを操作する。


 画面が切り替わり、新しい地図が表示された。


 南極大陸。


 そこには、赤い点が一つ。


 ハリソンが、説明する。


「南極の地下研究施設。そこには、致死性ウイルスの保管庫がある。スペイン風邪、天然痘、マールブルグ病——人類史上最悪の病原体が、全て眠っている」


 彼は、続ける。


「それを——解放する」


 室内が、騒然となる。


 シュミットが、叫ぶ。


「お前は本当に狂った! それを解放すれば、人類は——」


「絶滅する」


 ハリソンが、冷静に答える。


「だが、それは——我々の選択だ。ゾンビに食われて死ぬか、病気で死ぬか。どちらにせよ——死ぬ。ならば、せめて——人間として死にたい」


 マクレーンが、割って入る。


「待て。落ち着け。我々は——まだ議論の段階だ。決定ではない」


 彼は、ハリソンを見る。


「だが——お前の提案は、議事録に残す。いつか——それが必要になる時が、来るかもしれない」


 ハリソンは、座った。


 その背中は、ひどく小さく見えた。


 マクレーンは、深く息を吸う。


 そして——次の議題を告げた。


「では——次。避難民の選別について」


 選別。


 その言葉に、全員が顔を上げる。


 マクレーンが、淡々と説明する。


「現在、世界各地の避難施設には、合計三千万人の生存者がいる。だが——食料は、あと三ヶ月分しかない」


 彼は、モニターに数字を表示する。


 備蓄食料:三ヶ月分。


 生存者:三千万人。


 一人当たりの食料:一日千五百カロリー。


 このままでは、全員が餓死する。


「我々は——人数を減らす必要がある」


 マリー・デュボワが、震える。


「減らすって——どうやって?」


「選別だ」


 マクレーンが答える。


「若い者を優先する。子供を優先する。技術者を優先する。そして——それ以外は——」


 彼は、言葉を濁した。


 だが、全員が理解した。


 それ以外は——捨てる。


 老人を。病人を。無能力者を。


 捨てる。


 餓死させる。


 あるいは——。


 劉次官が、冷たく言う。


「安楽死、というわけか」


「そうだ」


 マクレーンが頷く。


「薬物による、無痛の死。それが——我々にできる、最後の慈悲だ」


 クズネツォフが、吐き捨てる。


「慈悲だと? 虐殺だろう!」


「虐殺だ」


 マクレーンが認める。


「だが——必要な虐殺だ。三千万人を三ヶ月生かすより、千万人を一年生かす方が、まだ希望がある」


 シュミットが、頭を抱える。


「神よ——我々は、何をしているんだ」


 誰も、答えなかった。


 答えられなかった。


 彼らは——人類の指導者だった。


 世界を統べ、平和を守り、未来を築く使命を持っていた。


 だが、今——。


 彼らは、ただの敗残者だった。


 生き延びるために、仲間を切り捨てる。


 人間性を捨てて、獣になる。


 それが——人類の、最後の姿だった。


 マクレーンが、採決を宣言する。


「では——投票に移る。避難民の選別計画に、賛成の者は——」


 最初に手を挙げたのは、劉次官だった。


 次にクズネツォフ。


 ハリソンが続く。


 マリー・デュボワが、泣きながら手を挙げる。


 シュミットが、最後に——震える手を、上げた。


 全員一致。


 人類は、自らの手で仲間を殺すことを決めた。


 マクレーンは、目を閉じた。


 そして——呟く。


「神よ——我らを許したまえ」


 それは、祈りではなかった。


 呪いだった。


 自分たちへの、呪い。


   ◆


 会議が終わり、全員が退室する。


 廊下を歩きながら、ハリソンはマクレーンに声をかけた。


「君は——信じているのか? 人類に、まだ未来があると」


 マクレーンは、答えなかった。


 しばらく歩いた後——ようやく口を開く。


「分からない」


 その声は、疲れ切っていた。


「だが——諦めるわけにはいかない。我々が諦めれば、本当に終わる」


「もう終わっているよ」


 ハリソンが、静かに言う。


「我々は——既に、人間ではない。獣だ。生き延びるためだけに、他者を殺す獣」


 マクレーンは、立ち止まった。


 そして——ハリソンを見る。


「それでも——生きる。それが、我々の使命だ」


 ハリソンは、笑った。


 それは、悲しい笑いだった。


「使命か。もう、そんなものはないよ」


 彼は、歩き去る。


 その背中を見送りながら、マクレーンは思った。


 あの男は——もう、死んでいる。


 肉体は生きているが、心は死んでいる。


 そして——自分も、同じかもしれない。


 この世界で、まだ生きている人間が、どれだけいるのか。


 肉体だけではなく、心も生きている人間が。


 マクレーンには、分からなかった。


   ◆


 その夜。


 ハリソンは、自室に戻った。


 簡素な部屋。ベッドと机だけがある。


 彼は、机の引き出しから、拳銃を取り出した。


 ブローニング・ハイパワー。


 かつて護身用に持っていたものだ。


 弾倉を確認する。


 九ミリ弾が、十三発。


 一発あれば、十分だった。


 ハリソンは、銃を見つめる。


 そして——笑った。


「結局——これか」


 彼は、銃口を自分の頭に向ける。


 引き金に、指をかける。


 冷たい金属の感触。


 それは——解放の感触だった。


 もう、考えなくていい。


 もう、決断しなくていい。


 もう——苦しまなくていい。


 ハリソンは、目を閉じた。


 そして——。


 引き金を、引いた。


 カチン、という音。


 不発。


 ハリソンは、目を開ける。


 銃を確認する。


 弾は、入っている。


 だが——撃鉄が落ちていない。


 故障か。


 それとも——。


 ハリソンは、笑った。


 大きな声で、笑った。


「そうか——神は、まだ俺を殺さないのか」


 彼は、銃を放り投げる。


 そして——ベッドに倒れ込んだ。


 涙が、流れる。


 声を殺して、泣いた。


 老いた外交官は、一人で泣いた。


 誰も、見ていない部屋で。


 誰も、聞いていない夜に。


 彼は——まだ、人間だった。


 心が、生きていた。


 だから——苦しかった。


   ◆


 翌朝。


 国連本部の地下に、新しい命令が伝達された。


 コードネーム「ノアの箱舟」。


 避難民の選別計画。


 生存者三千万人を、千万人に削減する。


 二千万人を——処分する。


 老人から。


 病人から。


 無能力者から。


 順番に。


 薬物注射による、安楽死。


 それが——人類最後の慈悲だった。


 そして——人類最大の罪だった。


 計画は、即日実行された。


 世界各地の避難施設で、選別が始まる。


 泣き叫ぶ声。


 懇願する声。


 呪う声。


 だが——誰も、止めなかった。


 止められなかった。


 これが——生き延びるための、代償だった。


 人類は、自らの手で人類を殺し始めた。


 ゾンビよりも先に。


 人間が、人間を滅ぼし始めた。


 それが——人類最後の、選択だった。


(了)

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