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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

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第47話「灰都燃ゆ」

 光が、世界を塗り替えた。


 東京の中心に、太陽が落ちた。


 2025年11月3日、午前11時23分。B61-12戦術核爆弾が、皇居上空五百メートルで起爆した。


 出力、五十キロトン。TNT火薬五万トン分のエネルギーが、一瞬で解放される。


 爆心地の温度は、摂氏一億度に達した。太陽の中心部を遥かに超える地獄が、地上に生まれた。


 最初の一秒間で、熱線が半径三キロメートルを焼き尽くす。人間なら一瞬で炭化する。アスファルトが溶ける。金属が、輝きながら融解していく。


 爆心地から半径五百メートルは、完全に蒸発した。鉄骨が気体になる。地面が陥没し、深さ十メートルのクレーターが一瞬で形成される。存在そのものが、消滅した。


 二秒目。衝撃波が発生する。音速の三倍で広がる見えない壁が、東京を蹂躙する。


 半径一キロメートル。鉄筋コンクリートのビルが、根こそぎ倒壊する。百メートルの高層ビルが、砂の城のように崩れ、粉砕され、飛散する。


 道路が剥がれる。車が空を飛ぶ。ゾンビの群れが、一瞬で肉片に変わり、赤い霧になって広がる。街全体が、血の雨で染まった。


 十秒後。きのこ雲が立ち上り始める。高さ一万メートル。直径五キロメートル。巨大な灰色の塔が、空を覆った。


 東京は、死んだ。


 そして——その中心に。一つの影が、立っていた。


   ◆


 爆心地。クレーターの底。


 神谷刃は——死んでいなかった。


 だが、その姿はもはや人間ではなかった。ゾンビですらなかった。


 皮膚は完全に焼失している。露出した筋肉は焦げて黒ずみ、白い骨が見えている。右腕は肩から先が消失。左脚は膝から下が完全に炭化。腹部は内臓が露出し、肝臓が焼け爛れ、腸が溶けて垂れ下がっている。


 頭部は悲惨だった。顔の皮膚が全て剥がれ、筋肉と骨だけになっている。右目は眼球が破裂し、眼窩に黒い穴が空いている。左目だけが、辛うじて残っている。紅く、光っている。


 頭蓋骨の右半分は砕け、脳が剥き出しになっていた。大脳皮質が焼け焦げ、小脳が一部欠損している。


 それでも——意識がある。


 痛みはなかった。痛覚神経が焼失したからだ。だが——感覚はあった。自分の身体が、崩壊していく感覚。細胞が、死んでいく感覚。


 それでも。彼の口が、わずかに動いた。


 ——死なない。

 ——死ねない。

 ——死んでやるものか。


 その瞬間。刃の身体が、反応した。


 Z-Virus。神経筋再構築ウイルス。それは、宿主の意志に応える。


 ゴゴゴゴゴゴ——。


 刃の身体から、赤黒いオーラが噴き出した。それは血ではなく、可視化された生命力だった。


 細胞が、活性化する。一秒間に一億個。通常の人間の百万倍の速度で、細胞分裂が進行する。


 表皮が再生する。黒く焦げた肉の下から、ピンク色の新しい皮膚が盛り上がってくる。それは波のように広がり、全身を覆っていく。


 筋肉が蘇る。溶けて垂れ下がっていた筋肉が、形を取り戻す。弾力が戻る。色が戻る。赤い、生きた筋肉。


 消失した右腕が再生する。まず骨が伸びる。上腕骨の断面から骨芽細胞が増殖し、新しい骨を作る。橈骨と尺骨が形成される。手根骨、中手骨、指骨——全てが、一から作られる。


 骨の周りに筋肉が巻きつく。腱が伸び、靭帯が繋がる。血管が走り、神経が張り巡らされる。皮膚が覆う。そして——爪が生える。五本の指が、完全に再生した。


 炭化していた左脚も再生する。膝から下が、みるみる伸びていく。足が、元通りになった。


 頭部の再生が、最も劇的だった。砕けた頭蓋骨が、パズルのように組み合わさる。隙間が埋まり、完全な頭蓋骨が復元される。


 剥き出しの脳が、覆われる。欠損していた小脳が再生する。焼け焦げた大脳皮質が、新しい組織に置き換わる。


 破裂した右目が、再生する。眼球が一から作られる。角膜、水晶体、硝子体、網膜——全ての組織が完璧に再現される。


 瞼が閉じ——開く。両目が、紅く光った。


 顔面を覆う皮膚が形成される。傷一つない完璧な肌。髪が生える。黒い髪が、肩まで伸び、風になびく。


 十秒。たった十秒で、刃の身体は完全に再生した。


 それどころか——以前より強化されていた。筋肉の密度が上がっている。骨の強度が増している。神経の伝達速度が、音速に達している。


 彼は——進化していた。


 刃は立ち上がる。その眼が——紅く光る。かつてない強さで。かつてない殺意で。


 刃は、咆哮した。


「ガアアアアアアアアアアッ!!」


 音波が、空間を裂く。周囲のガラス化した地面が、ひび割れる。空気が爆発する。


 刃の身体から、紅い光が溢れ出す。それは——進化の光だった。


   ◆


 上空三千メートル。偵察衛星が、その光景を捉えていた。


 太平洋艦隊の作戦司令室では、全員が画面に釘付けになっている。


 ロックウェル中将が、呻く。


「……嘘だろ」


 カーター中佐が、震える声で報告する。


「Z-02、生存確認。いえ——活性化しています。エネルギー反応が、核爆発前の十倍以上に——」


「黙れ」


 ロックウェルが遮る。彼は画面を凝視していた。そこに映っているのは——怪物だった。人間の形をしているが、人間ではない。それは——破壊そのものだった。


「第二波を投下しろ」


 ロックウェルが命じる。


「今度は爆心地に直撃させろ。出力は最大だ」


「了解」


 カーター中佐が指示を飛ばす。だが——間に合わなかった。


   ◆


 東京。刃は、空を見上げた。


 そこには——第二の太陽が落ちてくる。B61-12。出力七十キロトン。それが、刃の頭上五百メートルまで迫っていた。


 刃の口元が、歪む。笑ったのか。それとも——。


 彼は、刀を抜いた。いつの間にか、手にしていた。それは彼の一部だった。骨であり、牙であり、爪だった。


 刃は、構える。下段。刀を地面に向ける。その切っ先から、紅い光が溢れる。


 それは——血ではなかった。エネルギー。純粋な破壊のエネルギー。


 刃の眼が、さらに光る。そして——。


 彼は、叫んだ。


「——砕けろ」


 刀を、振り上げる。下段から上段へ。一気に。


 その軌跡が、赤い線を描く。いや——線ではなかった。それは、斬撃だった。目に見える斬撃。


 赤く光る刃が、空間を切り裂く。それは上昇し、加速し、膨張する。幅十メートル。二十メートル。百メートル。


 巨大な赤い刃が、核弾頭に到達した。


 接触。その瞬間——。核弾頭が、真っ二つに斬られた。


 起爆装置が破壊される。核分裂が、中断される。爆発が——起こらない。


 弾頭は、二つに割れたまま地面に落下した。ドン、という鈍い音。それだけだった。


 核が、不発に終わった。


   ◆


 作戦司令室が、凍りついた。


 誰も、声を出せなかった。画面には、立ち尽くす刃の姿。そして——その足元に転がる、割れた核弾頭。


 カーター中佐が、呟く。


「核を——斬った?」


 ロックウェルは、答えなかった。答えられなかった。彼の脳は、目の前の光景を理解することを拒否していた。


 だが——現実は、容赦なく続く。画面の中で、刃が動き出した。


 彼は、走る。いや——跳躍する。地面を蹴り、空中に舞う。そのまま——東へ。海へ。艦隊へ。


 ロックウェルの背筋が、凍る。


「全艦、対空戦闘! Z-02が——こちらに向かっている!」


 警報が鳴り響く。だが——間に合わない。刃は、音速を超えていた。


   ◆


 太平洋上空。刃は、飛んでいた。


 彼は空中で何度も跳躍を繰り返し、まるで見えない足場を蹴っているかのように加速する。実際には、空気を蹴っていた。彼の脚力は、大気を固体のように圧縮できる。


 音速を超える。衝撃波が生まれる。ソニックブーム。


 眼下に、艦隊が見えた。空母ジョージ・ワシントン。イージス艦六隻。巡洋艦四隻。駆逐艦八隻。人類の、最後の牙。


 刃の眼が、紅く輝く。彼は、刀を構える。上段。刀を頭上に掲げる。


 そして——。振り下ろす。縦一文字。


 その軌跡が、赤い光を描く。いや——光ではなかった。それは、衝撃波だった。可視化された衝撃波。赤く染まった破壊の奔流。


 それは空気を切り裂き、海面を抉り、艦隊に到達した。


 最初に飲まれたのは、駆逐艦ラッセン。全長百五十メートルの鋼鉄の船体が、真っ二つに斬られた。断面は滑らかだった。船体が折れる。海水が流れ込む。十秒で、沈んだ。


 次に巡洋艦チャンセラーズビル。これも真っ二つ。次にイージス艦チョーシン。これも——。


 刃の一撃が、三隻を同時に沈めた。


 艦隊が、パニックに陥る。対空砲が火を噴く。ミサイルが発射される。だが——刃には届かない。


 彼はさらに刀を振るう。横薙ぎ。その斬撃が、水平に広がる。幅五百メートル。巨大な赤い刃が、艦隊を薙ぎ払う。


 イージス艦二隻が、胴体から両断される。駆逐艦三隻が、上部構造物を失う。巡洋艦一隻が、艦橋ごと吹き飛ばされる。


 海が、炎上する。そして——。刃は、空母に向かった。


   ◆


 ジョージ・ワシントン。艦橋では、ロックウェル中将が指示を飛ばしていた。


「CIWSを全門展開! Z-02を撃ち落とせ!」


 近接防御火器システムが起動する。ファランクス。毎分四千五百発を撃ち出す対空機関砲。二十ミリ劣化ウラン弾が、刃に殺到する。


 だが——刃は、刀を一閃させた。回転斬り。刀が円を描く。その軌跡が、赤い円盤になる。


 弾丸が、全て弾かれた。いや——斬られた。飛行中の弾丸が、空中で真っ二つになり、海に落ちる。


 ロックウェルが、絶望する。


「……化け物め」


 刃が、空母に降り立つ。飛行甲板。その上に、音もなく着地した。


 周囲の兵士たちが、銃を向ける。誰もが、引き金を引いた。銃声が響く。


 だが——刃は動かない。弾丸が、彼の身体に当たる。だが——貫通しない。皮膚が、鋼鉄よりも硬い。弾丸は、表面で潰れて落ちる。


 刃が、一歩を踏み出す。その瞬間——甲板が、ひび割れた。甲板が、圧力で陥没した。刃の足元から、亀裂が放射状に広がる。


 そして——。刃が、刀を振るう。水平。ただの一振り。


 その斬撃が、甲板を切断した。全長三百メートルの空母が、中央から真っ二つに斬られた。


 船体が、軋む。金属が悲鳴を上げる。そして——。折れた。空母が、二つに割れる。


 艦橋が傾く。兵士たちが、海に投げ出される。


 ロックウェルは、手すりにしがみついていた。彼は、刃を見た。刃も、彼を見ていた。


 紅い眼。そこには——何の感情もなかった。憎しみも、怒りも、悲しみもない。ただ——虚無だけがあった。


 刃は、踵を返す。そして——跳躍した。空母から離れ、再び空へ。彼は、東京へ戻っていく。


 残されたのは——沈みゆく艦隊だけだった。


   ◆


 東京。刃が、爆心地に戻ってきた。


 着地する。その瞬間——地面が砕ける。彼の足元から、衝撃波が広がる。それは同心円状に拡大し、周囲の廃墟を粉砕する。


 ビルの残骸が、完全に消滅する。地面が、さらに深く陥没する。クレーターが、倍の大きさになった。


 刃は、刀を地面に突き立てる。ズン、という重い音。


 その瞬間——。刃の身体から、赤い光が噴き出した。それは柱のように立ち上り、空を貫く。高さ一万メートル。赤い光の柱が、夜空を染める。


 その光の中で、刃の声が響いた。それは言葉ではなく、波動だった。概念そのものの咆哮。


「——《赤王衝断クレムゾン・インパクト》」


 技名が、空間に刻まれる。それは宣言だった。進化の、証明。


 刃は、完全覚醒を果たした。


 Z-02。紅き破壊の鬼神。その名は、人類の記録に永遠に刻まれることになる。


 光が、消える。刃は、立っていた。その眼は、紅く光っている。


 だが——その奥に、わずかな虚ろさがあった。彼は、何かを失っていた。理性か。人間性か。それとも——。


 刃は、空を見上げる。そこには、何もない。ただ——灰色の雲があるだけ。


 彼は、刀を鞘に収めた。そして——歩き出す。どこへ行くのか。彼自身も、分からなかった。


 ただ——歩く。灰の都を。一人で。


(了)

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